7-05 カエルと亀
テレス村からモンデールの森を通ってナルス村に向かう間道は、荷馬車がどうにか通れるだけの道だ。轍の跡が地面に深く刻まれているから、線路を走るような感じだな。途中に道幅が広くなっている場所があるのは、すれ違いの為なんだろう。
モンデールの森を抜けた休憩所で一泊した翌日には、林に囲まれた小さな村であるナルス村に到着することができた。
ギルドに最後の塩の荷を渡して依頼が完了したことをシュタインさんが確認している。依頼書に3つのギルドのサインを貰えば良いらしいのだが、報酬は山街道のギルドに戻ってからだと言っていた。となると、この道筋ならビーゼント村という事になるだろう。
「次はビーゼント村だ。間道を北に向かえば3日の距離だが、ラゲルの森が厄介だな」
「森そのものは、モンデールの森より小さい。何もなかろうが?」
「でも、イデル湖に近いのよね……」
シュタインさん達の話では、少し厄介なのかもしれないな。前回ナルス村からビーゼント村に向かった時は草原を横切ってラケット村を経由したから、俺達にとっては初めての道になる。
湖が近いと言ってるから、間道から眺められるかもしれないな。小川はいくつか渡ったけど湖は初めてだ。
小規模な漁業もあるかもしれないな。肉ばっかりだから、たまには魚が食べたい気がする。
「魚があるかも知れないね」
「ずっと食べてないにゃ!」
「干物ぐらいはあるかもしれないわよ。私も欲しいな」
目を輝かせているモモちゃんにリーザさんも嬉しそうに話しかけてる。
だけど、ビーゼント村の雑貨屋にあったかな?
「村からは距離があるから、それほど漁果は得られんだろう。それよりも、グロスターを考えなければならない」
夕食を終えてワインを飲みながらの話し合いだったのだが、グロスターって何なんだろう?
モモちゃんと顔を見合わせていると、ヒルダさんが教えてくれた。
「グロスターは大きなカエルなの。モモちゃんよりは小さいかな? 肉食だからの馬車を襲う事もあるのよ」
「でも、カエル何でしょう? 棒で叩けば十分なんじゃないですか」
「それで毎年怪我をする者がいることも確かだ。動きは野犬並み、俺達の頭を軽く飛び越える跳躍の持ち主だ。その上に毒の爪を持つ。厄介な存在だ」
「倒しても報奨は無いからのう……」
季節的にも問題があるらしい。春の初めに繁殖行動でかなり攻撃的になると教えてくれた。
だけど、カエルは水際にいるんじゃないのか? 間道にまで出てくるんだろうか。
シュタインさんに確認したら、陸生のカエルらしい。オタマジャクシの期間だけを水中で過ごすようだ。ヒキガエルの大きな奴と考えれば良いのかな?
「とにかく近づけるな。30D(9m)ぐらい離れていれば問題は無かろうが、間道の前後にいたら殺すほかに手は無い。なるべく槍を使うんだ。長剣は爪で一撃されるぞ」
そんな話を聞かされた翌日に俺達は村を出た。真直ぐに間道を北に向かう。
春の日差しは柔らくて眠気を誘う。だいぶ春らしくなったとはいえ、まだまだ寒い事は確かだ。俺達が前に歩いた草原は枯草と芽吹いた草で中々幻想的な色合いを楽しませてくれる。
昼を過ぎて御者台越しに前を見ると、遠くに黒くに森が見えてきた。あれがラゲルの森ということなんだろうな。問題の湖は全く見えない。
リーザさんに聞いてみたら森を抜ければ右手に見えるとの事だった。
森を抜けるには丸一日掛かるらしいから、明後日と言う事になるんだろう。
森の手前にある休憩所は林を切り開いた感じがするな。敷き石も無いし、雑草に覆われている。
いつものように焚き木を集めて焚き火を作っていると、周囲の確認を終えたリーザさん達が帰ってきた。
「怖いのはいないにゃ!」
「そうか。だが、グロスターはゆっくりと近づくからな。引き続き注意してほしい」
「分ったにゃ!」
シュタインさんの言葉に嬉しそうに返事をしてる。
自分が役に立ってる事を認めて貰って嬉しいのかな。にこにこして俺の隣に座ったぞ。
「モモの話では今のところはだいじょうぶだ。だが、奴らは夜行性だからな。深夜の監視は十分に行ってくれ。それと、見付けても弓は至近距離でないと役に立たん。弾力があるから深く刺さらずに抜けてしまう」
「近くって、どれぐらい?」
「30D(9m)ほどだな。槍も研いでおいた方が良いぞ。先が短剣だから通常の槍よりは突きやすいだろう」
今度はファンドさんがお茶を飲んでいた顔を上げた。ファンドさんの槍は先が三角になった断面を持った通常の槍だからだろう。
「俺の槍を使ってください。俺はクロスボウを使いますから」
ファンドさんに告げると、今度は驚いて俺を見ている。
「シュタイン殿の話を聞かなかったのか? 矢はあまり効かぬのだぞ」
