14-02 第二大隊の野営地へ
アーベルグ村に到着した時にはすっかり暗くなっていた。
宿に到着したところで、夕食を頂きゆっくりとベッドで横になった。
翌日は出発前に、雑貨屋でモモちゃんと買いものを楽しむ。タバコにワインを買い込むと、モモちゃんは魚の干物に駄菓子と飴玉を買っている。しばらくは軍隊内で暮らすことになりそうだからね。これは必要経費になるんじゃないかな。
広場に戻って、急いで馬車に乗り込む。
直ぐに馬車が出発した。今日はモスデール荒野を抜けてテレス村に向かうことになる。通常の荷車なら2日掛かる距離なんだが、荷物が無いから飛ばしていくんだろうな。
俺達の馬車は板バネもクッションも極上らしくあまり腰が痛くはならないけれど、幌馬車で後ろを付いてくる連中はちょっと気の毒に思える。
ガラガラと音を立てて疾走する馬車ならガトルも襲えないかもしれない。どちらかというと、たまに取る休憩時間の方が問題だ。そんな時には、俺達の周囲を10人の屈強なトラ族の兵士が巡回している。
「アオイ達はこの地で、リーガンやリーデルを相手にしている。ガトルのみということは無いぞ!」
お茶を飲む前に、コーデリアさんが部下の兵士に檄を飛ばしている。
でも、あれはのんびりと荷馬車が列を作っているような時だ。これだけ飛ばしてるんだから向こうだって諦めるんじゃないかな。
テレスの村に無事に到着したのは、日暮前だった。その事実にちょっと驚いてしまったけど、確かに飛ばしてきたからね。
副官の後に付いて、宿の食堂に向かう。まだ食事には早いようだから、俺達はお茶を飲む。護衛の兵士達はワインを飲んでいるようだ。少し離れたテーブルから楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
「明日は、歩くことになるが、夕暮れ前には第二大隊の野営地に到着するだろう。出発は朝食を終えてからだが、あまり早く起きる必要はない。少し雑貨屋で物を買い込む予定だ」
一応、第二大隊とは異なる部隊だから遠慮があるんだろうか? それともお土産のワインでも買い込むのかな?
「モモ達も食べ物を買っといたにゃ」
「それは、予備にすれば良い。アオイ達は我等の客人だ。食事を含めて世話は私の部下に任せておけ」
モモちゃんが俺の顔を見たので小さく頷いた。モモちゃんも頷いてくれたから、納得してくれたんだろうな。
食事が終わると、用意された部屋に向かった。明日は適当に雑木を切って杖を作った方が良さそうだな。
翌日は、良く晴れた空だ。ベルク村から100km以上離れているから、雪雲もこの辺りまでは来ないのかもしれないな。
用意された食事を食べていると、食堂の娘さんがお弁当を2つずつ包んでテーブルに置いて回っている。
夕暮れ前には第二大隊に合流するとのことだけど、急に現れたら、向こうだって夕食の準備ができていないということだろう。
モモちゃんの分まで俺のバッグに入れると、モモちゃんの支度を確認しながらお茶を頂く。
「マントがあるから温かいにゃ!」
「暑くなったら渡してくれればいい。手に持ってると邪魔だからね」
曲がった短剣のケースにベルト通しが付いていたので、今ではベルトにしっかりと通しているから落とすことは無い。孫の手の握り部に空いた穴に組紐を通して、その先をベルトに結わえてあげる。組紐はヒルダさんに貰ったものだ。しっかりしたものだから振り回しても飛んでいくことは無いだろう。
モモちゃんにとっての魔導士の杖だからな。ヒルダさんより威力のある魔法が使えるのはこの孫の手のおかげかもしれない。
モモちゃんの準備ができたところで、長剣を背中に背負う。マントを羽織ってトマホークをベルトに差し込んだ。俺のクロスボウやモモちゃんの弓矢は魔法の袋にしまってある。外に出しておくと嵩張ってしまうからな。
雪山用の川の帽子をかぶれば準備完了だ。モモちゃんを連れて宿を出ると南の広場に向かって通りを歩きだした。
南門の広場には、兵士達が集まって広場の片隅に作った焚き火で体を温めている。
俺がやって来たのに気が付いた副官が焚き火に向かうと、コーデリアさんが兵士の間から抜け出して俺達に片手を上げる。
ゆっくり食事をしてから来いと言ってたけど、やはり俺達が最後みたいだな。
「出掛けるぞ。門を出て直ぐに西に向かう。耕作地が広がっているが、今の季節では作物は無いようだ」
「遅くなりました。俺達はいつでもいいですよ」
こうデリアさんの指示で副官が出発準備の声を上げる。
焚き火に水を差して、兵士達が直ぐに整列した。
