E-406 夜に備えて腹ごしらえ
「半魚人の武器は爪ってことですか! ナイフよりも切れ味が良いという話は、ゾッとしますね」
「全身の鱗も問題だな。なるほどパラベラム弾は強装弾に限ると言われた意味が理解できた。だがAK47なら問題ないだろうし、そっちのお嬢さんはウージーの強装弾。だが、アオイとお嬢ちゃんは……、ショットガンなのか?」
「最初の1発だけですよ。ドラゴンブレス弾を使います。モモちゃんはあのショットガンで十分です。20番の弾丸ですが、かなり特殊なものですから十分に俺達をバックアップしてくれますよ」
そんな話をしていると夜が明けてきた。
ドイツ軍のレーションを頂いて、コーヒーで眠気を覚ます。
俺とモモちゃんがアベルさんの班に加わって周辺偵察に向かう。昨夜のことがあるから、ナリスさん達はブリッツさん達と舘跡で待機することになった。
かなりあちこちに早期警戒用のワイヤーを張っているようだから、リーガンがやってきても後れを取ることは無いだろう。
出発する前に、モモちゃんが「周辺に怖いものはいないにゃ!」とナリスさんに伝えていたぐらいだ。
「舘跡を起点に周囲500mを調査する。犬は置いてきたが、お嬢ちゃんだけで問題はないんだよな?」
「モモちゃんが同行しているなら、不意打ちを食らうことはありませんよ。どちらかと言えば逆をつけます」
心配そうな表情で小声で俺に聞いてきたんだが、部下を持つ身である以上慎重なんだろう。
モモちゃんに顔を向けて小さく頷いているのは、昨夜の出来事をもう1度頭の中で振り返ってみたに違いない。
モモちゃんのすぐ前に2人の隊員が銃を構えながらゆっくりと森を進んでいる。
殿は俺になるけど、俺もだいぶ勘が良くなってきたからね。不意打ちを避けるぐらいはできそうだ。
背中のムラマサが頼りだけど、白兵戦になる前にAK47の連射で倒されてしまうだろう。
殿だから、後方を気にしながらの行軍だ。
今のところは何も、問題はない。
1時間程偵察したところで小休止を取る。
早速、モモちゃんがチョコレートバーを齧り始めた。
俺達は、水筒に入れたコーヒーを飲みながらタバコを楽しむ。
モモちゃんの話では、遠くに鹿の親子がいるだけらしい。
「鹿と聞くと、狩りをしたくなるんだよなぁ」
「帰りに見付けたら狩っても構わんが、今は大荷物になるから見逃がしてやるんだな」
「帰りなら良いんですね。モモちゃん、上手く見つけてくれよ!」
モモちゃんに頼んでいるようだ。
傭兵時代に色々と狩ったからなぁ。モモちゃんの方が間違いなく狩れそうな気がしてきた。
だけど、それだけ銃に自信があるんだろう。上手く行けば今夜はジビエ料理ってことになりそうだ。鹿肉なんてこっちに来てから食べたことが無いからね。
再び偵察が始まる。
真新しい折れた枝を見付けることもあるんだが、アベルさんの話では野生の動物らしい。
「昨夜襲ってきた連中の体格を考えると、この高さは低すぎる。イノシシ辺りじゃないか」
「鹿かイノシシ……。どちらも旨そうだ。ビールが欲しいところだが、お前持って来たか?」
「生憎とスキットルの中身はブランディーだ。まさか狩りをするとは思ってなかったからなぁ」
そんな雑談が聞こえてくる。
今のところ危険は無いと、モモちゃんが教えてくれたからピクニック気分なんだよね。
昼食はビスケットに、固形スープをお湯で溶かしたものだ。
やはり体が温まる食べ物は、疲れを癒してくれる。
早々と食事を終えて、スティックコーヒーにお湯を注いでシェラカップで頂く。甘さは丁度良いんだけど、ミルクまで入っているんだよなぁ。これが一番売れてるらしいんだけど、ミルク抜きの物が欲しかった。
アベルさん達はブラックコーヒーらしい。苦いだけの飲み物をコーヒーと言うんだから問題だ。
「まるで痕跡がないな。見付けたと思ったら、その先を辿ると館跡に向かっていたようだ」
「館跡が起点ということになるんでしょうね。そうなると、館跡に地下世界との出入り口があることになるんですが、そっちはブリッツさん達が調べてくれているはずです」
「先ほどトランシーバーで定時連絡をしたが、アオイの言う通りだ。あちこち探しているみたいだったよ」
既に8割方偵察を終えている。早めに戻って合流した方が良さそうだ。
見通しの良くない森の中でも、GPSのおかげで現在地点はいつでも分かる。
そろそろ家形が見えて来る頃に、モモちゃんが俺達の足を止めた。
全員がその場に腰を下ろして周囲を伺う。どこから来るんだろう?
「あの大きな木の後ろに鹿がいるにゃ!」
「あの木だな……。居た居た。大きいな」
アベルさんと思わず顔を見合わせてしまった。
そんな話を途中でしてたのを、モモちゃんは忘れていなかったようだ。
「まったくしょうがない奴だ。1発で仕留めるんだぞ! それと……、ブリッツ殿に連絡しておくんだ。銃声を聞いて驚くだろうからな」
さてどうなるんだろう?
