3-02 俺には弓が向かないようだ
難しい交渉はシュタインさんに任せて、俺とモモちゃんは早々と宿のベッドで横になる。日の高い内からベルク村にいたから、今日は鐘の音を2回聞くことができた。相変わらず高い音が1回だけなんだけど、村人には便利に使われているんだろうな。
翌朝の食事時に、シュタインさんから30Lずつの荷馬車護衛の報酬が出る。今日からはギルドに雇われたことになるから、少し報酬が良くなるんだよな。
「俺とガドネン、それにリーザはギルドで待機だ。ヒルダはアオイ達を連れて村の周囲を探ってくれ。2回巡ったところで交代する。それと、万が一の場合は俺達が北門を守ることになる」
「何かあれば、北門ってことだな。ギルドに向かわずに真っ直ぐ北門だ。アオイは弓は使えるのか? イザとなったらこれを使え!」
ガドネンさんがテーブルに出してくれたのは、リーザさんが使っている弓と同じものだ。握り手の上下が同じ長さだから、アーチュリーの一種なんだろうな。長弓とは異なり弦の長さも1.2mほどだ。
弦を引いてみると結構な強さがある。これなら離れた場所でも戦えそうだが、俺は一度も弓を使ったことがないぞ。
「使い方は、モモに習えば良いだろう。矢を前に飛ばせば良い。当てることは二の次で構わんぞ」
「近寄らせなければ良いと言う事ですか……。それなら、俺にも出来そうです」
たぶん標準的な弓なんだろう。クロスボウは頼りになるが、発射するまでに時間が掛かるからな。傭兵となると色々と武器の使い方ができなければならないのかも知れない。時間がありそうだから、少し練習してみるか。クロスボウだっていつまで使えるか分からないからな。
ありがたく頂いて、クロスボウを畳んで魔法の袋に入れておく。モモちゃんもお揃いにゃ! と言って喜んでいるぞ。
リーザさんのように弓と弦の間に頭を入れて背中に担ぐようにして持った。モモちゃんも真似をしてるけど上手く行かないようで、リーザさんが手助けしている。
「準備は出来たわね? それじゃあ、出掛けるわよ」
ヒルダさんの後に付いて、モモちゃんと一緒に宿を出た。2回、村の周囲を巡ってシュタインさん達と交替になる。
真っ直ぐ南に村の通りを歩いて、南門を出ると時計回りに3人で歩き出す。
前にヒルダさん、俺が殿で間にモモちゃんを挟む。
ヒルダさんは魔法の杖を腰のベルトに挟み、短い手槍を持っている。使っているところを見たことは無いけど、杖よりはまともな武器に見えるな。
モモちゃんは、弓を俺と同じように肩に掛けて、例のごとく孫の手をしっかりと握ってる。弓よりは即応しやすいんだろうな。
村の西には段々畑が広がっている。さらに西には野犬に似たイグルの生息地だ。途中には林も無く、小さな灌木の繁みがある位だから見通しは良い。たまに西を眺めれば十分だろう。
「モモちゃん気配はある?」
「小さいのがいるにゃ。ラビーみたいだから、今日は狩らないでおくにゃ」
「そうね。モモちゃんがいれば、好きな時にラビーが食べられるわ。でもこの間食べたから、しばらくはそっとしときましょう」
ヒルダさんも今日はラビーを見逃してあげることに賛成みたいだ。この弓の練習をしたかったんだけど、最初からラビーは無理かもしれないな。
北門のじいさん達に挨拶して、村の東に出る。
こちらは森近いから少し緊張するな。モモちゃんも時々立ち止って東に広がる森を見ている。それでも直ぐに視線を外すから、近くにはいないのだろう。森との距離は500m以上あるから、魔物が姿を現しても走って逃げればどちらかの門にたどり着くのにわけはない。
「じっと森を見てると、尻尾がちょっと膨らむにゃ」
「何かいるんだろうね。モモちゃんが相手を見付けられないから尻尾が膨らむだけなのかも知れない」
「たぶんそうでしょうね。私には分らないけど、あまり森を見てると寒気がしてくるわ」
ヒルダさんの女の勘なのだろうか? 俺にはいつも通りの森にしか見えないんだけどね。
やがて振りだしの南門に戻ったところで、門番さんがお茶をご馳走してくれた。
「いつ来るか分からんが、あまり良い気分じゃねぇな」
「南でこれだから、北門のじいさん連中はさぞかし気を揉んでるじゃろうな」
イヌ顔とイノシシ顔の門番さんは、どう考えても老人なんだろうが、筋肉質の体を誇っている。得物は身長よりも少し長い槍だが、柄はヒルダさんの持つ槍よりも遥かに太い。そのまま棍棒代わりにも出来そうな感じだ。
お茶を飲み終えたところで、再び見回りに出掛ける。この仕事はのんびりやっても2時間は掛からない。
2回村を巡ったところで、シュタインさん達と交替する。村にはもう1つの傭兵団が滞在していたみたいだ。
奥に座っていた傭兵達に軽く頭を下げて、空いているテーブルに座って待機する。
少し休んだところで、モモちゃんを連れて弓の練習をしてみることにした。
