4-07 半分だけど5割増し
部屋に入ったところで修道女が俺達に振りかえった。
「お授けする魔法は?」
「【アクセル】と【クリーネ】をお願いします」
「了解しました。それでは、使える資質を確認しますね」
部屋の片隅にまで歩いて行くと、凝った作りの机の上にあった水晶球を取りあげると俺の両手に握らせた。
こんなんで分かるのだろうかと、手の中で転がしていた時だ。修道女の詠唱が始まると両手が水晶にぴたりと吸い付いてしまった。
水晶球が明滅を繰り返し不思議な光を辺りに撒き散らし始める。
「だいじょうぶです。魔法を使う事が出来ますよ。でも1日5回と言ったところです」
「ちょっと待ってください。アオイはどう見ても人間族です。それでも1日5回なんですか?」
「回数はそうなります。違いはその威力でしょうね。約5割増しになるんじゃないでしょうか? 魔力の増加と回数を考えれば納得できるのですが、私もこのような水晶の波動は初めてです」
人間族なら10回は放てる魔法が、5割増しだから5回と言う事だな。それだと7回半になるから計算上は少ないって事になりそうだ。だけど、強力な火炎弾を放てるなら回数が少なくともかなり使えそうだぞ。
【クリーネ】なら汚れがシミまで落ちそうだし、【アクセル】なら身体機能が5割増しって事になる。
「一応、教団に届ける事になります。その代わり、魔法の費用は半額になりますから、貴方達にもメリットがありますよ」
「なら、【メル】と【シャイン】もお願いします。それで2つ分の魔法で良いんですよね」
リーザさんが確認すると修道女が頷いた。直ぐにポケットから銀貨を出したから、気が変わる前に交渉を成立させたいんだろうな。かなり良い性格をしているぞ。
「それでは、上半身裸になって魔方陣の真ん中に立ってください。服はこのカゴに脱いでください」
言われるままに籠に服を脱いで部屋の真ん中に歩いてく。
結構鍛えたんだけど筋肉は余りつかなかったんだが、改めて体を見るとかなり変わっている。良い意味で筋肉質になっている。とは言ってもマッチョではないな。
これぐらいが丁度良いだろう。空手でもやっていたような感じに見える。
修道女が近付いて来ると、俺の背中に何やら指先で描き始めた。
両肩付近から始まって背中に4つの複雑な文字が描かれたようにも思える。
そんな作業が終わると、俺の直ぐ前に立って両肩を押さえた。
年頃の女性が近くにいるだけで顔が赤くなってしまうが、修道女は俺の気持ちを知ってか俺に微笑みを返してくれた。
「じっとして、耐えてください!」
言葉が終わると同時に肩から激痛が体に入り込んでくる。
何なんだこれは? 思わず振りほどこうとしても身体がまるで動かない。
修道女は俺を見てまだ微笑んでいるだけだ……。
「お兄ちゃん……、お兄ちゃん」
モモちゃんの言葉で我に返った。
どうやら、魔方陣の真ん中で気を失っていたらしい。
「気が付いたようですね。さすがに4種を一度に授けましたから、かなりの苦痛ではあったでしょう。それでも短時間で意識を取り戻すのですから、教団には早めに知らせます。アビニオン傭兵団のアオイ殿でしたね。期待していますよ」
俺達を部屋に残して、修道女は出て行ってしまった。これで終わりと言う事になるんだろうか? それにしても、まだ体の芯から痛みが抜けきっていないぞ。
俺が痛みに耐えているのを知って微笑んでいるんだから、あの女性はかなりのサディストに違いない。
「お兄ちゃんだいじょうぶにゃ?」
「だいじょうぶだよ。まだふらふらするけどね」
ふらつく俺を支えようとしてくれるモモちゃんに感謝だけど、モモちゃんは全種類の魔法が使えるらしい。かなり痛かったんじゃなかったのかな?
