1-03 飛べない鳥を狩る
夕食はシチューにテニスボール位のパンが2個付いて来た。
1個はバッグに入れて夜食にしよう。シチューは大皿にたっぷり盛ってくれたから、それだけでお腹がいっぱいになる。
モモちゃんも、パンを2つとも懐に入れてるぐらいだからな。やはりこのシチューは量が多いと思う。
数個あるテーブルには食事を始める時には俺達2人だったけど、いつの間にか客が増えてきた。早めに食事を切り上げて、用意された部屋に向かう。
カウンター傍の階段を上がると、奥にずっと部屋が続いている。左右に並んだ扉に記号が付いているけど、たぶん部屋番号なんだろうな。
一番奥の左側の扉には、鍵にくくり付けられた金属板の記号と同じ記号が彫り込まれている。
鍵を外して部屋に入ると、小さなランタンが壁にから伸びる金属製の棒の先に取り付けられていた。
豆電球みたいな明かりだけど、ロウソクよりはマシな感じだ。
ベッドが2つの簡素な部屋だけど、食事込みで2人で60Lは宿代として高いかどうか少し判断に迷うところだ。手持ち金で6日は泊まれるが、それが無くなると野宿する外に手は無くなってしまう。頑張らなければな……。
「モモちゃん……」
モモちゃんと相談しようと隣のベッドを見たら、ピョンピョン跳ねて遊んでいた。
「何にゃ?」
飛び跳ねるのを止めて、俺と同じようにベッドの端にチョコンと腰を下ろした。足をぶらぶらさせているのは仕方がないだろうな。
「明日から狩りをする事になりそうだけど、モモちゃんは武器が使えるの?」
「武器はこれにゃ! よく切れるにゃ。それに……、これも使えるにゃ!」
ワンピースの下から取り出したナイフはだいぶ湾曲してるけど、確かによく切れると俺も思っていた。
まあ、確かにナイフは武器だから問題は無さそうだ。
だけど、その次に取り出したのはどう見ても孫の手にしか見えない。『箱根』と焼き印まで押してあるから、俺がお土産に買ってきた物に間違いは無いだろう。手元の紐にモモちゃんが良くじゃれて遊んでたんだよな。
「それも武器なの?」
「魔法が使えるにゃ! 1日7回限定にゃ」
自慢げに話してくれたけど、明日にでも実演して貰おう。住んでる人だって色々いるからね。今更、魔法の話が出ても驚かないぞ。
もし、モモちゃんが攻撃魔法を使えるならありがたい話だ。かなり狩りが楽になるんじゃないか?
「弓を知ってたよね。これがあるんだけど」
ザックから、オモチャのような弓を取り出した。
形はアーチェリーの弓みたいだけど、長さが1mにも満たないんだよな。矢筒には数本の矢が入っているけど、あれでは10mほど離れた獲物を撃つのが精々だろう。
俺から弓を受け取るとグイグイと引いているから使えるのかも知れないな。構えは中々本格的なんだけど、弓はおもちゃにしか見えないのが残念だ。
なんか、かなり疲れた感じだ。
横になると直ぐに睡魔が襲ってくる。明日は明日で考えよう。とりあえずゆっくり眠ろう……。
翌日、目が覚めたら隣でモモちゃんが寝ていた。
そう言えば、いつもベッドで一緒に寝ていたっけ。先にベッドを抜け出して着替えを済ませる。
今日は狩りだから、サバイバルナイフをベルトに着けておこう。
モモちゃんが布団の中でもぞもぞ動き出した。そろそろ起きるのかな?
