7-08 モスデールで俺達を襲うもの
ゆっくりと荷馬車の隊列がモスデール荒野を進む。前に通った時よりも少し緑が増えたようにも見えるが、雨が降らねば直ぐに枯れてしまうだろう。このところ雨が降っていないようだ。俺達に雨は大敵だけど、全く降らなければ農家の人達が困ってしまうだろう。
モモちゃんはシュタインさんの言い付けをしっかり守って、俺の隣に座ると周囲をあちこち眺めている。
そんな風だと直ぐに疲れてしまいそうだが、モモちゃんには問題ないらしい。
「怖いのはいないにゃ!」
10分おきぐらいに報告してくれる。
頑張ってるのは認めるけど、もう少し間隔を空けても良いんだけどね。
「ありがとう。少し俺が変わるよ。モモちゃんは休んでも良いよ」
「だいじょうぶにゃ。でも少し疲れたにゃ」
そう言うと俺の横にぽてっと体を預けてきた。
これで少し観察頻度が下がるに違いない。イザという時はモモちゃんが頼みなんだからね。
御者台で手綱を握るリーザさんも周囲に気を配っているに違いない。
シュタインさんがいつもより頻繁に小休止を取っているのも、モモちゃん達の疲れを少しでも和らげるためなんだろう。
先導する幌馬車が止まると、直ぐに荷馬車を飛び出して周囲を見まわる。
モモちゃんは何も言わなかったけど、目で見て確認が俺達の役目だからね。リーガンは問題だけど、他の魔族や獣なら姿を現すはずだ。
「何かいるにゃ。でも離れてるにゃ」
「なら安心だね。外に出てみるかい? 直ぐに出発すると思うんだけど」
モモちゃんを幌馬車の荷台から抱きかかえて降ろしてあげると、すでにリーザさん達が幌馬車を風よけにして水筒のお茶を飲んでいた。俺達にもカップに注いでくれる。
「ちょっと尻尾が注意するように言ってるんだけど、姿が見えないわね。やはりリーガンを考えてしまうわ」
「モモちゃんは、相手が分らないと言ってますよ。でも離れているそうです」
「一度遭遇したものなら、モモは分かると言っていたな。となると、リーガンではないということになるぞ」
ナリスさんに言われるまでもない。それを俺も気にしてる。荒野に棲む、まだ見ぬ魔族もしくは獣と言う事なんだと思う。
俺達のところにファンドさんが走って来る。やはり何か不安を感じているんだろう。リーザさんと情報交換をすると直ぐに先頭の幌馬車に戻って行った。
「今夜の野営地を早めに探すそうよ。ファンドも何かがいると言ってたわ」
「やはりな。そうなるとやはり今夜と言う事になるんだろう」
そう言ってナリスさんは、カップに残ったお茶を一息に飲むと御者台にあがった。
慌ててリーザさんが後に続いたから、俺達も荷台に乗り込んだ。まだお茶が半分も残ってるから、のんびりと飲んでいよう。
荷台から身を乗り出して前を見ると、荷馬車の列が動き出したようだ。
直ぐに、ガタゴトと幌馬車が動き出す。すでに昼をすぎているから、後、一回休んだ次の休憩は、野営地ということになりそうだな。
シュタインさんの選んだ野営地は、かなり丈の高い藪の影だった。前に野営した時よりも大きな藪だ。まだ日が高いけど、日暮れ前に良い野営地が見つかるかどうか分らないから早めに適地を選んで野営の準備をするんだろう。
荷馬車を半円に並べて藪と荷馬車の間に牛やダリムを入れて保護する。
少し大きな半円だから、俺達もその中で焚き火を作ることになるようだ。焚き木を降ろしている間に、シュタインさん達は荷馬車の周囲に杭を打ってロープを張っている。商人達も予備のロープを取り出して杭と杭を結んでいるから、高さ1m程の杭に3本のロープが張られた。これならリーガンがやってきても十分に役立つだろう。
ちょっとした足止めが可能なら、矢を射ることができるからね。
「荷馬車から30M(9m)のところに柵を作った。夜間は光球を柵の外に上げるから監視の役に立つだろう。荷馬車の下には邪魔物を詰めているが射点は確保できるはずだ。それと、邪魔物を退けて迎撃できる場所を確認しとけよ」
「モモちゃんと私は幌馬車の下にするわ。隣の荷車との間に焚き木の束を置いてあるからアオイとナリスはそこが良いわよ」
「ワシ等も幌馬車と荷車の間で良いじゃろう。ファンドの弓に期待するぞ。ヒルダのクロスボウも強力じゃ」
商人達も弓が使える者は荷馬車の下で援護してくれるそうだ。槍を使う商人は広場で荷車を越えてくるものに備えるらしいが、女子供達もいるからな。彼女達の護衛に徹するんだろうから、迎撃は俺達って事になるな。
商人のおばさん達が作ってくれた夕食を頂き、お茶を飲んでいるとモモちゃんが船をこぎだした。毛皮を広げて毛布を取り出すと、俺の隣で横にさせる。あれだけ周囲を監視してたんだから気疲れは相当なものに違いない。
「しばらく横にしとくと良いわ。私とファンドがいるんだから」
「すみません。だいぶ張り切ってたようですのでいつもより疲れたんだと思います」
