婚約破棄1 第一王子
第一話は第一王子。今しばらくお付き合い願います。
「リリノア・フォルスターゼ! お前との婚約は破棄させてもらう!」
突然響き渡ったその声に、僕は危うく口に含んでいた飲み物を噴き出すところだった。
あ、危なー……。
しかし一体何? 何事なの?
僕は声がした方を見た。
そこにはよく見知った相手の姿があった。
時は貴族間の交流を兼ねた舞踏会の真っ最中。
しかも今回は年にたった一度の大掛かりな大舞踏会。
つまりは現在王家・公侯伯子爵男の爵位を持つ貴族・その子弟勢揃いなのだ。
であるのにもう。
ただでさえ言動には気をつけねばならない日なのに、あの子は何をやってるのか。
様子を伺う僕と同じような人に輪に囲まれた中心にあるのは、先ほど名を呼ばれたフォルスターゼ公爵令嬢・リリノア・フォルスターゼ。それに相対しているのが我弟・第二王子のガルス・スファール。
第二王子って言ったって、あの子は正妃の子で僕は側妃の子。
ファルスターゼ公の後見を受けて時期王になるのはあの子なんだけどさ。
後は、……んー? ガルスの後ろにいる娘は見たことないなあ。誰なんだろう?
そう思いながらはてはてと様子を見守っていると、何やらガルスがリリノアにいちゃもんをつけているようなのである。
その内容は……。
ええー? リリノアが盗み? ドレスの破損? え!? 階段から突き落とした? あの娘を?
ガルスが繰り出す内容にただひたすら驚いた。
見れば、ガルスは完全に頭に血がのぼっているようである。
んもー、あの子ってば。王になるならあの怒りんぼの癖は直さなきゃって言われてるのになあ、仕方がないな本当。
対するリリノアは、冷静沈着・落ち着きあるその姿たるや女帝のような風格すらある。
さっすがー。
こりゃ完全に弟の貫禄負けだなあ、とのんびりと思う。
ふと視線を横にずらすと、ガルスの後ろの小動物のような娘はおろおろしたり、プルプル横に首を振ったりしている。
目の端にはうっすらと涙も滲んでいるように見えるんだけど。
ガルス、君……、この状況、あの娘にさえ同意を得ていないんじゃないのかい……。
そもそもこんな公の場で婚約破棄宣言などすること自体あり得ない。
ガルスがリリノアにつけている因縁にしてもそうだ。
あのリリノアがちまちまと嫌がらせをしたり、人命を奪うかもしれないような暴挙に出るなんて考えられないよ。
だってあの、「パーフェクト・リリノア」なんだよ?
王家に次ぐ地位のフォルスターゼ公爵家の血統・その豪奢な美貌・澄み渡った知性・淑女として完璧な礼儀作法を身につけ、文句のつけようのない交渉術……。
将来申し分のない王妃・国母になるであろうと断言される彼女についた二つ名が、パーフェクト・リリノア……。
完璧なんてすごいよね、本当。
ちなみに第一王子の僕、アルフォンス・スファールにつけられた二つ名は、人畜無害王子……。
すごい差だよね……、っていうかひどくない? 人畜無害って。まあ有害王子よりはいいけどさ。
後はいるかいないかわかんない空気、とかその辺にいそうな平民顔、とか、オール平均値、とか……あれ、思い返すとずいぶんな言われよう……。
あれ? 僕王子で間違いないよね?
お父様と血、繋がってるよね……、あ、大丈夫。お父様のお父様の弟にこんな顔したのがいた気がする……、うん、オーケーオーケー。王家であるからオーケー、なんちて、ぷぷ。
あや、やばいやばい。別の方向に意識がつい……。
ええと、状況は、と。
おお、さすがパーフェクト・リリノア!
見事な理路整然とした筋道立てた展開で、ガルスのいちゃもん論破してる。
小動物少女もうんうんと力強く頷いてるね、良かったね、名も知らない君!
しかし、ガルス……、君、一体何がしたかったの。
相手を巻き込むのは最低相手の同意を得てからしようねって常々言ってるのに。
まあここ最近は目もあわせてくれなくなってるけどさ。
話もロクに聞いてくれなくなってきちゃって寂しく思ってたけど、ここは兄としてしっかり導いてあげる必要あるよね、うん。
まあここ最近は話しかけても返事もなかなかしてくれなくなってるけどさ。
……あれ、本気で僕のこと空気過ぎて目にも耳にも入らないってことは……、ないよね?
うん、ないないさー。
なくないさだったらお兄ちゃん泣いちゃう。
と、あれ、また変な風に思考しているうちに、何かおかしな方向に……。
え、リリノア、婚約破棄認めちゃうの?
自分の非がないことが証明できればそれでいいって?
え、ってゆーか。
ガルスの王位継承は『フォルスターゼ公の息女であるリリノアを妃として迎えること』前提なんだけど。
あれ、ガルスもリリノアも、当然知ってるよね?
だから第一王子だけど存在感が薄くて母の血統が劣る僕じゃなくて、第二王子だけど正妃の息子で能力も上回るガルスに婚約の話がいったんだけど……。
え、何でそんな驚いた顔してんの?
え、常識だよね、この事実。
父が王子だった頃、後継者争いがもとで国が荒れた時期があってその際それを平定してくれたのが王家に次ぐ力を持つフォルスターゼ公爵家で。その見返りの一つが王家とファルスターゼの婚姻で。でもその際両家には釣り合う年齢の子がいなくってって話で。
ぶっちゃけ父王が王位を継ぐ条件ってのが、その子供とフォルスターゼ公の子の婚姻により両家の結束を更に強くし国の安定を維持しようって。んで、フォルスターゼ公には息子もいるけど、現王の子は娘はいないから、ガルスとリリノアが婚姻を結ぶって……あれ、なんでリリノアこっちくんの?
え、なんでそんなキラキラした瞳で僕を見てるの?
え?
え?
ええ?
「アルフォンス様! どうぞ、このリリノアを妻に迎えて下さいませ!」
えええええー!
え、いや、僕王様って器じゃないし。
君に釣り合う自信なんてこれっぽっちもミジンコもないし!
「大丈夫ですわ! アルフォンス様はどうぞわたくしの夫として見守っていて下さればそれだけでいいのです! 内政も、外交も、すべてをお任せください。決して後悔などさせません。貴方を誰よりも幸せにすると誓います。誰に害させることもないようお守り致します。ですから、どうぞわたくしの手をとって下さいませ……!」
……え、ちょっと、きゅんとしてしまった僕はおかしくないよね!?
リリノア、オトコマエ過ぎるよ、もう!
見た目絶世の美女で中身が頼れる御仁ってもうどんだけ……。
「……よ、よろしくお願いしま、す?」
そう疑問符付で答えた僕に、リリノアはパーフェクトな笑顔を浮かべて見せた。
え、これで、いいのかな……?
第二話は公爵令嬢の予定です。今しばらくお時間下さい。