モモちゃんも一緒になって、3人で身を屈めて近付いて行ったようだ。
しばらくすると、ダーン! と甲高い銃声が辺りに響いてきた。
1発だけだ。残念そうな顔をして戻ってこないところを見ると、上手く狩れたということなんだろう。
やがて、木に縛り付けた鹿を2人が担いできた。
どうやら頭と臓物を取り去って血抜きまでしてきたらしい。
「ブリッツ殿から大目玉を食いそうだな……」
「敵を釣る餌だと言えば許してくれるかもしれませんよ。餌を焼いて出て来なければ、俺達がお腹の中に始末出来ます」
「ものは言い様って奴か! 確かにそれなら納得してくれるだろう」
大きな獲物を担いで家形に到着したのは、それから30分後だった。
屋形の中で大きな焚き火を作り、じっくりと鹿肉が炙られている。
誰の顔にも笑みが零れているのは、思いがけないご馳走ってことになるんだろうな。
皮を剥いで、塩と胡椒を肉に刷り込んでいたんだけど、肉汁と一緒に流れてしまわないんだろうか?
「すると、周囲には偵察していたデビル以外の痕跡は無かったんだな?」
「それ以外に靴跡がありましたが、それは売人達のものでしょう。トレッキングシューズではなく、革靴でした」
「館跡を隅々まで調べたんだが、あったのは野ネズミの巣穴ぐらいだ。そうなると……」
「やはり、家形の外の池が一番怪しくなりますね。白兵戦になったら、ナイフは使えませんよ」
「一応、バヨネットは用意している。これだが……」
ブリッツさんが取っりだしたナイフは、AK47用の正規なものではない。細身で肉厚、第二次隊私怨時代の代物に見える。少し異なるのは突き刺すだけでなく、刃もあるようだ。刀身だけでも40cmはあるんじゃないかな。
「十分でしょう。とはいえ接近戦に持ち込まれたら重傷間違いないですから、十分に注意してください」
「分かった。最後の手段として使えるなら、それで十分だ」
鹿肉が焼けたところで、肉を切り取って貰う。
一口食べて、故障と塩を肉に加える。やはりちょっと味が薄くなっている感じだ。
モモちゃんはそのまま美味しそうに食べているから、薄味でも十分なのだろう。
焚き火のパチパチという音に肉汁のはぜる音、俺達が口を動かす音だけがしばらく続いていく。
いくら食べても、肉が減らないように思えるのは気のせいだろうか?
「ほら焼けたぞ。もっと食べてくれ!」
そんな言葉と共にチタン製の皿に、焼き肉が乗せられていく。
もうお腹が一杯なんだけど、だいぶ残っているんだよなぁ。3割も減ってないんじゃないか?
「そろそろ腹一杯だぞ。残りはどうするんだ?」
「吊り下げて、燻製にすれば隊に持って帰れそうだ。もう食べないなら、そろそろ始めるぞ!」
丸太で三脚を作り、それに残った鹿肉を吊り下げて焚き火の傍に置いたんだが、遠火で焼肉を作る感じだな。あれで燻製になるんだろうか?
そんなことを考えていると、焚き火の勢いを少し弱めている。さすがにあの炎ではねぇ。
「やってくるとしたら、深夜になるんだろうな」
「向こうとしても、俺達がここにいたら邪魔になるでしょうし……」
志摩半島で遭遇したグレミー達も深夜にやってきた。日光を嫌うんだろうか? 大きな目を持っていたから、案外そんなところもあるのかもしれない。
モモちゃんは深夜からの交代ということで、俺とナリスさんがアベルさん達と一緒に焚き火を囲む。
眠気覚ましのコーヒーはありがたいんだが、もう少し薄く作って欲しいところだ。一口飲むたびに顔が横に向いてしまう。
哀れに思ったのか、ナリスさんが砂糖を入れてお湯尾注いでくれたから良かったものの、あのまま全部飲み干したらこひー嫌いになってしまうところだった。
気分転換に、タバコを咥えながら池を見に館跡を出る。
本来なら池のほとりに立つ豪華な館だったに違いない。大勢の貴族や裕福な商人達が馬車で宴会に訪れることもあっただろう。
今は昔……、栄枯盛衰はどこの国にもあったんだろうな。
いつの間にか、下弦の月がかを出したようだ。
朧な姿を寒々とした池に映している。
ふと視線に気が付いて振り返る。
館跡から漏れる焚き火の光が踊っているようにも見えた。
気のせいかな? 視線を戻そうとした時だった。崩れかけた2階の窓から少女が俺を見ている。
昨日見た女の子に違いない。
今日は月明かりがあるから少し良く見える。
絵本からぬか出した感じの姿だな。不思議の国のアリスがあんな衣装を着ていたんじゃないか? 気のせいか髪形も似た感じがする。
手招きすると、向こうも手を振ってくれた。
やはり保護した方が良さそうだ。館跡に戻って先ほどの窓の位置を確かめようとして、思わず声を上げるところだった。
窓の後ろに何もない。
だが、外から見た少女は、床に立っていた感じだったんだよなぁ。
再度外に出て窓を確かめると、すでに少女の姿は消えていた。首を捻りながら焚き火に戻ってくると、ナリスさんが問い掛けてきた。
「どうした? 異変でもあったのか」
「異変と言えるかどうか……。昨夜、少女を見たと話しましたよね。その少女があの窓に立っていたんです。手を振ったら、向こうも手を振ってくれました。保護しようとして館跡に入って、あの場所に床が無いと気が付いたんです」
「フム……。やはり幽霊と言うことになりそうだな。古い舘だ。幽霊が棲んでいても何ら不思議ではないぞ」
「幽霊って本当に居るんですか?」
アデルさんがちょっと怖そうな震える声で問い掛けてきた。
「魔族がいるぐらいだ。それに神も実在する。幽霊がいてもおかしくはあるまい。我等に害をなすことがないなら、放っておくしかあるまいな。害をなすようであれば騎士団の除霊担当を呼ぶことになる」
除霊担当がいるのは初めて知ったけど、エクソシストみたいな存在なんだろうか?
聖水と十字架で幽霊を相手にするなら、見たい気がしてくるんだよね。




