5-08 大タコとの戦い
素早く場所を移動してクロスボウに次のボルトをセットする。
その間に、ヒルダさんとリーザさんがボルトや矢を射かけて時間を稼いでくれた。
再び大タコに向き直った時には、右目から青い体液が脈動して噴き出している。あれで目を潰すことができたのだろうか? 俺を視線に捕えているようにしか見えないんだよな。
ゆっくりと大タコに近づいて行く。動きが鈍いとはいえ、さかんに腕を振るっている。
だけど、少なくとも1日以上水中から外に出てるんだけど、タコは鰓呼吸のはずなんだよな。肺呼吸ができるんだろうか?
場違いな事を考えていると、タコの本体がブルっと震えた。
ここからでは見えないけど、裏で攻撃を企てているシュタインさん達が丸太で作った槍を突き刺したんだろうか?
それなら、もっとこっちに注意を向けてあげねばなるまい。
再び目にボルトを撃ちこんで素早く後退する。その間の攻撃はヒルダさん達に任せて置く。
ゆっくりと俺の方に移動しているようだから、早いところ何とかしないと、林の中に入ってしまいそうだ。
3本目のボルトを撃ちこんだところで、クロスボウを雪原に降ろして長剣を掴む。
5回分の魔法が使えるなら、使い時だろう。だいぶ目を損傷させているから集中して火炎弾を使えば完全に潰せそうだ。
左手で長剣を握り、腕の届く距離から少し離れてタイミングを図る。
大タコの全身がまた震えた。裏では色々とやってるみたいだな。だが、大タコはあまり気にして無いようだ。ほとんど潰れていると言っても過言ではない両眼で、俺の動きを追っている。
「……ウンハッタ!」
気合をいれて右手を伸ばすと、蒼く輝く火炎弾が右目に吸い込まれる。
ドン! と何かが爆ぜるような音がして大タコの右目が吹き飛んだ。全身を痙攣させながら悶えているようにも見えるが、まだ近付くのは早そうだ。
奴の動きが鈍っている間に、左手に回り込むと残った片眼を火炎弾で潰す。
先ほどよりも大きく巨体をうねらせる様な仕草で痙攣を繰り返している。
シュタインさんとガドネンさんが丸太の槍を体当たりするような感じで本体に突き差したが、最初のように全身を振わせることは無かった。
「やったの?」
「分からない。だけど、まだ腕が動いてるから近付かない方が良いよ」
俺の後ろからリーザさんが確認するように聞いてきたけど、俺の言葉を聞いて後ろに下がっていく。
その時、リーザさんめがけて腕が伸びてきた。
突き飛ばすようにリーザさんを大タコの腕先から退けると、長剣を腕に叩きつける。鈍い手ごたえが手に伝わると、大きく口を開けた腕が千切れている。
まだまだ死んではいないようだ。だが、リーザさんの位置をどうやって知ったのだろう?
「お兄ちゃん。この口に目が付いてるよ」
チラリと声の方向に顔を向けると、モモちゃんが杖で切り落とされた大タコの腕の先をつんつん突いている。
それをリーザさんとヒルダさんが眺めているのも問題だな。
「と言う事は、腕を全て切り落とさないとダメって事になるな」
「裏の方はシュタイン達が頑張ってる筈よ。リーザ、シュタインに口の周りにも小さな目があると教えて来て。たぶんこの魔物の触手に苦労しているはずだから」
そっちはヒルダさん達に任せて、残りの腕を何とかしないといけないな。
8本ある腕の2本は口が無くなっても残りは6本ある。これは長期戦になりそうだ。
それでも、洞窟の中にいた時よりは遥かに動きが鈍くなっている。やはり寒さと流れ出た体液がかなりの量になっているに違いない。
タコの大きな頭に見えるところは内臓だって聞いたことがある。脳はどこにあるんだろう?
残り2回は火炎弾が作れるから、もう1度目に打ち込んでみるか……。
長剣を手に、腕の動きを見極めながら大タコに近づく。
呪文を唱え火炎弾を集束させて、至近距離から再度右目に火炎弾を放った。
前のような爆発は無かったけど、胴体を波打たせて大タコが震える。だらりと腕が落ちてきたところを長剣を振るって腕先を切り落とす。
2本目を切ったところで後ろに下がり様子を見る。今度はかなり効いたみたいだ。あの大きな目の後ろ辺りに脳があるのかもしれないな。
だとすると……。
「ヒルダさん。槍はテントに残ってないんですか?」
「リーザの槍があったわ。杖代わりだから少し短いわよ」
「かまいません。取って来てくれませんか!」
はい! と手渡してくれたのはモモちゃんだった。確かに短いな。俺の背丈ほどの長さだ。それでも穂先は短剣だから丁度良いかも知れない。
「ヒルダさん。3人で胴体の矢が当てってる部分に火炎弾をぶつけてくれませんか」
「良いわよ。矢はあまり効いてないみたいだけど、火炎弾は使えそうね」
モモちゃん達ネコ族が使える魔法の回数は少ないから、チャンスは1回だな。槍も1本だから上手くタイミングを合わせないと……。
大タコの頭の方に回り込んで、火炎弾の着弾を待った。
たまに大タコが痙攣するような動きをするのはシュタインさん達の攻撃が続いているのだろう。
ドン! と音を立てて3つの火炎弾が大タコの胴体に炸裂する。
大タコの腕がだらりと雪原に落ちた瞬間を見極めてダッシュした。短槍の柄の後ろ近くを両手で持って、突進の勢いを使って大タコの右目に深々と槍を突き入れ、力いっぱい柄を回すようにして目の奥をえぐる。
大タコの痙攣が今までにない微振動を繰り返す。1m以上突き入れた槍を半分程引き抜いて角度を変えて再び突き刺して土突きを両手で持って回す。蒼い体液が水道の蛇口を捻ったように噴き出して来たが気にせずに槍を奥に突き入れる。
胴体の振動が止まり体液の噴き出す力も次第に弱まってきた。
どうやら、倒せたのかな?
