4-05 はぐれオーガ?
距離は50mも無さそうだ。少しずつ近付いて来たので、昔話の鬼にそっくりな姿を目を見開いて見る事になった。
頭に角があるように見えるけど、あれはヘルメットなんだろうな。獣の皮を腰に巻いてるだけだから、隆々とした筋肉が見える。持ってる武器は金棒では無くて木の棍棒だ。あれを振り回されたら、接近戦はかなり危険だぞ。
光球に照らされたオーガの皮膚は青みを帯びているようだ。正に青鬼そのものだな。
「攻撃で良いんですよね!」
「確実に命中するまで放つなよ。3人で放てば1本は当たるだろう」
俺の問いにシュタインさんがオーガを睨んだまま答えてくれた。
大きいから顔の大きさも2倍はありそうだ。真ん中の潰れた鼻を狙えばどこかに当たるだろう。
シュタインさんの身長は2m近いんだが、さすがにオーガと比べれば、隣で戦斧を担いでいるガドネンさんに見えてくる。
体格差が歴然としていても、オーガの歩みがともすれば滞るのはシュタインさんが鋭い眼光で睨みつけているからに違いない。
何といってもトラ族出身だからな。たまに横顔を見ると精悍な表情に驚くときがある。
「もっと近づかないと当たらないにゃ!」
「あぁ、できるだけ近くで放つんだ。モモちゃんの弓はリーザさんと比べて遠くに飛ばないからね」
少しずつ近付いて来る青鬼に向かってクロスボウの狙いを定める。膝撃ちのしせいだから狙いはぶれない。
「まだだ、まだ的が小さい」
そうは言っても、リーザさんは既に弓を引ききっているぞ。あれでは数秒も保持できないんじゃないか。
時間にしたら3秒も経過しなかったろう。青鬼が大きく棍棒を振り上げて光球を越えようとした時だ。
「撃て!」
シュタインさんが大声で叫ぶと、俺とリーザさんが同時に矢とボルトを放った。
どこに当たったかも確かめないで足で金具を踏んで弦を引き絞る。
ウオォォ! とシュタインさんとガドネンさんが叫ぶ声が聞こえてきた。
ちょこちょこと俺の前にモモちゃんが駆けて来て、弓を放って後ろに下がる。
クロスボウの狙いをつけようと青鬼の顔をターゲットスコープに捕えた時だ。最初のボルトが鼻に深々と食い込んでいる。
顔面血だらけの状態でシュタインさん達に棍棒を振っているが、息ができないのか苦しそうな呻き声も聞こえてくる。
2本目のボルトは、青鬼の顎を砕いたようだ。ボルトは撥ね返ったが、棍棒を握っていない手で顎を押さえた。
そんな青鬼の腿に向かってシュタインさんが長剣を振り下ろすと、直ぐに後ろに下がった。先ほどまでシュタインさんがいた場所に棍棒が振り下ろされて街道の石畳が一瞬震えた。
「アオイ、そのままボルトを放て。けっこう効いているぞ!」
3本目のボルトをセットしている間にリーザさんやモモちゃんが盛んに矢を射かけている。ヒルダさんが2発目の火炎弾を青鬼に放ったようだ。
青鬼の振り回す棍棒の力が次第に鈍っているのが、石畳の振動でも分る。ガドネンさんが接近して膝を斬り払っても、棍棒を易々とかわす姿が見えた。
「アオイ、槍を寄こせ!」
素早くボルトを放って、後ろに向かうと荷馬車に立て掛けてあった槍を3本掴むと、シュタインさんに手渡す。
1本を掴むと残りを街道に落として、青鬼の腹に向かって投げつける。
元々が短剣だからな。ナマクラだけどシュタインさんの力で投げられた槍は、青鬼の腹に短剣の根元まで突き立った。
2本目の槍を拾い上げたのを見て、後ろに下がり再びクロスボウを手にする。
ボルトをセットしたクロスボウの狙いを定めようとした時、青鬼がゆらりと前に姿勢を崩した。
見る間に傾きが大きくなると、どさりと街道に倒れこんだ。
「油断するな! ……ヒルダ、頭に火炎弾を放ってみろ」
いつまた立ち上がらないとも限らない。シュタインさん達は数歩下がって様子を見待っている。槍を手にしてるのは、起きてきたらそれを投げようとしてるんだろうな。
ヒルダさんの放った火炎弾が後頭部に当たって弾けても、青鬼はピクリとも動かない。
やはり死んだのだろうか?
