婚約破棄2 完璧公爵令嬢
第二話は公爵令嬢です。
「リリノア・フォルスターゼ! お前との婚約は破棄させてもらう!」
国中の貴族が集まる大舞踏会の最中、婚約者である第二王子のガルス様に突如そう宣言されたわたくしは……、歓喜に胸が打ち震えるのを抑えることが出来ませんでした。
フォルスターゼ公爵家の娘として生を受けたわたくしは、将来はこの国の王妃となることを定められていることを早くから承知しておりました。
その為の教育も物心つく前より開始されていたのです。
他者より高い地位に生まれついた者の義務として、己の使命は須らく果たすべきである、それは何の疑問にも感じませんでした。
そしてその責務を分け合う相手は将来王座に就くことになるお方、それは現王の二人いらっしゃる王子のどちらかだ、と教えられました。
第一王子で側妃の御子息、二歳年上のアルフォンス様。
第二王子で正妃の御子息、同い年のガルス様。
お幼き日にお二方のことを知ってからずっと、わたくしの将来の旦那様候補はどんな方達でいらっしゃるのか……、早くお会いしてみたい、そうずっと思っておりました。
そして、その日はとうとうやってきたのです。
周囲の大人達に囲まれた中、並んで立つお二人の前に立ったわたくし。
挨拶の言葉が震えてしまわないか、浮かべた笑顔が引きつってはいないか、心配でたまりませんでした。
それに返す、アルフォンス様の優しい微笑み。
堂々とした佇まいのガルス様。
どちらの妃になるのか、この時はまだわかりませんでしたが、わたくしは雰囲気はだいぶ異なりますがどちらも立派な方達なのですから、どちらと縁を結ぶことになってもきっとお互いの重責を労わり励ましあいながらこの国の為に尽くしていけるでしょう、とそう思ったのです。
簡単にそう思ってしまったわたくしが、まだ未熟だったのです。
初の対面の後、わたくしは親交を深める為、また王族としての礼節や政務を覚える為、定期的に城へ通うこととなりました。
わたくしは自らの立場に恥じぬよう懸命にそれらに励みました。
そんな中、ガルス様からかけられた、あの言葉。今でも忘れることはできません。
「よかったな。俺と結婚できるおかげで、お前はこの国王妃だ。せいぜい俺に感謝するんだな」
咄嗟にわたくしは返答を返すことはできませんでした。
この方は何を仰っていらっしゃるのか。
わたくしがこの国の王妃になるのは、既に定められたこと。
確かに王子殿下との婚姻によるものではありますが、そのお相手はガルス様とはまだ決まってはいないはず。
それに、そう仰られた時のガルス様のその態度、こちらを見下すその視線……。とてもではありませんが、敬意を抱けるものではありませんでした。
わたくしは父のフォルスターゼ公爵に訴えました。
もちろん、ガルス様の不遜な言動を、ではありません。
わたくしの未来の旦那様がまだ決まってはいないはずであることを。
しかし、その淡い期待は打ち砕かれました。
名目ではお二人のどちらか、という形にしてあったものの、実質はガルス様に決定してあるのだと。
アルフォンス様は第一王子ではいらっしゃれても、生母は身分の低い生家出身の側妃の身の上。また、本人が才気に溢れる方であればまた違ったかもしれないが、平々凡々たるもので、とてもガルス様の堂々たる正統なる血筋には敵わない、と。
もしガルス様が何か取り返しのつかないような事をしでかすか、自らその立場を放棄する、つまりは婚姻の解除を申し出るかがなければ、わたくしとガルス様の結婚はまず揺らぐことはないのだと。
そう教えられたのでした。
わたくしは呆然とその事実を知ったのです。
仄かに痛む、胸の疼きとともに。
ガルス様のわたくしへの態度に失望を覚えていたこともありますが、アルフォンス様の優しさに惹かれはじめていたのです。
アルフォンス様は城で顔をあわせるたび、いつも優しい笑みを浮かべ、「リリノアは本当にいつも頑張っているね」と、そっと頭をなでてくれたのです。
きっとこうなるまで気がつかなかっただけで、いつしかわたくしはアルフォンス様をお慕いするようになっていたのです。
しかし、それを望むのはわたくしのわがままでしかありません。
ガルス様が王位を放棄する、そんな可能性はほぼないと言えるでしょう。
そしてわたくしは、相手がどなたであっても王妃になることを宿命づけられている……。
それからのわたくしは、ただひたすら国の為、国民の為、非の打ちどころのない王妃となる為邁進してきたのです。
ただほんの少し、まれに顔をあわせた時アルフォンス様より「よくやっている」と褒めて頂けることを密かに期待しつつ、その言葉とアルフォンス様の笑みを心の糧にしつつ……。
それにしても……。
年々ガルス様のわたくしへの態度は悪化していったように思えますが、まさかこんな身に覚えもない糾弾を受けることになるとは。
その内容は、盗み? ドレスの破損? 階段から突き落とし?
