1-04 意外な強さ
もう少し村に近付いたところで昼食を取ろうと、モモちゃんの様子を見ると、先ほどの場所をジッと見ているぞ。
「何かいるのかい?」
「野犬かも知れないにゃ。隣のジャックみたいに見えるにゃ」
隣家で飼っている犬のジャックはおとなしいけど、野犬がおとなしいとは限らない。大きさが同じ位なら中型犬と言う事だろう。俺には黒い点にしか見えないけどね。
クロスボウの照準器で覗いてみると、確かに犬だ。だけど牙がかなり発達しているように見える。狩りの証しになるぐらだからね。
感心してみていると、少しずつ俺達の方に移動して来る。数は4匹だけど……。
「獲物を狙ってるにゃ!」
イザとなれば獲物を投げ出して逃げようと思ったけれど、モモちゃんは獲物を死守するつもりのようだ。
これは、ここで迎撃することになりそうだぞ。幸いにも、後ろに茂みがあるからモモちゃんなら潜り込めるだろう。
「後ろを頼むよ。先ずはこれだな!」
クロスボウにボルトをセットする。近づく前に数は減らしたいものだ。
50m程の距離に近付いたところでトリガーを引いた。1匹がその場に倒れると、残りの野犬が駆けだしてくる。クロスボウを置いて、杖を取ると数歩前に出て身構えた。全力でぶん殴れば何とかなるだろう。
「【アクセル】!」
後ろでモモちゃんの声がした。
振り返る余裕も無く、先頭を走ってきた野犬に思い切り杖を叩きつける。
ボグ……。鈍い感触が手に伝わってきた。どうやら背骨を折ったようだ。次の野犬に向かって一歩前に出ながら杖を突きだすと、今度は胸を突き破ってしまったぞ。いったいどうしたんだ?
「【メル】!」
甲高いモモちゃんの声と共に、俺の身体すれすれに火の玉が飛んで、俺に飛び掛かろうとした野犬の顔にあたって砕け散った。
鳴き叫ぶ野犬の背中に思い切り杖を叩きつける。背骨を折る嫌な音が響くと、杖を持って周囲をうかがう俺の目に野犬の姿は無かった。
後ろを振り返ると、ニコニコ顔のモモちゃんと視線が合う。
「お兄ちゃんって、強いにゃ!」
「あれぐらいならだいじょうぶだ。ところで、何か体が軽くなったような気がしたんだけど……。それに、俺の脇を火の玉が飛んで行ったけど、あれってモモちゃんなの?」
「魔法にゃ!」
うんうんと神妙な顔で頷いてるけど、孫の手を持ってるから、それが魔法の杖って事になるんだろうな。
それにしても……。威力的にはイマイチだけど、十分牽制に役立つことは確かだ。
1日で使える回数に限りがあるような事を言ってたが、2、3回ならお願いしたいところだ。
「牙を折って来るにゃ!」
曲ったナイフをケースから取り出して野犬に走って行った。
どれ、俺も……。手近な野犬の口をこじ開けて、片方だけ長く伸びた牙をナイフで叩いて折り取った。
野犬の1匹に矢が刺さっている。あの弓を使ったんだろうか?
