1-02 傭兵ギルドだって!
問題は村の入り口がどこにあるかだ。板塀でぐるりと囲まれているけど、生活の為にはどこかに門があるはずだ。
200mほど離れた場所を、板塀に沿って反時計周りに回り始めた。
東の角を過ぎ、北面になったところでようやく門を見付けた。見付けたのは良いのだが、問題も出てしまった。
門に2人の門番が立っていたのだ。それだけならいいのだが、驚いたことに門番の顔は人間では無かった。
どう見ても動物の顔だ。頭にピョンと短い耳が飛び出しているし、鼻筋が突き出た顔には口から伸びる短い牙が丸見えだ。まるで動物園で見たトラにそっくりだ。
あまりの驚きに思わずしりもちをついてしまったのは、許される範囲だろう。叫び声を上げようとしたけど、声は出なかったんだよな。
しりもちをついた時に小枝でも折ったのだろうか? 2人の門番が俺を睨んで、片手に持っていた槍を構えている。
いったい、ここはどこなんだ!
「待ってるにゃ。早く、村に入るにゃ!」
「え! あぁ、そうだね。村に来たんだよね」
モモちゃんの言葉で、少し混乱した頭が元に戻るのが分かる。
よく考えればモモちゃんがいるんだからな。似た連中がいてもおかしくは無いんだろう。だとすれば、俺が希少種になるんだろうか? モモちゃんよりも自分の事を心配した方が良さそうだ。
武器をしまっておいて良かった。武器を持たない者を、いきなり槍で刺す事はしないだろう。
立ち上がってお尻の土を払うと、モモちゃんと一緒に獣人の守る門に近付いた。
「止まれ。何者だ?」
さて、なんて答えようかと考えてると、モモちゃんが口を開いた。
「あっちから歩いて来たにゃ。途中でピョンピョン跳ねてる奴を狩って来たにゃ!」
「シュバルツボーエンを越えて来たのか? 全く無茶をする。だが、今夜は安心して眠れるだろう。肉屋は通りの4軒目で、宿はその反対側だ。ラビーが狩れるなら、ギルドに登録すればそれなりに食っていけるだろうな。ギルドは肉屋の先にある石壁の家だから直ぐに分かるぞ」
どう見ても、トラ顔の爺さんだ。顔に斜めの傷痕が2本走っている強面だけど、俺達に親切に接してくれる。
「ありがとう」と礼を言って村の中に足を踏み入れた。
門を入るとちょっとした広場があった。その広場の奥に石畳の通りがずっと続いている。かなり先にも門があるようだから、この村には門が南北にあるんだろう。
左の4軒目の肉屋は直ぐに分かったぞ。
小さなイノシシみたいな獣を軒先で解体している。解体しているおじさんはモモちゃんみたいな感じだけど、尻尾が犬だった。
門番さんはかなり顔が獣に近いけど、このおじさんはモモちゃんに近い気がする。色んな種類の人がいるんだろうな。その内少しずつ分かるだろう。
「こんちは。これを持って行くように言われたんですが……」
ラビーと呼んでいたけど、どう見ても耳の短いウサギにしか見えない。モモちゃんが内臓を抜き取っているから、あまり血も出ていないようだ。
「ん? ラビーだな。買い取るぞ。2匹で10Lだな」
そう言ってポケットから革の袋を取り出すと、穴の開いていない銅貨を1つモモちゃんに渡してくれた。
どんな貨幣価値か分からないけど、ラビー1匹は5Lと覚えておこう。
モモちゃんが渡してくれた硬貨を、俺の持っていた硬貨と比べてみたら、同じ物が10枚入っている。意外とお金持ちなんだろうか?
肉屋の向かい側が宿屋と言ってたな。肉屋の店先から後ろを向くと、酒のカップとベッドの看板が店先に出ている。分かり易い看板はありがたい。
今度は宿屋に向かう事にした。
少なくとも食べて寝る場所があれば何とかなりそうだ。
「こんにちは……」
「おや? お客だね。宿は開いてるよ。一泊に夕食と朝食が付いて30Lだけど」
カウンターには品の良さそうなおばさんがいた。この人は俺と同じ人間だな。
「1晩お願いします。お代は……」
試しに、革袋の中の銀貨を出してみた。
おばさんがカウンターの下から、銅貨を4枚カウンターに並べてくれる。やはり使えたようだ。
「お釣りだよ。これが部屋の鍵。2階の奥の左側になるよ。食事は、この鍵をテーブルに出せば、店員が持って行くからね」
「分かりました。夕方にまた来ます」
1階は食堂兼酒場って事なんだろう。酒は飲めないから、少し早めに食事を取って部屋に向かえば良い。
宿が分かったから、次はギルドだな。
たぶん狩りの依頼なんかが、壁に張り出されているんだろう。
こんな世界を舞台にしたRPGで遊んだ記憶がよみがえってきた。俺の住んでる世界にいつかは戻れるかも知れないから、モモちゃんとそれまでこの世界を楽しんでみるか。
RPGゲームはさんざんやったから、要領は分かってるつもりだ。近場でコツコツ依頼をこなして装備を整えるのが、ゲームスタートで必ず行う事だ。
この世界でも同じようにすれば良いんじゃないかな。
南に伸びる通りを歩いて行くと、確かに他と異なる石壁の建物があった。
看板に何か書かれているけど、俺には全く読めないぞ。日本語が通じるだけでもありがたいと思わなければ罰が当たりそうだ。