そんな下劣で下賤なことをこのわたくしが?
そもそも被害者とされているガルス様の後ろの男爵令嬢はその訴えに同意されていらっしゃれないようなのに?
ガルス様が繰り出す内容にただひたすら苛立ちを覚えます。
ガルス様は完全に頭に血がのぼっているようでいらっしゃいます。
この方のどこが、王に相応しいというのでしょうか。
いつも穏やかでいらっしゃる懐の広いアルフォンス様の方がよほどその立場に相応しい。
しかし言質は頂きました。
そもそもこんな公の場で婚約破棄宣言などすること自体あり得ませんが、この場にいらっしゃる方達すべてが証人です。
ですが浮かれるのはまだ先です。
わたくしは視線を動かし、アルフォンス様がこちらを見ていらっしゃるのを確認致しました。
こんな濡れ衣、放置したままではいられません。
アルフォンス様に、本当にそのようなことをしでかす女だと思われたら、どうしてくれるのですか。
幸い、ガルス様の仰られていることは穴だらけの糾弾です。
わたくしは冷静にその穴をつき、自らの潔癖を証明してみせました。
わたくしの論に、ガルス様は悔しそうに黙り込みました。
反論する内容が思いつかないのでしょう。
けれどご安心下さい。
あなたはあなたのお嫌いな女と結婚されなくてもよろしいのです。
きっと、王位もあなたにとっては重すぎた枷だったのでしょう。
それからも解放され、どうかご自由に。
わたくしは婚約の破棄を受け入れることを了承致します。
わたくしの婚約破棄同意の言葉に、ガルス様やその後ろにいらっしゃる男爵令嬢は驚いたような顔をされました。周囲のざわめきもやむことはありません。
が、わたくしはそれどころではないのです。
これから今までで一番の大勝負が待っているのですから。
わたくしは高鳴る鼓動に足元がふらつかないよう気をつけながら、アルフォンス様へと歩み寄りました。
そして、すうっと息を吸うと両手を組んでアルフォンス様を見上げて、ずっと言いたかったその言葉を口にしました。
「アルフォンス様! どうぞ、このリリノアを妻に迎えて下さいませ!」
アルフォンス様の驚いたような顔に挫けそうになりながらも言葉を続けます。
「大丈夫ですわ! アルフォンス様はどうぞわたくしの夫として見守っていて下さればそれだけでいいのです! 内政も、外交も、すべてをお任せください。決して後悔などさせません。貴方を誰よりも幸せにすると誓います。誰に害させることもないようお守り致します。ですから、どうぞわたくしの手をとって下さいませ……!」
わたくしの必死のお願いに、アルフォンス様は諾の返答を下さいました。
わたくしは天にも昇るような心地になりました。
半ば諦めていたことが現実のものに。
わたくしの言葉に二言はありません。
アルフォンス様は王に相応しくないなど、世迷いごとです。
確かにお優しすぎるアルフォンス様は乱世の王には向かないでしょう。
ですが、自身の立場に甘えずよく学び、人の意見を軽視せず取り入れ、穏やかに周囲の者に対応するその姿は立派な治世の王そのものです。
アルフォンス様の道行きが穏やかなものであるよう、わたくしが全力を尽くします。
アルフォンス様という一番の至宝を頂けるのですもの。わたくしは身命を賭して、この国・この国民の為に誠心誠意尽くしましょう。
きっと、それがアルフォンス様の幸せにも繋がると、そう思うから……。
だから、アルフォンス様。
たまに……、本当にたまにでかまいませんけれど……。
ご褒美に、たまにはよく頑張っているねと、昔のようにわたくしの頭を撫でてくださいませね……?
第三話は第二王子です。今しばらくお待ちください。