6-07 よく斬れるわけ
兵隊達の半数が槍を持ち半数が弓を持って待機している。ガトルの突進に槍では対応できなくなるんじゃないかな?
俺達は長剣とガドネンさんが両刃の戦斧だ。小さな丸い盾を左腕に付けているんだが、ガトルの突進をあれで耐えるのを見た時には驚いてしまった。
「アオイの剣も下ろしたてじゃ。重心が変わっているがだいじょうぶなのか?」
「ええ、だいじょうぶですよ。【アクセル】を使えば丁度良い感じになります」
鍛えなおしたばかりの剣を使うからガドネンさんは心配そうな表情で俺を見ている。俺としては、今までの指3本分の横幅を持つ長剣より遥かに扱いやすい。
これだけでも十分な気もするけど、腰のサバイバルナイフもあるから安心できる。
俺よりちょっと年上の騎士見習いの兵士は、見る限りにおいて緊張しているのが分る。訓練はしてきたけど実際に獣とは言え、生き物を相手にするのは初めてなんだろう。
俺もサバゲーなんて趣味を持たなければ照準器に捉えた相手に対してトリガーを引くことに躊躇したと思うな。長剣だって白兵戦ごっこやチャンバラごっこをしなければこれほど体が動くことは無かったろう。
シュタインさんが焚き火に焚き木を追加して火勢をあげると、ヒルダさんが光球を2つ広場の入り口付近へと上げた。
周囲が急に明るくなって、広場の作近くに集まったガトルの群れがはっきりと確認できる。距離は50mを切ってるんじゃないか?
「だいぶ多いぞ。柵を越えたら矢を射るんだ!」
シュタインさんの大声が広場に響く。その声がガトル達の合図にもなったのだろうか。ゆっくりと群れが動き出した。
左手の長剣を肩に担ぎ、右手には腰から抜き放ったサバイバルナイフを逆手に持つ。右手をやや前に出して、前傾姿勢を取るとガトルを睨みつける。
ウオォオン!
ガトルの吠える声が森に響いた時、ガトルの群れが一斉に広場に雪崩れ込んできた。
たちまち数頭のガトルが矢を受けて転倒するけど、それを乗り越えて次々とガトルが柵を超えて来た。
近寄った最初のガトルに長剣を降り下ろすと、3射目の矢が周囲のガトルを倒してくれる。広場に積もった雪で足元が滑りやすいからなるべく動かずにガトルを誘う。
長剣も一歩踏み出して振う事が出来ないから、腕の力で斬ることになってしまう。かなり腕に負担が掛かるけど、5割増しの身体機能上昇は伊達ではない。
見る間に数頭のガトルが俺の周囲に倒れこんだ。
3歩ほど後ろに下がって、足元を雪にしっかりと下ろすと次に飛びかかって来たガトルを長剣で横に薙いだ。
3mほど離れて俺に盛んに吠えているガトルは、後ろから飛んできた矢にその場で倒れる。モモちゃん達も頑張ってるようだな。
後ろの荷馬車にも何頭か向かってるんだろうけど、俺の周囲に矢が飛んでいる間は何とか凌いでるんだろうな。
円を描くように、少しずつ立ち位置を移動しながらガトルの襲撃をひたすら長剣で斬り払い続けた。
時間の感覚があいまいになって来たころ、ウオォォン! とガトルの遠吠えがきこえてくる。途端に、広場の中にいたガトル達が我先に引き返して行く。
その光景を呆気に取られて見ていたんだが、肩をポンっと叩かれて正気に戻る。後ろを振り返るとシュタインさんが立っていた。
「見事だったぞ。トラ族並みに戦える人間族はそれほどいない」
「これで終わりでしょうか?」
「少なくとも今夜は襲ってこまい。群れの三分の一を失っているはずだ。復讐戦を挑むほど愚かなリーダーでもあるまい」
シュタインさん達はガトルの皮を剥ぎ始めるようだ。本来なら残った死体は穴を掘って埋めるのだが、広場にはそんな場所は無い。
剥ぎ取った死体を引きずって広場の反対側の森に投げ捨てることにした。
途中から兵士達も皮を剥ぎ取る手伝いをしてくれる。数人ずつで何度も森にガトルの死体を捨てに行ったけど、いったいどれぐらい倒したんだろう?
ようやく一段落したところで、焚き火の傍に行ってベンチに腰を下ろすと、ヒルダさんが【クリーネ】を掛けてくれた。
そんなに血潮を浴びてたのかな? もう少し上手く立ち回りたかったけどね。
「モモのお兄ちゃんは強いにゃ。モモのところには2頭しか来なかったにゃ」
「でも、ちゃんと矢で倒したでしょう。モモちゃんだって強いわよ」
「あの動きなら直ぐにも騎士になれますよ。何なら推薦しますけど……」
キニアスの言葉に、シュタインさん達が苦笑いをしている。それを見てキニアスが不思議そうな表情を浮かべているけど、俺も良く分らないんだよね。
「モモの付けている首飾りを見せてやれ。王国軍の将軍がすでにアオイを取りたてようとしていたのだが、アオイはそれを断っている」
「それは! ……本当なんですね。惜しい気もしますけど」
あの指輪はそれなりに見れば分るものなんだろうか?