「でもこれでちゃんと使えるんですか?」
「そうよねぇ……。町の外で試してみようか!」
今日と明日は休みのはずだから時間つぶしに丁度良いな。
南に向かう通りを歩いて、旧街道への間道に門を開いている南門に出た。
門から少し南に歩いてみたけど左右に畑が広がっているばかりで、間道には誰もいないようだ。
畑の作物も取入れが終わっているし、農家の人達の姿も見当たらない。
「この辺りなら、だれにも迷惑が掛からないわ。畑の片隅で【メル】を使ってみましょう」
「でも、どうやったら【メル】が使えるんですか?」
「杖を握って思い浮かべるにゃ。そしたら投げる方向に腕を伸ばせば良いにゃ!」
「杖は具現化の補助と魔法のブースト効果に使われるだけだから、無くても使えるわよ。モモちゃんの言うように、先ずは思い浮かべる事。呪文は必要ないわ。ヒルダが唱えているのはきっかけを作るためであって、どうでも良いのよ」
2人の助言を聞いたら、何か余計に分らなくなってしまった。
要するに、思いを自分に向ければ【ブースト】や【クリーネ】が使えるって事になるんだろう。反対に外に出すと【メル】や【シャイン】が使えるって事になるようだ。
思いは想像力って事なんだろうな。呪文や杖は補助って事のようだ。トリガーとしても使っているようだから適当に呪文をとなえて思いを凝らしてみるか……。
右手開いて胸先に置くと、手のひらに架空の球体をイメージする。
「ノウマク・サーマンダー・バーサラダー」
確かこんな感じの言葉ったな。
絶対に間違えてると思うけど、手のひらにイメージした球体が具現化して輝き始める。
「オン・キリキリバサラ・ウンハッタ!」
気合と共に右手を突き出して出現した火炎弾をポツンと立っている雑木めがけて突き出すと、まるでピッチャーが投げたボールのように火炎弾が飛んで行き、狙い通りに雑木にぶつかった。
問題はその威力だ。腕程の太さに見えた幹だったのだが、衝撃で折れるのではなく上下に切断されたようだ。焼き切ったと言う感じに見えるな。
「お兄ちゃん……凄い!」
「ヒルダよりも威力があるわ! でも、使えるのは3回ってところね」
「【アクセル】と【クリーネ】だけを考えてましたから、これで十分ですよ。準備に時間が掛かるなら戦闘中に直ぐ使う訳には行きません」
俺の言葉に納得したのかしないのか、リーザさんがうんうんと頷いている。
他の魔法もこんな感じなんだろう。試しに【クリーネ】を使ってみたらちゃんと衣服と体も綺麗になった。これでモモちゃんへの負担も軽くできる。
南の門に向かって歩いていた時だ。
「アオイ、あれがダリムよ。小さいけれど力持ち。牛と比べれば運べる荷物は少ないけどね」
どれどれと、リーザさんの指差した方向をモモちゃんと一緒に眺めると、確かに小さな使役獣がいる。小さな荷車を引いているけど……。
どう見てもカピバラだ。確かに体つきはポニーに似ておるけど、短い首の上に乗っているネズミのような頭はカピバラに見えるんだよな。
「どっかで見たことがあるにゃ……」
モモちゃんが思い浮かべてるのはきっとネズミに違いない。同じく齧歯類だからだろうな。
「小さくって力持ち。その上温厚な性格だから農家の人達が重宝してるのよ。あの表情も愛嬌があるでしょう?」
とりあえずモモちゃんと一緒に頷いておく。
だいじょうぶかなぁ……。そんな気持ちでいっぱいだ。だけど、たぶん肥料を運んでいるんだろう荷車を苦も無く引いているんだからな。それなりに使える獣と言う事になるんだろう。
その日の夕食時に、リーザさんが俺の魔法について皆に報告すると、途端にテーブルが賑やかになった。
一番驚いてるのは、魔導士のヒルダさんのようだ。
「何ですって! 人間族で魔法5回なんて初めて聞いたわよ。それに魔導士の杖を使わずに5割増しだなんて……。上品の杖でさえ2割を超えるのはまれだし、3割を超えることは無いわ」
「それで、魔法が半額ならば得したと思わねばな。自分の魔法だけでなく、戦闘にも使える魔法が使えれば十分だ。たとえ1発でも十分に役立つぞ」
「教団にアルビオンが知られるとはな……。ギルド経由で依頼が舞い込むことも考えねばならぬ」
剣技や弓等の武に優れた者を持つ傭兵団の名は、教団の中で共有されるらしい。そう言う意味では俺達は有名人の仲間入りになるんだろうけど、実力が無いのが問題と言う事になるんだろうな。
「デミ・オーガクラスは伊達では無い。来春には色々と舞い込んでくるぞ」
「それもある。となれば、やはり荷馬車は必要になるな。なるべく丈夫に作った方が良さそうだ」
「抜かりはない。車軸は個別だし、板バネも付け替えた。床板は2重で側板も2段にしたぞ。見掛けは農家の荷馬車を幌馬車にしたような形じゃがのう」
そんな荷馬車を2台買うんだから、アルビオンって金持ちだったんだな。
ヒルダさんのクロスボウも形になるようだ。さすがに滑車付では無さそうだから、少し強力な矢が撃てるという感じなんだろうが、狙いは正確になるから少しぐらい発射間隔が長くとも十分に役立つんじゃないかな。
翌日はヒルダさんに魔法の手ほどきを受ける。なるほど呪文と言うものは特に必要では無いようだが、自分の念を高めるには役立ちそうだ。呪文を唱えた時と唱えない場合では明らかに威力が違っていた。
3日目には荷馬車に積む生活道具を雑貨屋で買い込み、夕方になってガドネンさんが受け取ってきた荷馬車に積み込んでおく。
一番の荷物は水筒になる。水筒と言っても20ℓは入りそうなものが2つだし、ダリムの食べる干し草も6つも積んでいる。干し草はクッションに丁度良さそうだ。
「西の広場の門番に頼んでおくぞ。適当に西へ向かう護衛を探して来い」
そう言ってガドネンさんとリーザさんがダリムの引く荷馬車を移動して行った。となると俺達はギルドで待てと言う事だろうな。