3人のネコ族が先頭だな。そのすぐ後ろを俺達とコーデリアさんが歩き、トラ族の兵士が5人ずつ左右に縦列を作る。殿はコーデリアさんの副官が位置して、その前方に2人の魔導士のお姉さんが歩くようだ。
「出発!」
力強くコーデリアさんの声が広場にこだますると、列を乱さずに兵士達が歩き始めた。
これは、少し調子が狂うな。いつもなら適当に歩いてたんだけどね。モモちゃんは歩調を合わせようと頑張ってるけど、たぶん直ぐにあきらめるんじゃないかな。何といっても歩幅が違い過ぎる。
周囲を気にせずにいつもの調子で歩き始めたのは、それほど間がない時間だ。
最初の休憩を取ったのは耕作地を過ぎたところだった。周囲に見え始めた灌木の枝を適当にトマホークで切り取って、モモちゃんと俺の杖を作る。
これからは荒地だから、杖はあった方が良いし、いざとなれば武器としても使えるからね。
いつも杖代わりに使っている短槍を、家に置いてきてしまったのが残念だ。
「遠くにピョンピョンがいるにゃ。怖いのはいないにゃ」
「ほう、先行のネコ族の娘達はかなり緊張しているが?」
「覗いてるのもいないの?」
「いないにゃ。でも、お兄ちゃんが弓を使うなら、今夜は焼き肉にゃ」
近くにラビーがいるようだな。昼食時の休憩に狩をしてみるか。
「あの連中はラビーの気配に緊張しているのか? 確かに何かの存在を感じているのだろうな」
「昼食時に周囲で狩をするぐらいはかまいませんよね。モモちゃんの話からするとかなりの数のラビーがいるようですよ」
「簡単に言ってくれる。昼間のラビーは中々狩れるものではない。100D(30m)程度には近づけようが、それ距離でラビーを射るのは至難だぞ」
あまり信用していないようだ。普通の弓ではそうだろうが、俺の使うのはクロスボウだからね。
昼食時に、周囲を歩き回りながらラビーを狩る。数匹を持ち帰ったら、皆が驚いていたな。
「長剣だけを使うわけでは無いようだな。ありがたく、夕食に使わせてもらうぞ」
唖然とした表情で、こうーデリアさんがラビーを受け取ると魔導士のお姉さんに手渡していたから、食事の用意はお姉さん達の仕事になるんだろう。
再び西に向かって歩きだす。イデル川の岸辺に出たが、丸太を数本並べた橋が架かっていた。橋の場所が分かるように、竿を立てて布がはためいている。
たぶん、その竿を目指して途中からは歩いていたんだろう。川幅が広く川床が見えるぐらいの場所だから橋を架けるのはそれほど難しくないのかもしれないな。
川を越えてしばらく歩くと、遠くに煙りが見える。
魔族は肉食でも生食が基本らしいから、あまり焚き火を作ることが無いようだ。となれば幾筋か上る焚き火の煙りが第二大隊の野営地なんだろう。
「見えてきたな。アオイの告げた通りの編成だ。これをどう使う?」
「士気と練度が問題でしょうね。それが分からねば何とも言えません」
俺の答えが面白いのか、大声で笑い出したから両脇を進むトラ族の男達が俺達を見ている。そんなにおかしな答えじゃないと思うんだけどね。
「アオイの言う通りだ。とはいえ、兵士を揃えればそれなりに使えると考える者達がいることも確かだ。自らが戦場に出ない者には言わせておけば良いのだが……」
笑い過ぎて涙目になっているけど、語尾を濁らせたのは何かあるんだろうな。
それなりの結果を示せと言うことなんだろうか? 直ぐには戦が始まらないだろうから、少し様子を見るしかなさそうだ。
野営地の大型テントがはっきりと見えてくると、コーデリアさんが先頭を進むネコ族のお姉さんに先ぶれを指示する。
直ぐに、1人が野営地に向かって駆けて行った。
距離は2kmも離れていないから、このまま進んでも良さそうだけどね。
野営地まで500mほどに近づくと、大勢の兵士や騎士がずらりと並んでいるのが分かる。ちょっと怖い感じもするほどだから、モモちゃんは俺のマントの中に隠れてしまったぞ。
「そう怖がることもあるまい。アオイの進言で出来たような部隊だ。志願者も多く、それなりの腕を持っている者ばかりだから」
「はぁ……。それにしても大勢ですね」
「我が軍の編成は知っておるな。一個中隊170人が4つ。副官や伝令に食事係りもいるからな。全部で700人を超えるだろう」
目の前だけで200人は越えている。この部隊で敵軍の背後を襲わねばならない。今までの話を聞いた限りでは、攻撃よりも防衛に主眼を置いた戦のようだったから、背後とはいえ攻撃を行うのは久しぶりになるのかな?
前の第二大隊も一応攻撃をしてるけど、そもそも部隊編成が防衛主体だから攻撃を行うには無理がある。今回は攻撃もできることを前提にしているから、少しはマシな戦ができれば良いのだが。




