7-07 春ともなれば忙しい
ビーゼント村とエバース村を主な仕事場にしているということで、ナリスさんは武器屋に新たな長剣を頼んだみたいだ。
俺よりも少し刀身を長くして同じような形にするらしいが、果たしてものになるのかどうか。上手く使えれば良いんだけどね。こればっかりはやってみないと分からない。
ビーゼント村で4泊したところで、ハーネル町からやって来た荷馬車の区間限定警護の仕事を始める。
常時警護の連中は王都からやって来たみたいだ。王都の南にある港町で陸揚げされた商品を広く王国内に送り届けるのが荷役商人達の仕事なんだが、今度の荷物は何なんだろうな。木箱がたくさん載っているようだけどね。
俺達は車列の先頭に2台とも位置している。常備警備の傭兵団は殿の荷馬車にまとめて乗っているようだ。
俺達がいることで少しは安心できるんだろうけど、森を2つ抜けていくからね。その時はシュタインさんが傭兵団の配置をいじるんじゃないかな。
「エバースを出て半月以上経ってるから、だいぶ緑が目立つようになってきたわ」
「雪は山麓部の日陰には残っているのだろう。朝晩はまだ肌寒いからな」
御者台の2人の話し声が幌馬車の中まで聞こえてくる。モモちゃんはコタツの毛布を被って夢の中だ。街道は整備されているからそれ程幌馬車が揺れないからね。ガトルの毛皮を荷台に敷いているし、薄い毛布を敷布団にしてるから揺れても身体が痛くならないんだろうな。特に何も無ければこのままで良いだろう。
一応、クロスボウとボルトケースを出口近くに置いてあるし、長剣も背負っているから、何かあれば俺が飛び出していく間に、モモちゃんも起きてくれるに違いない。何といっても、俺達を襲う相手には敏感に気付いてくれるからね。
小休止を取りながら荷馬車の列がイーデンの森の手前にある休憩所に着いたのは、まだお日様が高い時だった。
広場に入ると、直ぐに横に移動して荷馬車を広場の奥に停めていく。商人達が荷馬車から牛を外して荷馬車の奥に連れて行く。
それが終わったところで、俺達の幌馬車を荷馬車の列の手前に縦に停めた。ガドネンさんがダリルを外して商人達にあずけに出掛ける。
俺達は林から焚き木を取って来て幌馬車の横に焚き火を作った。
夕食後から深夜までは商人達が見張りを行う。俺達は深夜から交替するからその間はのんびりと焚き火の周りで世間話をするか、それとも一眠りをするかになる。
夜半からの監視は俺達とガドネンさんにナリスさんだ。
ガドネンさんの昔話はネタが尽きないな。いつものようにモモちゃんが真剣に聞いてるんだけど、今度はナリスさんが一緒になって聞いている。
聴衆が多いからガドネンさんもともすればパイプを振り回して話に熱が入っているぞ。
・
・
・
区間限定の荷馬車の警護が数回終わると、季節は春の真っ盛りとなったようだ。
荷馬車の隊列がひっきりなしにやってきて、警護を行う傭兵団の到着を大きな村で待つことが多くなっている。
俺達は仕事を終えて次の仕事に取り掛かるまで、休日も取れない位の忙しさだ。もっとも幌馬車での移動だから疲れは無いんだが、たまには気を抜ける休みが欲しくなるな。
「明日は、テレス村まで向かう荷馬車の警護になる。モスデール荒野を越える区間の傭兵団がいないようだ。アビニオンだけで警護するぞ」
「モスデール荒野で荷馬車の隊列が2度襲われたらしいわ。相手はオグルだったらしいけど、リーデルが出るかも知れないと、他の連中は尻込みしてるわ」
「塩の運搬の時にはリーガンさえ出たのよ。アビニオンだけでだいじょうぶかしら?」
リーザさんの言葉に皆の表情が硬くなる。
自分達だけなら何とでもなりそうだが、今回は商人達の荷馬車があるのだ。
「荷馬車の規模は15台。中堅の荷役商人達だ。10人は武器を取れると言っていたのだが……」
「円陣を組んで荷馬車を壁にすれば良かろう。いつものことじゃ。イーデンの森でたっぷりと焚き木を取って、ついでに杭を作れば良い。荷馬車の下をくぐらせねば、商人達も安心して矢を放てるだろう」
俺達の荷馬車には数本の杭が積んであるから、20本も作れば良いのかな? ロープもあるし、木の皮を剥いで作った丈夫な紐もたくさんあるはずだ。ガドネンさんがモモちゃん達に昔話をしながら作ってたからね。
「一応、リーガンを想定しておけば良いだろう。アオイの言葉は覚えてるな。相手の得物で体の位置がわかると言うのは、言われてみればその通りだ」
「今度は矢を無駄にしないで済みそうね」
前回はかなりの無駄矢を放ってたからね。だけど、そんな矢に当たって存在が分ったリーガンだっているから、決して無駄に放ったとは言えないんじゃないかな。
それがあったから、リーザさん達はモモちゃんを含めて矢筒3個分の矢を準備している。
「もっと広範囲に効果のある【メル】があれば良いんですけどね」
俺の呟きにシュタインさんとヒルダさんが顔を見合わせている。ひょっとして、あるって事なんだろうか?