至近距離ならそれなりの効果があるようだ。
牙を大事そうに持ってきたモモちゃんに折り取った牙を渡すと、ザックの中から小さな布袋を取り出した。
「これに入れとくと良いよ。皆入れたら、この紐を両側に引いて、輪になったところをベルトに通して置けば落さないからね」
モモちゃんが言われた通りにベルトに通してピョンピョン跳ねている。
ちゃんとベルトに袋が付いてるのを見て俺にニコリと微笑んでくれた。
「さあ、帰ろう」
モモちゃんの手を引いて村へと草原のような荒地を下りていく。
途中で、1人分の携帯食料を2人で分けて昼食にした。出来れば焚き火をしたいところだが、焚き火の制約については聞いてなかったから、水で我慢する。お湯が沸かせればカップスープが飲めたのにちょっと残念だ。
夕暮れにはまだ早いけど、村の北門に着いた。
「何だ? 今日はダメだったようだな。まあ、先は長いんだ。無茶はするなよ」
頭を下げて通り過ぎようとした俺達に声を掛けてくれる。
若いもんは背伸びをしたがると、歩き去る俺達の背中から聞こえてきた。門番は退屈なんだろうな。同僚とそんな話をしながら村にやって来る禍を防ぐのだろう。
ギルドに到着すると、カウンターのお姉さんに依頼の完了を告げながら、モモちゃんの担いで来た革袋の中身を取り出そうとした。
「ちょ、ちょっと待って! ……これに乗せてね」
お姉さんがカウンターの下から浅いカゴを取り出した。座布団位の大きさで、深さは10cmも無さそうだ。両側に取っ手が付いているのは運びやすくするためだろうな。
材質は藤ツルのようだ。とりあえずカゴに7匹のラズーを入れる。
「これもにゃ!」
モモちゃんがベルトから布袋を外して苦労しながら開けると、中から野犬の牙を取り出してカウンターに並べようとしている。身長が低いから背伸びしながら並べてるぞ。
「久々の掘り出し物って感じね……。ラズーは5匹で90Lの報酬が出るわ。残り2匹は20Lになるけど良いかしら。それと野犬の牙は1つ5Lで引き取るわ」
お姉さんがカウンターに穴の開いた銀貨1枚と穴の開いていない銅貨3枚を並べる。
「宿が60Lですからこれで十分です。出来れば次の依頼を紹介してください」
「良いわよ。野犬4匹は倒せたのよね……。これはどうかしら?」
今朝と同じように分厚い図鑑を取り出して、パラパラめくっている。
やがて探し当てたのか、うん! と頷きながら図鑑を俺の方に向けてくれた。
これって、さっき倒した野犬じゃないか?
「野犬に見えるけど、少し獰猛なの。3匹で良いわ。通常数匹で群れてるらしいけどね。大きさは野犬位だけど、足を見て。かなり太いでしょ。噛むだけじゃなく蹴りや前足のパンチも気を付けるのよ」
「どの辺りに?」
「この辺りで見掛けたらしいわ」
絵地図のような物を取り出して、その一角を指差した。
村から西のようだな。石がごろごろしているような風景が描かれている。
クロスボウの遠距離射撃を試されそうだ。少なくとも2匹を最初に倒せば杖で叩けば何とかなりそうだ。
「分かりました。明日出掛けてみます」
「毛皮を剥いで欲しいの。野犬と違ってイグルの毛皮は利用できるのよ」
毛皮を3枚と言う事だな。分かりましたと返事をしたところで、雑貨屋を教えて貰う。
ちょっとした物入れが欲しいところだ。安物のバッグか背負いカゴ辺りが良いかもしれない。
どこで買えるか、お姉さんに聞いてみた。
「たぶん、荷物入れに使うんだと思うけど、古いので良ければ10Lで譲るわよ。最初は皆こんなバッグを持ち歩くんだけど、魔法の袋が手に入ると、それに持ち物を纏めて入れられるから……」
カウンターの後ろにあるロッカーを開けてごそごそと探してたけど、これよ! とカウンターに乗せた物はズック製のバッグだった。バッグから伸びる紐は幅広だし、長さも金具で調節できるようだ。
結構汚れてはいるが、これなら丈夫そうだし、俺のザックの半分位は物が入りそうだ。
「十分です。10Lですね」
カウンターに銅貨を出して受け取ろうとすると、【クリーネ】と小さくお姉さんが呟いた。
あれほど汚れていたバッグが綺麗になった。最初は分らなかったが、花の柄がプリントされていたようだ。
「綺麗になったにゃ! でも、私も使えたにゃ……」
「あら、モモちゃんは魔法が使えるの?」