前に飛べば十分だと、ガドネンさんが言ってたけど、いくらなんでもそれでは役に立たないだろうからね。
リーナさんに断って、ギルドの裏庭にある練習場を借りて練習を始めた。
最初は、モモちゃんと同じ位の距離から始めてみる。的に向かって石が地面に2か所埋め込まれている。近い方が60D(18m)で離れた方が100D(30m)らしい。さらに壁際にも印があったが、距離的には150D(45m)というところだろう。さすがに、その距離では無理に違いない。
モモちゃんがお手本を示してくれたけど、10本の矢が全て直径1D(30cm)程の黒丸に的中している。
指の使い方はアーチェリーそのものだ。同じように構えて、矢を撃った……。
正直、これほどとは思わなかったな。
直径2D(60cm)の的に当たったのは4本で、モモちゃんのように真ん中の黒丸に当たったのは1つも無い。残り6本の矢は、流れ矢を防ぐために的の後ろに設置した横幅10D(3m)程の板壁に的をかなり外して刺さっている。少しは集束してるなら、狙いをずらせば良いのだろうが、これだけあちこちに矢が刺さってるのを見ると、自分の才能の無さがひしひしと感じられるな。
「次は100D(30m)で放ってみて!」
的と後ろの板から矢を回収して、ヒルダさんの言うがままに今度は後ろに下がって矢を放つ。
命中した矢は1本だけだった……。唖然とした表情でモモちゃんが俺を見てるんだけど、なぜ当たらないのかが問題だな。
アーチェリー部の連中はこれ以上の距離でも的に当ててたんだよね。
俺の弓の使い方と、彼等の使い方を頭の中で比べてみる。……ん! 確か顎に弦を引く手を当ててたな。和弓の連中もそんな感じだったが、確か頬に当ててたような気がする。
俺は左手を肩まで持ってきただけだったから、その辺りに原因があるのかもしれない。
モモちゃんが俺の射点から矢を放ってるけど、モモちゃんは頬に持ってきているのがわかる。
モモちゃんの練習が終わって、俺の矢も回収してくれたところで再度矢を放ってみる。
今度は3本刺さったぞ! 少し練習すれば、30mで半分は当たるんじゃないかな?
そんな気持ちで何度か矢を放ってみたが、的に当たる矢は6本が最高だ。それに未だに真ん中の黒丸に当たる矢は無いんだよな。
「半分当たれば、残りはモモちゃんが倒してくれるわ。前に飛ぶんだからガドネンの心配はいらないようね」
ヒルダさんにその言葉の意味を聞いてみたら、初心者の放つ矢はどこに飛ぶのか分からないそうだ。本当に後ろに飛ばす者もいるらしい。横に飛ぶなんてのは良い方だと言ってたぞ。
継続は力だっていうぐらいだから、少しずつ練習していこう。いくらなんでも、30m離れて半分というのは、モモちゃんの手前俺の矜持と言う物がある。
見回りから帰ってきたシュタインさん達にヒルダさんが俺の弓の腕を報告したら、微妙な表情をしていたな。
やはりもう少し腕があると思ってたのかもしれない。
「矢数を増やせば良いだろう。リーザ、アオイに矢を12本追加だ」
「そうなるよねぇ……。了解しました。私とモモちゃんの矢も追加しとくね」
ついでに、自分の矢も増やしておくみたいだ。相手の数が分らないんだから、余分に買っておくのは賛成だな。
もう一組の傭兵団が村の見回りをしてくれるらしいので、俺達はその間に昼食を取る。
黒パンにハムを挟んで、暖炉で作ったスープで流し込む。
簡単な食事だから、この頃少し食べ飽きてきた感じもするな。
「弓は練習をすれば少しは良くなるだろう。だが、長時間続けるのは止しておけ。魔物の気配があるからな」
「やはり襲ってくるんでしょうか?」
「わからん……。軍が来れば村の守りも充実する。刈入れは軍がやって来てからだそうだ。数日、長くても10日は掛からん。その間、何も無ければ良いのだが」
傭兵が十数人よりも、兵隊が40人の方が遥かに安全だ。村人も武器を用意しているようだが、軍が来てくれるまでだと自分達に言い聞かせているんじゃないかな。
「モモちゃんの話では距離はあるように思えましたが?」
「リーザも同じような事を言ってたな。かなり離れた場所に集結しとるんじゃないか?」
「アーベルグ村に向かう事もあり得るだろうな。だが、それには山街道を横切る事になる。大戦争に発展しそうだ」
山街道と南にある旧街道、それに海の近くにある海街道の3つがこの王国を東西に繋いでいるらしい。
3つの街道を南北に連結する街道もあるのだが、規模は小さいものだ。3つある街道の1つでも遮断されると、物流に大きな遅れや停滞が出来かねない。
万が一にもアーベルグ村に侵攻するような事態が生じたら、この世界の住人と魔族との間で本格的な戦が始まってしまうと言う事なのだろうか?
まだ、この世界に来てから2か月も経っていないのに、戦争に巻き込まれるのは不幸以外の何ものでもない。
どうにか荷馬車の護衛で生活してる状況なんだから、何とか穏便に済ませたいところだ。