「おかげで、ワシ等が安心できた。まだちっこいからのう。気を抜くことはできんじゃったということか」
皆が微笑んでモモちゃんを見ている。モモちゃんは直ぐに寝てしまったようだが、尻尾が俺の腰の辺りで動いてるんだよね。ゆっくりと動いてるのが分る程度だから安眠中なんだろうな。
「商人達が2つ焚き火を作っている。俺達はこの場所で待機になるが、横になっていても良いぞ。商人達の間にネコ族の見習いが2人入っているようだからな。警戒はリーザ達以外にも委ねられそうだ」
「あまり期待はできないわよ。必ずしもネコ族の全員に適性があるわけではないわ。もっとたまにだけどモモちゃんのような感受性の高いのもいるようだけどね」
「私も、そう思います。やはり、私とリーザのどちらかが監視を怠るわけにはいきません」
真面目なのか、それとも危惧なのか……。ひょっとして両者なのかもしれない。
ネコ族2人が、漠然とした危機感を持っていると言う事だろう。でも、モモちゃんは俺の隣でスヤスヤだから、直ぐにということではないのだろう。
ネコ族の勘という奴がいまいち理解しにくくなってきた。俺としては、モモちゃん頼りということにしておこう。何て言っても、俺を兄と呼んでくれる存在なんだからね。
ずるずると毛皮ごとモモちゃんを、幌馬車近くまで移動させて、俺も隣で横になる。
何かがいるらしいけど、モモちゃんがお休み中なら、しばらくは安全だ。特に何も無いなら俺も寝ていた方が良いだろう。今夜は交替で監視だからね。
横になって、目を閉じると周囲が静かな事に気が付いた。すでに春の最中だ。昆虫だって活動をしているはずだが、虫の音がまだこの荒野ではないんだな。
ゆさゆさと体を揺すられて飛び起きた。周囲を眺めて自分の状況を判断していると、キョトンとした目を俺に向けているモモちゃんに気が付いた。
「私達の番にゃ。怖いのはいないにゃ」
「ありがとう。俺とモモちゃんで番をするのかな?」
「ナリス姉さんが一緒にゃ」
焚き火を見ると、ナリスさんが俺にお茶のカップを掲げて見せている。ナリスさんもモモちゃんを妹分にしたいようだけど、俺の妹なんだからね。
「特に状況の変化はない。とはいえ、ファンド達は不安を隠しきれないようだった。お前より先に起きたモモは、近くに怖いのはいないと言っていたから、当座の心配は無用だな」
ポットのお茶をカップに注いで、俺とモモちゃんに渡しながら状況を教えてくれた。
トラ族の冷静な対応はシュタインさん独自のものかと思ったけど、ナリスさんも似たところがあるな。シュタインさんの一族の遺伝なのか、それとも種族の特徴なのか……。
「モモちゃんには今までもだいぶ助けて貰いましたから、俺は起きてからの対応になります。その前は」
「モモを頼りにするということだな。シュタイン殿も同じ事を言い残して休んでいる。かなりの勘の持ち主なんだろう。今では欠かす事が出来ぬとまで言っていたぞ」
妹を褒められて嬉しくないはずがない。とりあえずモモちゃんに代わって礼を言っておく。モモちゃんは? と隣を見ると、バッグから取り出した干物を焚き火の熾火で焼き始めた。
まだ持ってたんだな。皆に振る舞っていたから、すでに無くなってしまったかと思ってたんだけどね。
元々が20cm程の小さな開きだ。魚体が細長いから、イワシか鮎に見える。薄い塩味は酒を楽しむ連中には重宝されるようだ。
はい! と渡された干し魚をしばらく手に持って、モモちゃんが齧るのを待つ。せっかく焼いてくれたんだから、少しぐらい待ってあげるのも思いやりだ。
ナリスさんがバッグからスキットルを取り出して小さなカップに注いで一口飲んでいる。やはり酒に合うという事に違いない。深酒をしなければ、目をつぶってあげよう。
夜遅いから小腹が減っているのも確かだ。次にモモちゃんのバッグから出て来たのは、夕食時に配られたパンだった。2枚あったから1枚を残してたんだな。
手で千切って貰ったパンを食べながらお茶を飲む。俺も夜食用に少し余分に貰っとくんだった。
そんな事を考えながら、焚き火に焚き木を投げ込む。空には星も無く曇天だが、時計代わりのランタンのロウソクがだいぶ短くなってきている。もうしばらくすると空が明るくなるんじゃないかな……。
「来たにゃ! たくさん来るにゃ。あっちにゃ!」
モモちゃんの言葉が終わらない内に、ナリスさんが笛を吹きならす。
続々と荷馬車の影から身を起こす連中が戦の準備を始めたようだ。
「どっちだ!」
「あっちにゃ。たくさんいるにゃ。でもわかんないにゃ」
シュタインさんがファンドさんを連れて荷馬車の壁を乗り越えて荒野に出て行く。その後ろから光球が遠くに飛んで行った。
いったい何がやって来たんだ? とりあえずクロスボウを準備してモモちゃんを幌馬車の下に入れてあげた。外側は荷馬車の側板を降ろして横に立ててあるから潜りこまれることは無い。寝ていた毛布を丸めて焚き木の束の隙間を埋めておく。




