5-02 北の洞窟
ギルドの扉を開くと、すでに4人傭兵達が俺達を待っていた。
シュタインさんと体格が似ているトラ族の男が立ち上がると俺達の方に歩いて来る。
「アビニオン傭兵団だな? ガルート傭兵団のリンデマンだ」
「早くにご苦労だった。直ぐに出掛けられるか?」
リンデマンと名乗った男がテーブルを振りかえると片手を上げる。それを合図に3人の男女が席を立った。軍から傭兵団になったらしいが規律が出来ているって感じがするな。
「だいぶ小さいのがいるがだいじょうぶなのか?」
「能力はネコ族を凌ぐし、魔法も使える。十分に役に立つぞ」
そんな話をしてるけど、モモちゃんはトラ族の男が怖いのか、俺の後ろに隠れてマントの端を握っている。
「ほう、それはすごいな。俺のところは妻のミディアに人間族のグリルとケイトだ。グリル達は元先行偵察要員だから、今回の地図作りは任せてくれ」
「こっちがドワーフのガドネン。人間族のヒルダは魔導士だ。同じく人間族のアオイだが、変わった弓を使う。長剣もこなせるが中衛だな。ネコ族のリーザにモモだ。リーザは弓を使い、モモはアオイの妹分で弓と魔法だ」
モモちゃんと俺をおもしろそうな目で見ている。たぶん義兄妹の関係なんだろうけどね。
「兄妹共に変わり者か……。期待させて貰うぞ。先行は俺達で良いか?」
「お願いする。その後ろを俺とリーザ、最後尾はモモとアオイで良いだろう。ガドネン、モモを頼むぞ」
「任せとけ。歩けなければおぶってやるわい」
モモちゃんはちょっと心配そうだけど、体重が軽いから雪原もそれ程苦じゃないと思うんだけどね。
北門の広場に着いたところで、雪靴に履き替える。
冬用のブーツを使った短いスキーのような感じのものだ。カンジキよりはスノーシューに似ている気がする。
靴の両側に金属製の短いクギのようなものが突き出ているから坂でも滑ることは無いだろう。
俺達は杖代わりの槍を持ったけど、モモちゃんは短い杖を使う。尖ったところが無いから転んでも安心だ。
先頭のトラ族の男女が足元を踏み込むようにして雪原を北に向かって歩いて行く。その後を皆がたどるのだが、俺が歩く時には踏み固められているから、雪靴を履かなくてもだいじょうぶじゃないかと思うぐらいだ。
モモちゃんが雪靴を滑らせるようにして俺の前を歩いて行く。真似をしてみたら金具が引っ掛かってしまうんだが、モモちゃんの雪靴には金具が無いのかもしれないな。
1時間程歩いて軽く休憩を取る。今度はシュタインさんとガドネンさんが先頭を交替するようだ。
風が無いからあまり寒さは感じない。汗が出ないようにゆっくり進んでいく。
昼頃になって南を振りかえると、遠くに村の姿が小さく見える。距離としては10kmも歩いて行ないようだ。やはり雪原は歩くのに時間が掛かるようだ。
昼食は焚き火を作ってお茶でお弁当のサンドイッチを食べる。
あまり感じなかったが手袋をした手がすっかりかじかんでいた。確か綿の手袋があったはずだから、それを着けて皮手袋を使おう。
昼食後再び歩き出すと、前方に林が見えてきた。
その先はずっと林が続いている。明日は少し見通しが悪くなりそうだぞ。
林の中にも木々が密集している場所がある。そんな場所は積雪がそれほどでもないから、テントを張って野営をすることになった。
林から10本ほどの細い木を切り出して三角錐の形にしたところで周囲を帆布で包めば、インディアンが使うテントのような形が出来上がる。中で小さな火鉢のようなものを使って火を焚けば十分に温まることができる。床は無いから、杉のような針葉樹の枝先を敷いて、その上にガトルの毛皮を敷けばお尻が濡れることは無い。厚手の毛布2枚で眠れると聞いていたが、これなら十分だな。
2つのテントを張ったところで外に少し大きめの焚き火を焚く。
雪が積もれば魔物は地下に戻るような話は聞いているけど、シュバルツボーゲンの山奥からふもとに下りてくる獣も多いらしい。
草食獣なら肉を取れると言っていたけど、それを狙う肉食獣も一緒に下りてくるらしいから、火を焚いて獣の接近を防ぐ事が目的らしい。
湿った焚き木は中々火が付かなかったが、一度火が付いた焚き木は勢いよく燃えている。
「最初はアオイ達で良いだろう。その後をガルート達にお願いする。明け方は俺を起こしてくれ」
「了解だ。まだ雪が深くないから、ガトルの群れも移動の途中だろう」
食事をしながら焚き火の番の順番が告げられる。まぁ、いつも通りの事だ。得物は弓で良いだろう。テント近くに全員の槍がまとめて雪に突き刺してあるから、壁になる時はあれを使えば良い。
皆がテントに入ると、焚き火には俺とモモちゃんにガドネンさんが残った。
モモちゃんと一緒に薄手の毛布に包まって焚き火にあたると結構温かい。このままだと絶対モモちゃんは寝ちゃいそうだ。
焚き火の反対側ではガドネンさんがパイプを咥えながら両刃の斧を研いでいる。