モモちゃんは嬉しそうに見せびらかしているけど、本当は俺のでモモちゃんに貸してるだけなんだけどね。
「まあ、色々とあるのだ。人それぞれだからこそ人生はおもしろいのだぞ」
ガドネンさんが悟ったような口調で話してるけど、すでにワインで酔ってるのかもしれないな。
俺達のところに、輸送部隊の隊長と副官がやって来た。
焚き火の傍に腰を下ろしいたところで、リーザさんが2人にワインのカップを渡している。
「これはありがたい。ところで、ガトルの毛皮ですが我等に譲って頂けませんか? 1枚20Lという事で何とかして頂きたいところです」
「俺達に被害は無かったが兵士達は?」
「何名か軽い怪我を負いましたが、重傷者はおりません。傭兵団が前にいてくれたおかげでこちらに回ったのは少数でした」
「それでも、矢で援護してくれたから何とかなったようなものだ。半分の10Lで十分だ」
確かにかなりの矢が後ろから援護してくれた。それにしても半値は安すぎないか?
「洞窟の床は冷たいからのう。ワシもそれで良いと思うぞ」
ガドネンさんも賛成しているようだし、ヒルダさんも頷いている。リーザさんはちょっと迷ってるけど頷いているから俺も頷いておこう。モモちゃんは俺に合わせて頷いている。
「仲間も賛成している。それで十分だ。洞窟に長く駐屯してくれれば俺達も助かるからな」
そう言う事か。魔物達の出入り口があの洞窟だけとは限らないけど、かなり少なくなることは確かだろう。洞窟に駐屯する兵士の健康を守れるなら確かに半値でも良さそうだな。
「半分は王国軍への寄付として報告することに致します。それでは代金を……」
そう言って副官に促すと、副官が魔法の袋を取り出して、大きな革袋を取りだした。自分のマントを広げてそこに硬貨を取り出している。
「ガトルの毛皮の総数は32枚。320Lをお渡しいたします」
ヒルダさんが硬貨を受け取ってバッグにしまいこんだ。今回の依頼が終わったところでまとめて分配してくれるそうだ。
俺達にとっては余禄だからね。半値でも良いのだろうけど、ちょっと残念な気がしないでもない。ある意味、俺達はこの世界の客人みたいなところがあるから、この世界の常識は周囲の判断にゆだねれば良いだろう。
「心配して見ておったが、問題ないようじゃな。アオイの長剣の使い方は、その剣の形を基にしておるのじゃろう。始めて見た時には驚いたが、今では安心して見ていられる」
「そうなの? 刺突剣のようにも見えたけど」
ヒルダさんの疑問に、ガドネンさんが俺を見て頷いた。見せてやれって事なのかな?
背中の長剣を引き抜いて、柄の方をヒルダさんに差し出した。抜き身だから刀身を皮手袋で持っているけど、何となく切れそうで怖い感じがする。
「これなの? 曲ってるわよ」
「湾曲しとるんじゃ。アオイのたってに願いでな。初めて作ったが、作ってみて少し分かった気がする。だが、シュタインもこれは欲しがらんじゃろう。あまりにも変わっとるからな」
「確かに珍しい形だが、意味があると言う事か?」
シュタインさんが興味を示して俺の長剣をヒルダさんから受け取って構えているけど、体格が立派だから様になるんだよな。豪傑が刀を持ってる感じだ。だけど少し刀が短い気がするのは仕方がない。
「ほう……。バランスが良いな。だが俺には少し短すぎるし重さも足りん」
「その長剣がシュタインの持つ長剣よりも切れると言ってもか?」
ガドネンさんの顔はいたずらっ子そのものだ。その言葉を聞いて驚いてシュタインさんが俺の長剣を見ているから、今度は笑い出したぞ。
「ワハハ……。気付く者はおるまいて。確かに切れる。だが、シュタインの長剣の使い方では切ることも出来んじゃろうな。その長剣を使うにはアオイのような動きが必要になるんじゃ」
「動き方で切れ味が変わるのか?」
シュタインさんが腰を下ろすと俺に長剣を返してくれた。
そんなシュタインさんにガドネンさんがその理由を説明する。ヒルダさんやリーザさんもガドネンさんの言葉に頷きながら聞いているけど、基本は円を描くと言う事で良いんじゃないかな?
円の動きをする限りにおいて俺の長剣は円弧の接点を同じくして動くことになる。点では無く線で相手を斬ることになる。それがこの長剣の切れ味の秘密なんだけどね。
「私の片手剣も同じように作れば良いのかな?」
「止めといた方が良いかもしれんな。アオイのような動きができんじゃろう。体の捻りと足の1歩を変えるだけで相手の攻撃をかわしながら反撃していたぞ。襲われぬ限りこちらから手を出さんかったな。リーザならこっちから相手に向かって行くじゃろうが」
えへへ……と、リーザさんが笑ってる。
攻撃的な片手剣の使い方というのだろうか? だけど、その動きも俺には出来るはずだ。今日は、足元が滑るから積極的に出なかったんだけどね。