念のために、残った腕を根本付近から切り落として、万が一に備える。最後に長剣を胴に突き差して力の限り横に切裂いた。
ズルリと内臓の一部が飛び出して来た。まだ内臓はピクピクと動いているが、これで俺達の脅威になることもないだろう。
「片付いたようだな。怪我はないか?」
「何とか無事です」
頭を迂回してシュタインさん達6人がこちらにやって来た。
俺の姿に驚いて、大タコと俺を交互に見ているぞ。
「とりあえずは一休みで良いだろう。食事を取って早めにここを去る。あれだけの肉の塊だ。魔物よりも肉食獣が怖い」
「槍を目に突いたのか! まったく人間族にしとくのはもったいない男だな」
「アオイは少し変わっとるからのう。じゃが、我等アビニオン傭兵団の1人じゃ」
ガルート傭兵団のトラ族の男達にガドネンさんが自慢げに話しているけど、後ろで色々とやってくれたから出来たようなものだと思うな。
ヒルダさんが【クリーネ】を掛けてくれたから、体液で濡れた革の上下の生臭い匂いは取れたけど、青い色は落ちなかった。それに湿ってるから焚き火で乾かしているんだけど、しわしわにならないか心配だ。
薄い毛布に包まってたら、モモちゃんが紛れ込んで来た。やはり寒かったのかも知れないな。
「ガルートのリーダーが言うように、この場を早く去った方が良さそうだ。食事が終わったら、トラ族3人であいつの牙を取って来よう。その間にテントの始末をしてくれ。アオイは服が乾くまではそのままだ。雪靴は出掛ける前に履けるように、焚き火近くに置けば良い」
シュタインさんがパイプを美味そうにくゆらせて俺達に指示を出す。俺は食事よりも1杯のお茶が欲しいところだ。戦闘前に焚き火から退かしておいたのでまだ沸かないんだよね。
食事を挟んで2時間程休むことができたのは俺とモモちゃんだけだった。他の連中はテントを畳んだり大タコの牙を抜き取ったりしていたんだけど、上着が中々乾かないからどうしようもない。焚き火でお茶を沸かして皆の作業の終わるのを待っていた。
どうにか上着が乾いたところで、改めて装備を整えて雪靴を履く。
杖代わりの槍は全て回収してヒルダさんが【クリーネ】で汚れを取ってくれた。
シュタインさんの出発の合図で、焚き火に雪を被せると南に向かって歩き出す。
たぶん昼は過ぎているんだろう。3時間程歩いたところで野営の準備を始めることになった。
「たぶん、今夜はそれ程危険ではないだろう。大きな肉の塊が北にあるからな。2日歩けばドクレル川があるはずだ。川を渡れば更に危険は少なくなる」
「俺達の任務は一応形になった。報告を聞いて軍がどう動くかだが、それは王国の問題だ」
「それはそうだが、何とかして貰わんと、山街道の危険が増えることになるぞ」
男達が食事後に小さなカップで酒を飲みながら話をしている。俺も1杯だけご馳走になってるんだけど、普段飲んでるワインよりも度数が高い酒のようだ。これだけにしとかないと二日酔いになりそうな気がするな。
「ところで、奴の牙はアビニオンが3つで良かったのか?」
「アオイの活躍に助けられたようなものだ。アオイがいなければまだあそこで戦っていたかもしれん。1本はアオイに渡すのがスジではないか?」
「そうだな。ちゃんと渡しておくぞ」
そう言うと、シュタインさんが黒い塊を俺に渡してくれた。思わず受け取ってしまったけど、話の流れからすると、これがあの大タコの牙って事になるんだよな。
「剣の柄に加工するのが一般的だな。それ1本でお前の長剣なら3本が取れるぞ」
「ありがたく頂きます。加工賃が分りませんからしばらくはこのまま持っています」
そんな俺の言葉に皆が笑い声を上げる。
笑う事なんだろうか? 意外と加工賃が安いのかも知れないけど、この光沢を考えるとかなりの値打ちものになるような気がするな。そうなるとやはり加工賃も高いと相場が決まってると思うんだけどね。