「使えるみたいです。野犬もそれで助かりました」
俺の言葉にニコリと笑ったのは、何か良からぬ事を考えてる感じに思えてしまう。
お姉さんに頭を下げると、逃げるようにモモちゃんの手を引いてギルドを出た。
雑貨屋は、ギルドのから南に2軒目と言ってたからここになる。
看板の文字は読めないけど、紙袋の看板だから何となく理解できるな。
「モモちゃんは何か欲しいものがあるかい?」
「これで十分にゃ!」
お腹の前に差したナイフをポンポンと叩いてる。切れ味は良いようだから、それでも良いのだろう。まだ小さいから武器を持つ事も無理がありそうだ。俺の後方支援をしてくれれば助かるしね。
結局、店に入らずに宿に向かう事にした。そろそろ夕暮れだ。早めに夕食を取って寝ることにしよう。
その夜。寝る前にモモちゃんが俺に【クリーネ】を掛けてくれた。自分にも【クリーネ】を掛けたんだが、何と服の汚れが全部取れているし、心なし体もさっぱりした気分だ。この宿にはお風呂が無いし、誰も洗濯物を干していないのは、この魔法を使っているのだろう。
だけど、モモちゃんの魔法は1日で7回らしいから、あまり使わせるのも問題だな。
そんな事を考えながら、眠りに着いた。
翌日。朝食を終えると、1個5Lのお弁当を2個受け取って北門に向かう。
2人で10Lのお弁当は高いけど、体力勝負には食事が必要だ。スープがあればと呟いたら、雑貨屋で携帯食料を買って作れば良いと教えてくれた。
そんなものがあるとはね。中世前期と思っていたけど、意外に文化が進んでいるな。
門番さんに挨拶して、塀沿いに西に向かって進む。
こちらには段々畑が続いている。初夏だから麦や野菜が元気に育っているぞ。そういえば、こちらにも雨があるはずだ。雨具も手に入れないといけないのかも知れない。朝から雨なら、宿でジッと休むことになりそうだ。
途中何度か休みを取って2時間程歩くと、前方にゴロゴロした大きな石が見えてきた。あれが目的地になるんだろう。
モモちゃんが帽子を背中に背負うように外すと、ネコ耳をさかんに動かし始めた。
ネコだからね。狩りは得意なはずだ。
岩場という訳ではなく、大きな石の一部が荒地から突き出している感じだな。
野犬なら隠れるのに都合が良さそうだ。ここで見かけたと言うより、ここがイグルの生息地と言う事なんだろう。
「いるにゃ。隠れてるにゃ」
「どの辺り?」
モモちゃんが腕を伸ばして教えてくれる。
じっとその先を見ると、かすかに動く奴がいる。となれば、近くにもいるはずだ。
俺達も近くの大きな石の影に隠れると、ザックからクロスボウを取り出して素早く組み立てる。
ボルトケースをベルトに取り付けて、最初のボルトをクロスボウにセットした。俺の方が終わったところでモモちゃんの弓を取り出して組み立てる。弓を渡すとモモちゃんはすでに矢筒を腰に下げている。
それにしても、中々利口な奴だぞ。確かにチラリとは体の一部が見えるのだが全体を表すことが無い。
俺の後ろでモモちゃんが【アクセル】を唱える。車のアクセルを思い出すな。確かに似たような働きだ。
残り6回の魔法だから、慎重に使って欲しいところだ。
思い切って石の上に飛び乗ってみた。
岩の後ろに隠れた数匹のイグルがいるのがはっきりわかる。頭を低くして俺達の方に近付いて来るから、上の注意がおろそかになってるぞ。
これなら……。
距離は30m程だ。ゆっくりと近付いて来るから狙うのが楽に思える。
一番後ろのイグルに狙いを付けて、トリガーを引く。
直ぐに弦を張って次のボルトをセットした時には、目の前にイグルが迫っていた。ほとんどゼロ距離射撃に近い形で2匹目を倒す。
3匹目は腰のサバイバルナイフを抜く時間があった。
カウンタ―気味にナイフを振り切る。さらにやって来たイグルの顔先にモモちゃんの放った火炎弾が炸裂した。のけぞったところを石から飛び降りてサバイバルナイフを頭に叩き込む。
「終わったにゃ……」
「野犬より素早いし、賢いな。でも、どうにか終わったね」
後ろを振り返って驚いた。モモちゃんの足元に3匹のイグルが倒れている。1匹はたぶん俺がカウンターで倒したんだろうけど、もう1匹はモモちゃんが三日月形のナイフで倒したみたいだ。矢が刺さっている奴もいるな。モモちゃんって、意外と強いんじゃないか?




