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1-01 モモちゃんと一緒


 家を出る前にもう一度服装を確かめる。

 一泊2日のサバイバルゲームを今日の昼から始めるのだ。隣町のパーティから挑まれた以上、俺達のパーティとしては受けねばなるまい。

 ジーンズに綿のミリタリーシャツだけど、上にスタジャンを羽織れば迷彩柄でも問題は無いだろう。

 開催場所は電車で3駅のキャンプ場だから、他の人の目がどうしても気になる。

 ザックには迷彩ジャケットの上下にジャングルブーツも入っているから、向こうで着替えれば良い。

 友人の中には最初から着てくる奴もいるけど、ちょっと俺にはそんな勇気が無いな。

 サバイバルゲームは汚れるのが当たり前だから、一応着替えも用意してある。


 ザックの上にスリングで固定したケースには、自動小銃が分解された状態で納まってるし、簡単な修理工具と食器類も入っている。食料は4食分だが、明日1日遊ぶだけだから十分に違いない。

 水筒にたっぷりと水を入れといたから、途中で自動販売機のお世話になることも無い。

 財布は持ったし……、後は帽子だな。これもザックの中に押し込んでおく。

 

 部屋を出て、2階から階段を下りようとした時だ。急に頭に何かが落ちてきたので、階段を踏み外してしまった。

 思わず頭を上げると、体を丸めてショックに備える。

 変な趣味を持ったおかげで、こんな時にとっさの行動が出来ることに感心したが、急に視界が暗くなってきた。

 それに、いつまでたっても階段にぶつかる感じがしない。背中から落ちる感じだけがやけに長く感じられる……。


 ドン! と音がした感じだ。

 だけど……、階段に体を打ちつけたと言うよりも、受け身を取り損なって背中から地面に落とされた感じだな。

 真っ暗だった視界が少しずつ晴れて来たんだが……。


 知らない天井だ……。というよりも天井が無く、青空が広がっている。

 身体を起こして周囲を見ると、どうやら山の斜面の草むらの中に落ちたようだ。

 ずっと下の方に村が見えるが、煙で霞んでいるようだ。何かのイベントでもやってるのだろうか? 手前は深い森だが、村までの距離がそれほどあるとも思えない。


 とりあえず立ち上がって、体を叩いて土を落そうとした時だ。俺の着ていた物が違っているのに気が付いた。

 革の上下に変わっているし、足は靴下だけのはずだったが、頑丈そうな革のブーツを履いていた。

 近くにザックが落ちてたけど、ザックの上にあったのは見なれない代物だ。いや、見たことはあるが、俺の物ではないんじゃないか?


 取り上げて良く眺めると、滑車の付いたコンパウンドクロスボウという奴だな。かなり強力とは聞いているんだけどね。

 クロスボウで撃ち出すのは矢では無くてボルトというらしい。俺にはどちらも同じように見えるんだが、友人が力説してたから、これはボルトと言う事にしよう。

 どう見ても、少し太くて短い矢なんだけどな。

ボルトはケースに10本程収まっている。ケースに付いたカラビナでベルトに吊るしておくんだろう。

 それを退けると、パンパンに膨らんでいたザックが小さくなっている。

 中身も変わってるんだろうか? そう思ってザックを起こしたら、ザックの下に、子猫のモモちゃんがひっくり返っていた。


 子猫なのに、お腹を出して大の字になってるぞ。

 目を回してるんだろうか? くすぐってみるとイヤイヤをするから、そんな感じだ。


 階段を踏み外した原因はモモちゃんだったらしい。『連れてけ!』って後ろから飛びついてきたんだろうけど、変なところに来てしまったな。


 モモちゃんを寝かせといて、ザックの中を見ると、俺の迷彩ジャケットの上下が無いし、ジャングルブーツも入っていなかった。

 折り畳まれた小さな弓と矢筒が入っているけど、こんなの俺の部屋にあったかな?

 グリップの上下に弓を立てると弦がピンと張ったけど、引いてみた感触では、オモチャみたいだ。グイグイと簡単に引ける。矢をつがえて引いてみたが、これだと30mも飛ばないんじゃないか?