パっと布団を跳ねのけるように起きると、俺と顔があった。
「「おはよう(にゃ)」」
互いに挨拶したところで、モモちゃんが身支度を始める。物騒なナイフを、今日はお腹のところでベルトに挟んでいるぞ。あの湾曲だから、かなり体を動かしてもケースから抜け出す事だけは無さそうだ。昨夜渡した矢筒を腰に付けて、弓を肩に引っ掛けている。
用意ができたところで、ザックを肩に担いで部屋を出た。
1階に下りてテーブルに着くと、直ぐに朝食が運ばれてきた。
朝はスープにパンが1つだ。あっさりしたスープ楽しみながら朝食を食べていると、モモちゃんに良く似たお姉さんがお茶を運んでくれた。
「すみませんが、この水筒に水を汲みたいんです。井戸を教えてくれませんか?」
「あら、それぐらいは私がしてあげられるわ。ちょっと待ってね」
水筒を持ってカウンターの奥に行ったが、直ぐに戻るとたっぷりと水が入った水筒を渡してくれた。
「傭兵になったんでしょう? 頑張ってね」
そう言って俺達に手を振るとカウンターの奥に消えて行った。モモちゃんもお姉さんに手を振っている。
だけど、俺達が傭兵になったのをなぜ知ってるんだろう? ちょっと気になる話だな。
食事が終わったところでギルドに出掛けるのだが、その前にカウンターのおばさんに今夜の宿の予約をしておく。
「だいじょうぶだよ。教会の鐘が2つなる前なら、予約が有効だけど、2つが過ぎたら他の人を泊めるからね」
「教会の鐘って昨夜もありました?」
「きっとその鐘が鳴る前に寝ちゃったんだろうね。夕暮れ過ぎに1つ。それからロウソク1つ分が無くなると鐘が2つ鳴るのさ。教会で神官様がその間お祈りをするんだろうね。私達には時間を知る良い鐘さ」
どうやら朝にも同じように日の出と、日の出からロウソク1本分を置いて鐘が鳴るらしい。どちらも気が付かなかったのはそれだけ深く寝入っていたんだろう。
さらに、昼頃にも1度鐘が鳴るそうだ。今日はそれを聞いてみるか。
宿を後にしてギルドに向かう。
依頼書で仕事を探すのではなく、カウンターで直接仕事を依頼されるシステムには驚いたが、それだけ個人の技量を大切にしてくれるのだろう。
どんな依頼が来るのか、少し楽しみになってきたぞ。
ギルドに行くと、何人かがテーブル席に座っている。
カウンターにも何人かが集まって、お姉さんの話を聞いているようだ。なるほど、こんな感じで依頼を受けるんだな。
俺も、奥の開いているテーブルに行こうとしたら、お姉さんにカードを置いて行くように言われてしまった。
モモちゃんのカードを受け取って、俺のカードと一緒にお姉さんに預けておく。予約って事なんだろうか? 順番に依頼を受けるには確かに都合が良さそうだ。
次々とギルドに人が入って来る。俺のような人間もいるし、モモちゃんによく似た人達もいるぞ。
あまりじろじろ見ないようにして俺達の順番を待っていると、ギルドのお姉さんが俺達の名を呼んだ。
直ぐに立ち上がって、お姉さんのところに向かう。
「アオイ君達には、これが良いかな? 森の手前になるんだけど、ラビーよりは少し小さいわ。こんな鳥なんだけど……」
動物図鑑のような物を取り出して、パラパラとページをめくり指差したものは、ウズラなんだろうか?
横に描かれた人の顔と比べると、ウズラよりは大きそうだ。
羽根が退化してほとんど見えないから、なんか変な感じに見えるぞ。少しウズラと異なるのが太い脚だ。あの足で飛び蹴りでもするんだろうか?
「かなり難易度が高いんだけど、ラビーを弓で狩れるなら、これも狩れると思うわ。依頼期間は5日あるけど、早い達成なら評価も上がるわよ。場所はね……」
地図を取り出して、地図の説明をしながら生息場所を教えてくれた。
村の北門を出て20Mと教えてくれたが、どれ位の距離なんだか分らないな。絵地図のような地図だから縮尺も良く分からない。森から出て、村まではそれ程距離は無かったように思える。同じような距離だから、数kmと考えれば良いのかな?