意を決して、ギルドの扉を開いた。
カウンターがあって2人のお姉さんがいるのは想像通りだが、反対側に暖炉といくつかのテーブルがあるだけで、どこにも依頼書が無い。
どちらかというと、酒場のような感じだな。俺はまだ行ったことが無いけどね。
「あら、ギルドは初めてかしら?」
「ええ、門番さんにラビーを2匹見せたら、ここを教えてくれました」
「と言う事は、ギルドの新規加入者と言う事ね。手続きをして依頼をこなせば収入を得られるわ。若い人たちがたくさん加入してくれるんだけど、廃業する人も多いの。少し人手が足りないから助かるわ」
最後に、「こっちにいらっしゃい」と手招きしている。
お姉さん達は1人が人間で、もう1人がモモちゃんと同じような耳と尻尾を持っている。あまりモモちゃんの姿を気にしなくても良さそうな感じだな。
カウンターに行くと、俺とモモちゃんの名前と年齢、それに所属等を聞いて来る。答えられない部分は、お姉さんが俺達をチラリと見ながら分厚いノートに書き込んでいる。
「はい、終わり。これが傭兵ギルドの所属カード。レベルはグレットで、ランクは一番下になるわ」
何だと! 大声を上げるところをどうにか抑えた。
カウンターに乗せられた銅版が2枚あるんだけど、傭兵ギルドとは思わなかったな。
だが、傭兵と言いながら薬草採取もあるのかも知れない。それならモモちゃんと2人でやっていけそうだ。
「すみません。今傭兵ギルドと聞こえたんですが、傭兵ってあれですよね」
「国王が動かすのが軍隊の兵隊さんで、依頼のあった用件を片付けるのが傭兵よ。さっきの話だと、門番が貴方達にここを教えたらしいけど、門番と何かあったんでしょう?」
「ラビーを2匹狩ったことを話したにゃ。ちゃんと弓で狩ったにゃ」
「それが原因ね。ラビーは近付くと逃げちゃうらしいわ。罠か弓を使って狩るのが一般的だけど、ラビーは小さいでしょう? 弓では中々当たらないらしいの」
使ったのがクロスボウだからな。弓より正確に目標を撃てる。
「傭兵ならその技能は役立つわ。街道を狙う盗賊や魔物は、いくら倒しても湧いて出てくるらしから、傭兵の仕事は引く手あまたなの」
「でも、たまたまですよ。まさか最初から護衛なんて事にはならないですよね」
いくらなんでも無謀な感じだ。命がいくつあっても足りなくなりそうだし、モモちゃんにそんな事はできそうもない。
「レベルが上がらないと、そんな依頼を出さないわ。先ずは森での狩りが中心になると思うけど、1つこなせば2晩位の宿代にはなるわよ」
どうやら断ることも問題がありそうだな。現在の懐事情を考えれば、ちょっとした狩りなら何とかなりそうだ。何といってもクロスボウは強力だ。
だけど、普通はハンターギルドになるんじゃなかったのか?
かなり問題がありそうな気もしないではないが、俺達の生活を維持するための選択肢はあまりなさそうだ。
「1つ教えてください。もう少し安全に報酬を得る手段はあるんでしょうか?」
「大きな町なら雑用ギルドもあるわよ。でも、どちらかというと町の奥さん達が副業感覚で行っているようね」
要するに、パートタイムのお仕事って事だろう。どこの世界にも似た物はあるんだな。やはりこの職業がベストと言う事になるんだろうか?
最初から危ない狩りは無いだろう。何といっても最下級らしいからな。
お姉さんも暇なんだろうか? 色々とギルドの事を教えてくれた。
レベルの区分けを動物や魔物の名前で行っているようで、グレットとはネズミの事らしい。
早いところ、このレベルを脱出しないとモモちゃんが可哀想だ。
そんなレベルの変更は、依頼した狩りの出来高で評価するらしい。どんな評価なのかちょっと気になる話だ。
傭兵は数人から10人程のパーティを作っているらしい。必要に応じてパーティが集まるから、大きな依頼事にも対応が出来ると教えてくれた。
「貴方達もいずれはどこかのパーティに入ることになるんでしょうね。その時は、貴方達に見合ったパーティを紹介してあげるわ」
「お願いします。でも、危険な依頼をこなすパーティは嫌ですよ」
俺の言葉に、隣のお姉さんも一緒になって笑っている。
そんなにおかしいのかな? この世界で暮らす上で一番考えなくちゃならないことは、俺達が安全に暮らす事なんだけどね。
「まぁ、人様々って事なんでしょうけど、武器は必要よ。無ければ森に入ったら直ぐに杖を作りなさい。依頼対象の獣だけが森にいるわけではないわ」
明日の朝早くギルドに顔を出しなさいと言われて、俺達は傭兵ギルドを後にする。
この村の武器屋は、通りを少し南に行った場所にあるらしい。カンカンと槌を打つ音が聞こえるから直ぐに分かると教えてくれた。
とりあえずは、ナイフとクロスボウを持ってるから、杖を作っておけば安心できそうだ。
モモちゃんも、あの小さなナイフでは身を守るのがどうにかだろう。弓を知っているなら、あの弓を持たせてみようかな?
夕食が終わったら少し相談してみよう。モモちゃんだって得意な武器もあるんだろうからね。