 矢にヤジリが付いているが、これだと吸盤が付いていても良さそうな感じだ。

 とりあえず、脇に置いといて他の品物を調べてみる。

 食料はあるし、ちょっとした修理に使えるマルチプライヤーと小道具を入れたタックルボックスはそのままだ。着替えに包んだサバイバルナイフ、それに食器類は無事なようだ。皮手袋と軍手もある。

 財布を探すと、上着のポケットに何やら入っている。

 小さな革の袋だ。中には50円玉位の銀貨が3枚と500円玉位の銅貨が10枚入っているけど、これって、おもちゃじゃないのかな?

 見たことも無い模様が入ってるし、銀貨は重量感もある。記念にはなりそうだけどね。

 ちょっと困ったことになりそうだが、交番ぐらいはあるだろう。訳を話して家に電話をすれば良い事だ。


 さて、どうしようかと悩んでいると、もぞもぞとモモちゃんが動き出した。

 一緒に連れて行かないとな。俺のたった1人のガールフレンドだ。

抱き上げようとした時に、急に眩しい光がモモちゃんの身体から出てくる。モモちゃんの重さが半端じゃない。手を放して目を瞑ってしまった。

 やがて、光が収まり目を開くと、俺の前にいたのは小柄な女の子だった。


「え~と、誰?」

「モモにゃ。ヒラサカ・モモにゃ!」


 俺を見上げて力説してるけど……。

 比良坂っていうのは俺の苗字だし。モモと言えばいつも一緒の子猫の名前だ。

「モモちゃんなのか?」

「そうにゃ。モモにゃ。これでいつも、お兄ちゃんと一緒にゃ!」


 嬉しそうに話してくれるけど、モモちゃんは友人宅からネコ缶12個を親猫にあげて貰ってきた子猫だぞ。貰って来たのが3月だったからモモと名を付けたんだけどね。

 でも貰って来てから、まだ3か月しか経っていない。生後半年のはずだが、目の前にいる女の子はどう見ても12歳前後に見える。

 それに一番大事な事だが、女の子の頭には猫耳がぴょこんと出てるし、長い尻尾がユラユラと動いていることだ。

 耳と尻尾の色は、グレーで先がちょっと黒いから、モモちゃんと同じなんだよな。

 辺りを見渡しても子猫のモモちゃんが消えているし、この辺りは雑草もそれ程無いから逃げたとしても分かるはずだ。


 やはり、この子がモモちゃんなんだろうな。

 俺の事をお兄ちゃんと言ったから、ちょっと年下の妹が出来た感じで嬉しくなる。3兄弟の一番下だから、いつも兄貴達の言いなりで育ってきたようなものだ。


 だけど……。下に見える村に行った時、この姿はいくらなんでも不味いだろう。

 どう見てもネコ娘だし、ネコ娘と言ったら妖怪だ。母さんに訳を話して一緒に暮らすことは出来そうだけど、それまで正体をどうやって隠すかが問題だ。

 

 とりあえず俺の帽子を被せてみた。上手い具合に耳が隠れる。尻尾はお腹にクルリと丸めておけば幼児体形だからそれ程目立たない。

 モモちゃんの着てる服は綿の上下だ。その上に丈の長い革のベストを着て、前を合わせて幅広のベルトで閉じている。綿パンを、俺と同じような作りのブーツの中に入れているけど、2足歩行ができるのかな?

 物騒な事にナイフをケースごとベルトに挟んでいる。俺のサバイバルナイフと同じ位に見えるから刀身は30cm程なんだろう。だが、ナイフにしてはだいぶ曲っている。まるで鎌のような形にも見える。

 ナイフもこの子にとっては大事なものなんだろうが、目立ちすぎるから革のベストの中にしまいこませた。

 

 さて、そろそろ出掛けるか。

 ザックを担いで気が付いた。この荒地の下は深い森だった。これだけ辺ぴな場所だから、野犬が出てもおかしくない。

 群れで来られると厄介な存在だと、トレッキング部の連中が言ってたから、彼等も出会ったことがあるのだろう。

 ザックからサバイバルナイフを取り出そうとして、少し形が変わっていることに気が付いた。

 確か刀身は30cmのはずだが、取り出したナイフの刀身は40cmを超えている。

 ケースから引き出して、更に驚いた。刀身のダマスカス紋様は初めて見る。それに両刃だったが刀身が片刃になっている。

 前のサバイバルナイフも禁制品だったが、このナイフは間違いなく銃刀法違反に違いない。

 これを持って交番に行くのはちょっとまずい事になりそうだ。森を出たら早めにザックの中に隠しておこう。このクロスボウも同じようにすれば良い。うまい具合に組み立て式のようだ。