かなりの重量だと思うんだけど、簡単そうに振り回すんだよな。さすがはドワーフ族だけの事はある。
「ガドネンさん、この片手剣を加工できる店は村にあるんでしょうか?」
「ん? あぁ、その片手剣はまだ使ってたか。材料の鉄は良いものだ。村の鍛冶屋でも十分に加工できるが、何を作るのだ?」
「小型の斧を作ろうと思ってます……」
ただの斧では無い。トマホークと呼ばれる戦闘用の斧だ。接近戦で重宝しそうだし、投げても使えると聞いたことがある。もっとも練習しなければダメなんだろうけどね。
それに俺達の日常では焚き木集めが結構多い事も確かだ。ナタ代わりに片手剣を使ってるけど、だいぶ刃先が鈍ってしまっている。
斧という事でガドネンさんも興味がわいたみたいだ。形や大きさを俺に問いただしながらも納得して頷いている。
「ワシが作っても良さそうだ。冬の依頼はそれ程ないからのう。今度の仕事が終わったところでつくってみよう」
そんな事を言ってるけど、自分用にも作ろうなんて考えてるに違いない。
どれぐらい時間が過ぎたか分らないけど、ガドネンさんが突然立ち上がってガルート傭兵団の寝ているテントに向かった。
直ぐに眠そうな男達が起きて来たから俺達も腰を上げようとすると、モモちゃんがすでに眠っているぞ。
起こさないように毛布で包んでテントに運ぶと、空いている場所にそのまま寝かせつける。大型の魔法の袋から毛布を取り出して俺もその隣に寝転んだ。
小さな炎が火鉢の中で踊っているから、寒いどころか温かく感じるな。
・
・
・
1日歩いてはテントでの野営。そんな行軍を3日続けたところ、俺達の前に小川が現れた。これがドクレル川という事だろう。川幅は3m程度だが水量が豊富で流れも速そうだ。周囲が雪原でも凍ることが無いようだな。
川を渡るのは明日ということで、小川の近くにテントを作る。
太い立ち木を3本倒すと、枝を払って焚き木やテントの床を作り、幹は蔦で縛り付けて小川に橋を掛ける。3本を横にした丸木橋だから滑ったりしないだろうな……。少し気になる橋だけど、他に方法は無いようだ。
翌日。全員で橋を渡ったのだが、モモちゃんはピョンピョンと跳ねるように渡ってしまった。恐る恐る渡ったのは俺だけだったから、皆が苦笑いしてみてた。
橋を渡ったところで雪靴を改めて履くと、北に向かって歩き出す。
すでに村から20km以上は北上した筈だ。尾根が俺達に向かって張り出すように見える。
橋を渡って4日目の昼近くにようやく目的地が見えて来た。
尾根の崖に、ぽっかりと穴が開いている。かなり大きな洞窟のようだ。バスならそのまま中に入っていけそうにも見える。
「あれだ……」
「かなり大きなものですね。軍が興味を示すわけです」
あの大きさでずっと奥に続いているのだろうか? 依頼の内容は本道を探す事だが、そんな依頼を出すと言う事は内部が複雑だと言っているようにも思える。
内部の地図作りよりも、出口の位置を常に把握することを考えていたほうが良いのかも知れない。
洞窟の近くで野営するのも問題がありそうだ。
シュタインさんが指示した野営地は洞窟から1km程離れた大岩の影だった。
すでに林からは離れているから、わざわざ戻って焚き木を集めてくる。
野営地の周りには低く紐を張って鳴子を仕掛けておく。初めて見たけど、こっちの世界にも同じような発想があるんだな。
その夜。お茶を飲みながら明日からの準備が始まる。
女性達はパンをたくさん焼き始めた。洞窟の中で使える焚き木は限られているから、必需品には違いない。
俺とモモちゃんは焚き木で生木を炙って水分を抜く。ほとんど炭のようになってしまうのだが、簡単に火が点くらしい。
それをガドネンさんが魔法の袋から取り出した背負いカゴに入れておく。
交代で睡眠を取り、翌日は朝から晴天だ。
荷物をまとめて小川の水を水筒に詰めると、簡単な朝食を済ませる。
いよいよ洞窟探索の始まりだ。俺達はトラ族の傭兵を先頭にしてゆっくりと洞窟の入口に足を進めて行った。
洞窟の入り口は遠目にも大きかったが、近付いてみるとその大きさに改めて驚いた。シュタインさんの背の高さの2倍半はありそうだ。
足元は砂が厚く積もっているし、断面はほとんど円形に見える。明らかに人工的な洞窟だな。
「ここで装備を変える。なるべく動きやすい恰好にするんだぞ。武装もしといたほうが良いだろう」
マントを外して雪靴を外す。ブーツも冬用から春夏用に履き換えた。外した装備を袋に入れて、弓やクロスボウを取り出して身に着ける。
モモちゃんの仕度とリーザさんの姿を見比べて、同じであることを確認すれば準備完了だ。
俺達が終わったことをシュタインさんが個別に見ている。やがて頷くとヒルダさんとモモちゃんに光球を作らせた。
光球が洞窟の奥に移動すると、シュタインさん達トラ族の3人が槍を手に洞窟に入っていった。その後ろをリーザさんが続くのは警戒の為だろう。
俺とモモちゃんは最後尾だけど、今回はガドネンさんが一緒だ。