「確かに、あれは強力だ。ファンド、アオイの槍を譲って貰うんだな。ガドネン、ビーゼントでアオイの槍を作れるか?」
「短剣で良いのか?」
「薄手の片手剣でお願いします」
俺の言葉に頷きながら微笑んでるところを見ると、碌なことを考えてないようにも思えるんだよな。
「幌馬車を持っとるからな。2本作っておくぞ」
食事が終わると、幌馬車から槍を取り出してファンドさんに渡すと、穂先の長さと柄の太さに戸惑っているようだったが、軽く振りまわして頷いてるから納得したってことなんだろう。
「これがオーガを倒した槍って事だな。ありがたく頂いておく」
「ガドネン殿が言った2本というのは、私の槍も入っているのだろうか?」
「確認しといたほうが良いですよ。俺は自分用ではないかと思ってましたから」
ナリスさんも槍を使いたいんだろうか? 持っていなかったからね。
「弓を一揃い持っているんですが、使ってみます?」
「たとえ殺せずともシュタイン殿を助けることはできそうだ。貸してほしい」
そんなことで、俺の持っていた弓と矢筒をナリスさんに渡しておく。少なくとも俺よりは当たるんじゃないかな。
最初の火の番を、ガドネンさんの昔話を聞いて過ごす。ガドネンさんの昔話だと、モモちゃんも起きてるんだよな。それほどおもしろいとは思わないんだけど、大きな目を
して話に頷いているのがガドネンさんも嬉しいらしい。
だけど、モモちゃんはちゃんと理解してるんだろうか? ちょっと気になるが2人とも不満が無ければそれでいいのかもしれないな。
リーザさん達と交代する時間になっても、大きな変化は無い。森の入口辺りではそれほど脅威が無いのかもしれないが、シュタインさんの口ぶりだと面倒な相手らしいから、なるべく出てこないことを願うばかりだ。
翌日の先頭は俺達の乗る幌馬車になった。
モモちゃんとリーザさんがいることをシュタインさんが重要視したんだろう。リーザさんの杖で作った槍を持ってナリスさんが御者台に上がっている。
森に入ると同時に、クロスボウを傍らにおいて待機してるんだけど、モモちゃんは森の奥を忙しそうにあちこち眺めている。
「何かいるの?」
「怖いのはいないけど、いろんなのがいるにゃ」
芽吹いた草を食む、小型の草食獣なんだろうな。近ければ今夜のおかずにしたいけど、俺にはさっぱり姿を捕らえることができないぞ。
まあ、グロスターが出なければそれで良い。
昼食時の休息時間も短いものだ。それでも後続のガドネンさんの隣に座ったファインドさんとリーザさんが周辺の様子を話し合っている。
「やはりグロスターはいないようだな?」
「モモちゃんは、怖いのはいないけど、色んなのがいると言ってました」
「たぶん、ヤクーかも知れないわ。小さな草食獣だからこの森では見つけられないでしょうね」
ちょっと残念そうな声でヒルダさんがモモちゃんの頭を撫でている。美味しいのかもしれないな。後でリーザさんに聞いてみよう。
特に問題も無く俺達はラグルの森を抜ける。森の出口近くにある休憩所に入れば、明日にはビーゼント村に着けるはずだ。
その夜の事だ。モモちゃんが、いつものようにガドネンさんに昔話をせがんでいる。
飴玉を口の中で転がして聞き入るモモちゃんを見ていると、突然ピクッ! と耳が動き尻尾が立つ。
やって来たのか? 俺とガドネンさんの視線が交差する中、モモちゃんが立ち上がって周囲を見ている。
「変なのが来るにゃ!」
変なのって何だ? モモちゃんから目をガドネンさんに向けると、ガドネンさんも俺を見ていた。
「まあ、直ぐに分るだろう。怖いとは言ってないからちょっと楽しみじゃな」
方向は分かってる。たくさんとは言ってないから来ても2、3匹なんだろうが、ガドネンさんは槍を持ち、俺はクロスボウにボルトをセットして待ち構えることになった。
モモちゃんはいつも通りに孫の手を握ってるから、ガトル数頭なら俺達3人で何とかなる感じがするぞ。
焚き火に焚き木を投げ込んで火勢を強くすると、周囲が明るくなる。
そんな中、のそのそと俺達のところに出て来たのは……。
「プレイターじゃったか。モモにとっては変なものに違いないな」
「危険じゃないんですか?」
「甲羅が2D(60cm)は大きい方じゃな。別に噛み付く事も無いぞ。こいつは 陸に棲んでいるんじゃが、春先に湖の畔の泥地で卵を産むんじゃ。我等を襲わん限り放っておくことじゃな」
プレイターとガドネンさんが呼んだのは大きな陸カメだった。座布団が這って来たように思えたのは平たい大きな甲羅だった。本当に座布団サイズなんだよな。のんびりと首をこっちに傾けて俺達の様子を見てるけど、害が無いと判断したのだろう。草原を横切って広場を囲む林の一角に消えて行った。