 サバイバルナイフを腰のベルトに差し込んでザックを背負うと、ずっと俺の行動を見ていたモモちゃんに声を掛けた。


「下の村に行こうと思うんだ。俺の家で一緒に暮らそう」

「今までも暮らしてたにゃ。でも、こんなに遠くまで来たのは初めてにゃ」


 モモちゃんと手を繋いでゆっくりと荒地を下っていく。

 モモちゃんの足取りは、思ったよりもしっかりしているから転ぶことも無い。

 村が視界から消える前に、多機能腕時計で方向を確認しておく。南南西だから、深い森の中でも、南南西に進路を取っていれば大丈夫なはずだ。


「何かいるにゃ!」

 モモちゃんが腕を伸ばした先には、ウサギのような獣が跳ねていた。たぶんウサギに違いない。上手く狩れれば、村人に譲って便宜を図って貰えるかも知れないな。


 背中に担いでいたクロスボウを下すと足を使って弦を張る。ボルトを滑空台にセットして、小さな照準器で狙いを定めた。

 ビュン! と弦の音がすると同時に、モモちゃんが走り出した。

 ちょっとあちこち探してたけど、どうやら見付けたようだ。ボルトの刺さった獲物を高く上げて教えてくれた。

 俺のところに獲物を持ってくると、お腹に隠したナイフを取り出した。

 鎌のような刃先で獲物のお腹を切裂くと、内臓を取り出して俺に渡してくれたのだが……。さて、どうしよう?


 ザックの中にあった見なれない革袋に詰め込んで先を急ぐ。

 それでも、森に着く前にもう1匹し止めることになってしまった。村人との交渉なら、2匹もあれば十分だろう。ウサギの肉はシチューにすると美味しいと聞いたこともある。


 森の手前で昼食を取る。モモちゃんは俺と同じ物が食べられるだろうか?

 携帯食料は4食分持ってきてるから、1つを封を切ってモモちゃんに渡すと、美味しそうに食べている。どうやら人間と同じ物が食べられるらしい。

 携帯食料はビスケットのようなタイプだから、意外と喉が渇く。シェラカップに水筒の水を入れて渡すと、ゴクゴクと飲んでいる。

 

 問題はこの森だな。かなり深そうに思える。

 食事が終わったところで、2人で森の中に足を踏み入れた。

 森は鬱蒼と木々が茂っている。少し暗い感じがするし、気温も下がったように思える。

 10分ほど歩いては方向を確認するが、中々森を出ることが出来ないようだ。


 フクロウが鳴いたり、鹿に似た獣が藪を揺らす音がするたびに、モモちゃんがビクリ! と体を固くするのが分かる。

 臆病なのは良い事だと思う。だけど獲物の解体なんかどこで覚えたんだろう?


 やがて、前方が明るくなってきた。どうやら森を抜け出ることが出来たらしい。

 森を抜けたところで、サバイバルナイフをザックの奥に隠し、クロスボウを解体した。ボルトケースと一緒にザックに詰め込んでいると、まだ何かザックに入っている。タオルでグルグル巻きにされた中身を開けると、ボルトの予備が入っていた。

 

 水筒の水をモモちゃんと一緒に飲んだところで、方向を確認して村へと歩き出す。隣を歩くモモちゃんも、耳と尻尾を隠せば普通の女の子だな。髪が銀色なのは仕方がないけどね。


 村までもう少しというところで、かなり変わった村だと気が付いた。

 一旦、歩みを止めて良く観察すると、確かに色々と気になるところがある。

 村全体を板塀で囲っているし、屋根は光沢がある板ぶきだ。小さなガラス窓は木枠で作られている。それに電柱が1本も無いし、テレビのアンテナさえどの家にも無いようだ。

 何カ所かの家の煙突から煙が上がっているのは暖炉でもあるのだろうか? 季節は初夏手前のはずだから、暖房用では無さそうだけどね。


 まあ、とりあえず行ってみよう。

 ここで連絡が付かなくとも、ふもとには町があるだろう。そこまでの道を教えて貰えば良い。



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