「了解しました。ところで、この鳥の名前と狩る数を教えてください」
「教えてなかったわね。これはラズーという鳥よ。数は5羽が目標になるわ。後は、野犬を倒したら、長い方の牙を持って来て。それも評価の対象になるからね」
お姉さんに頷くと、モモちゃんを連れてギルドを後にする。
北門の門番さんにおはようと挨拶すると、頑張れよ! と返してくれた。何となく昔からの知り合いのような感じがして嬉しくなるな。
足取りも軽く、北に向かって歩く。
あまり森には近付かないようにしよう。お姉さんの言葉に寄れば野犬がいるらしいからね。
野犬というからには犬なんだろうけど、あまり大きいと問題だ。出て来たら棒で威嚇できるように早めに杖を作っておくか。
北門から出ると、短い雑草の茂る草原のような場所が、緩やかな上り坂になって続いている。
そんな中にもまばらに雑木があるんだが、何カ所目かの雑木の茂みに隠れるようにして休憩を取った。
水筒の水をシェラカップに半分程注いで2人で飲みながら夕食のパンを千切って食べた。少し甘味があるからおやつに丁度良い。
1個食べ終えたところで、クロスボウを組み立て、ボルトケースをベルトに着けた。灌木の真っ直ぐに枝が伸びたところをサバイバルナイフで切取り、俺とモモちゃんの杖を作る。俺のは少し太めだから、これでぶん殴れば野犬位は何とかなるだろう。
モモちゃんにはあまり期待できないけど、振り回していれば襲ってこないだろう。
出来たところで、先を急ぐ。
かなり上ってきたようで、すでに村は斜面に隠れて見えなくなっている。
もう少し先なんだろうか?
そんな事を考えながら歩いていると、モモちゃんが急に立ち止って森の方を指差した。
「あそこにいるにゃ!」
モモちゃんの後ろに回って腕の先を良く見ると、何かが動いてるぞ。
この距離でモモちゃんには獲物が識別できるんだろうか?
ゆっくりと近付くと、ザックから双眼鏡を取り出して、もう一度よく観察する。
確かに、ウズラのようなやつだ。かなりたくさんいるけど、ど真ん中にボルトを撃ったら皆一斉に逃げ出してしまいそうだな。
端っこの奴から撃ってみるか……。目標が5日だから、今日だけで3羽は欲しいところだ。
ボルトケースからボルトを1本抜き取ってクロスボウにセットする。距離は50mは無さそうだ。照準器のレンジ環を50mにセットすると、膝撃ちの姿勢で慎重に端のラズーに狙いを定める。
バシ! と弦の音がした時にはラズーが転がっていた。他のラズーは我関せずとばかりに土を掘り起こして何かを食べている。
ボルトケースから次のボルトを取り出して、2羽目に狙いを付けた……。
さすがに6羽目を倒したところで、ラズーも異変に気が付いたようだ。さかんに辺りをキョロキョロしていたが7羽目を倒すと一斉に森の中に逃げ出してしまった。
7羽目は殆ど集団の中だったからな。
俺が立ち上がると、モモちゃんが獲物に向かって駆けだしていく。
あちこちに散らばっている獲物を集めてボルトを回収してくれた。7本を纏めてヤジリ部分を水筒の水で血を流して置く。
得物を入れる革袋を取り出して、モモちゃんが慣れた手つきで獲物の内臓を取り出す間、杖を片手に周辺の監視を引き受けた。
「終わったにゃ。これが獲物にゃ」
大きく膨らんだ革袋を担いで、俺に背中を見せてくれた。
「重そうだね。だいじょうぶ?」
「これぐらい、平気にゃ」
早めに森の近くから離れよう。モモちゃんが内臓を棄てたから、どんな奴がやって来るか分かったもんじゃない。
逃げるようにその場を離れると、少し離れた灌木で一休みを取る。時計だと2時過ぎだから昼食時を過ぎてるけど、まだ安心はできないな。