「一気に爆炎で炙りだすということか? 確かに効果的なんだろうが、問題もある」
「魔力を一気に消費してしまうの。私でも一日に2回程度になるでしょうね」
「王国軍の魔導士部隊が使う場合が多いな。威力が高いということで傭兵団が持つ事は殆ど無い。だが……」
「一応使えるわ。元魔導士部隊だったのよ。でも、使うのは1回だけよ」
「モモも使えるにゃ!」
お茶を飲み終えたモモちゃんが大きな声で俺達に告げた。
「ウソでしょ……。【メルト】は王都の聖堂神官のみが授けることができるのよ。それも、魔道士部隊に限ってのことよ」
「使えるにゃ……。でも、1回だけにゃ」
魔法と名の付くものは一通りできるって事なんだろうな。俺より能力が高そうな気もするけど、魔法の使用回数が1日7回と言ってたから、ヒルダさんの話と合ってるな。
「モモが使えるとなれば、2回の【メルト】が使える。他の傭兵団より頭2つは上に出るぞ」
「あまり知られたくはない話だな。モモは今まで通りで良い。ヒルダに任せるんだ。となると、モモの知らせでヒルダが【メルト】をモモの指示する方向に放てば良いわけだな。爆裂の土煙を被って、リーガンの姿が見えるということになる」
嬉しそうな表情をしてるのは、リーザさんにファンドさんだ。相手の位置を予想するのが苦手と言う事なんだろうか? それでも相手の方向は分かるんだから、能力がちぐはぐなのかもしれない。
翌日、俺達は荷馬車を率いてビーゼント村を出発した。先頭はシュタインさん達の幌馬車で俺達は殿だ。
御者台にはリーザさんとモモちゃんが乗っている。何かあれば直ぐに知らせてくれるだろう。
「やはり問題があるとすればモスデール荒野なのだろうな」
「色々と出てますからね。何も無いということが無かったように思えます」
そんな話をしながらも、ナリスさんの目がちらちらと新しく作った長剣に向かう。俺の長剣に似せて作った長剣で、鞘まで同じように木で作ったものだ。
普段は傍に置いているが、出掛ける時にベルトに差し込むことができるのが気に入ったようだ。
俺に使い方を教えてくれと言ってきたけど、俺だって適当だからね。
わかる範囲で教えたんだけど、そのたびに納得しているからこっちが恐縮してしまう。
・
・
・
ビーゼント村を発って4日目。俺達は順調にイーデンの森を越え、アーベルグ村を経て、モスデール荒野の入り口にやってきた。
明日はいよいよモスデール荒野に踏み入れ、荒野の中で野営をすることになる。
いつも通りに夕食を終えた俺達は、焚き火の周りに集まってお茶を飲む。もっとも、シュタインさん達は小さなカップでワインを飲んでいる。ちょっと飲みたくもなるがあまり酒に強い方ではないからね。今年で18歳になるのだが、この世界の成人は16歳らしい。歳を教えたら、ガドネンさんが直ぐにワインのカップを渡してくれたんだよな。
「いよいよだ。まだモモ達は異変を知らせていないが、緊急の場合は笛で知らせて欲しい。モモは幌馬車に入ってるんだぞ。奴らは弱そうに見える者から襲うからな」
「だいじょうぶだ。明日は私がリーザの隣で弓を持つ」
ナリスさんが真面目に答えている。ファンドさんも頷いてるところをみると、シュタインさんの故郷は真面目な連中が多いんだろうな。俺には暮らし辛いところなのかもしれない。
「モモはリーガンの気配を覚えた筈だ。もし、リーガンならヒルダにやって来る方向と距離を教えてやってくれ」
「分かったにゃ!」
「頼むわよ。後は私がやるわ」
【メルト】を使うってことだな。敵が視認できればリーガンはそれ程脅威ではない。
「襲ってくるなら、野営の準備が始まってからが良いのう。進んでいる途中では、かなり面倒なことになりそうじゃ」
「その時は、荷馬車を先行させて、我等が囮になる。ゆっくりと幌馬車を南に移動させながら迎撃するぞ」
後ろに下がりながら迎え撃つのか……。簡単に言ってくれるけど、かなり危険な方法になるんじゃないか?