「やったようだな……」
「なんとかだな。アオイ達がいなければ俺達が潰されて街道に寝ているはずだ」
恐る恐るモモちゃんと一緒に青鬼に近付いてみる。
念には念をと言う事だろう。シュタインさんが、青鬼の背中から深々と長剣を突き通している。あの位置なら神像って事になるな。気絶していたとしてもこれで確実に息絶えたことになる。
「大きいにゃあ~」
「ああ、よくも倒せたと思うよ」
「でもこれで、アルビオンはオーガクラスね!」
俺達の話で、シュタインさんが苦笑いを浮かべる。どうやら、そう簡単ではないらしい。
「我等はガトルクラスだからのう。1つ上のデミ・オーガというところじゃ。まあ、オーガとな名が付くのじゃがな」
ガドネンさんが教えてくれた。
ある意味、まぐれを戒める事なんだろう。何体かのオーガを倒して初めて名乗れるらしい。とは言っても、オーガを倒したことは認めると言う事で、1つ下のクラスがあるんだろうな。
「あれだけ騒いだ以上、他の連中も気になっているはずだ。リーザ、広場の入り口まで行ってくれんか?」
「顛末を話せば良いのね。分ったわ」
リーザさんが荷馬車の下をくぐるようにしてこの場を離れていく。
俺達がお茶を飲んでいる間に、ガドネンさんがオーガの手首を切り取ってきた。オーガを倒した証しと言う事だろう。
話を聞くと、オーガの手首をギルドに渡すと銀貨5枚になるらしい。ちょっと美味しい話だが、オーガに返り討ちに合う傭兵も多いのだろう。
それにしても……。オーガが1体というのはどう考えたら良いのだろう?
そんな疑問を持った俺を、オーガのところにガドネンさんが連れて行く。
「アオイ、ここを見ろ。……矢傷で矢じりが食い込んでいる。この矢じりがこれだ。王国軍の矢じりで俺達のような狩りで使う矢じりでは無い。王国軍の攻撃で魔族の軍が散らばったに違いない」
俺達の矢じりは返しの付いた短いものだ。だが、ガドネンさんがポケットから取り出した矢じりはミニュチュアの短剣にも似た形だ。少なくとも返しが無い。
王国軍が討伐に失敗して魔物軍を散らしてしまった?
そうなると、冬までの期間は山街道は常に魔物の脅威が付きまとうぞ。
「たぶんアオイの考えの通りだろう。だが、考え方によっては魔物討伐は成功したともいえる。分散した魔物を個別に倒せば良いのだからな。もっとも、ゴブリンのような奴は直ぐに群れてしまうだろう」
「ゴブリンなら問題ないわ。魔導士の杖も新しくしたからだいじょうぶよ」
ヒルダさんの言葉にモモちゃんも頷いているから、ガドネンさんが焚き火の傍から手を伸ばしてモモちゃんの頭を撫でている。全く孫とおじいちゃんを見ているような感じだ。
ガタゴトと荷馬車の方で音がしたかと思ったら、リーザさんが現れた。
確かに荷馬車の下はちょっとしたトンネルだ。比較的安全に行き来できるから、ネコ族のリーザさんにとっては容易い事に違いない。
「皆、驚いてたわ。彼等もガトルクラスらしいけど、オーガが出たら全力で逃げ出すって!」
「その判断も正しい。俺も最初はそう思ったからな。だが、オーガの顔は確かに急所だな」
「変わった弓と長剣が使えて、状況判断も的確に行える……。中々良い傭兵になれっるわね」
「その妹も一流じゃ。ちっこいがのう」
評価は高そうだけど、それほど期待されても困ってしまう。
「オーガは、みなあんな感じなんですか?」
「そうじゃな。前に2度みたが、これよりは小さかったな」
「俺も1度見たことがある。確かに今回は大きかった」
シュタインさん達が話してくれた話では、今回のオーガはまれに見る大きさだと言う事らしい。通常ならもう少し小さいらしいが、8D(2.4m)は超えているというから巨人であることには変わりない。
通常なら数体で行動しているとも言っていた。なるほど、オーガクラスには程遠い感じがするな。
「今回の顔面攻撃は弓を使える者が2人いたと言う事とアオイがクロスボウをもっていたことだろうな。あれだけ深くボルトが鼻を貫通しているなら息をつくのも苦労したろう。俺達2人で白兵戦を挑んだが、あんな緩慢な動きならリードルの方が遥かに手強い」
「あれが連射できれば良いがそうもいかん。かなり面倒な手順で撃っておるからのう。だが、簡易版なら作れそうじゃ。ヒルダ用に作ってみるか?」
リーザさんとモモちゃんは今のままの弓で十分だろうが、弓はそれなりに練習が必要なんだよな。モモちゃんがなぜ弓が使えるか不思議に思える時があるけど、ここはモモちゃんの望んだ世界なのかもしれない。そうなると少しは補正が掛かってるのかもしれないな。
「私に使えるかしら?」
「簡易版ならどうにかなるじゃろう。弓は使えそうもないし、魔法は限りがある。ボルトならあらかじめたくさん持てるぞ」
俺も弓はまだまだだからな。もう一人クロスボウがあれば交互に撃っていける。
ガドネンさん達は、オーガが1体はあまり例が無いような事も言ってたから、次のオーガは複数体だと考えているんだろう。
念の為の装備ではあるのだろうが、俺も賛成できる話だ。
その夜は、そのまま夜を明かすことになったが、リーザさんはモモちゃんと一緒に朝まで一眠り。
翌朝はオーガを街道の脇まで移動して矢とボルトを回収しておく。
朝食を終えて再び森の中の街道を東に向かって荷馬車を進め始めたが、街道脇のオーガの亡き骸を皆が見ることになるだろう。今夜の野営が楽しみだな。




