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第二話 見えない真意

前話あらすじ

 罰ゲームの名の元に始まったウインドウショッピング。

 開始早々ウェディングドレスをねだる瑞希に伸一は困惑する。

 更には瑞希は子供服売り場の運動着コーナーへと足を運ぶ。

 またしても戸惑う伸一に投げかけられたのは、

 明らかに異常な行動を取り続ける瑞希の意味深な一言だった。


「ねぇ、長谷川って……ブルマ好き?」


 瑞希の放った一言に伸一は凍りついた。

「ねぇ、長谷川って……ブルマ好き?」


 初っ端で所持金の二倍もする"ウエディング"ドレスをねだり、今度はブルマ嗜好を問う瑞希。

 好きか嫌いかで言われればどっちかってゆーたら……、などという普段なら言ったであろう台詞を、動悸激しい伸一が口にする余裕なんて一切無い。それ以前に、瑞希の行動を咎める勇気を伸一に持てという事自体無理な話でもある。

「あ、ああああアホなこと聞かんといてくれや!」

 声を上擦らせながらそう言い返すのがやっとな伸一は、有事の出来事に対し非常に弱いのだから。

「流石にデパートじゃ取り扱ってないか。仕方ない、次行きましょ」

 動揺丸出しの伸一には触れもせず、けれど未だにブルマへ異常な執着を見せる瑞希は、有事の出来事に強いのだろう。少なくとも伸一にはそうとしか見えない。

「藤田は、ぶ、体操服を買いに来たんか?」

「そう問われれば答えはYESね」

 簡潔にそう返事を返す瑞希の思惑が伸一には理解出来ず、見えない瑞希の企みに不安が募っていく。

「こっちはサイズが無理なのよ……」

 ただ、それと同じくらい瑞希が気の毒にもなっていた。

「そこまで行くと自爆やで。ほら、向こうのおばちゃん、俺やのうてお前を訝しがっとるで?」

 伸一が気の毒に思う理由、中年女性が瑞希を訝しがる理由。

 それは、プール開きには少し早いものの少なからず展示されていた小学生用スクール水着を、瑞希が真剣な顔で物色していたからである。

「お前は何がしたいねんな」

「罰ゲームよ」

 と、瑞希に言われても納得など出来るはずが無い。

 むしろ訝しがられているのは伸一でなく瑞希なのだ。罰ゲームはそれこそ瑞希が受けているようなもの。

「……さよか」

 けれど、今の瑞希には何を聞いても無駄だと感じた伸一は、短く一言返事を返すに留めた。


 正午を三十分ほど過ぎ、伸一と瑞希はデパートの上階にある和食レストランで昼食を済ませた。


 十五分ほど待たされ、食事にありついたのは午後一時。

 最中、何を聞いても

「罰ゲーム」

「予定通り」

 としか答えない瑞希に、伸一は苛立ちを覚えた。が、敗者が何を言っても遠吠えにしかならないことも自覚していた。

 結局"様子見"という結論に行き着き、覚悟を決めるしかなかった。


 二時になる少し前、食事を終え外へ出ると流石に飲食店の混雑も緩和されていた。

 食事代二人分が伸一持ちだったのは言うまでもない。


 レストランを出た後二人が向かったのは、タナカから十五分ほど歩いたところに建つ"とある"店。

「なぁ藤田。お前はこの店で何を売ってるんか、知ってて連れてきとるんやろな?」

 さきほどまで居たタナカから駅を挟んで反対側に位置する、路地を入った日当たりの悪い場所にあるその店。

「当たり前じゃない。入るわよ」

 躊躇いもなくノブに手を掛け扉の向こうへ踏み込んでいく瑞希。

 店の前に一人取り残された気恥ずかしさから、伸一も慌てて店内へ駆け込む。

 "コスチュームショップ・ふぉーちゅん"という店名。

 そして名前の通り怪しくて妖しい店内に、これからの時間帯が自分にとって喜ばしくない時間になることを伸一は覚悟した。


 目に優しくない原色の衣装が所狭しと並べられ、マネキンに着せられ、ハンガーに吊るされている店内。

 一見すれば特殊な衣装を取り扱うお店、とも見えなくはないのだが、客層とはミスマッチである。女性用にしか見えないそれを手に取りじっと吟味するのは、伸一や瑞希たちと同じ年齢層であろう男ばかり。

「は、長谷川はこういうお店って、くく詳しくない?」

 仕方なく連れてこられた伸一はともかく、連れてきたはずの瑞希ですら店内の異様な空気に圧倒されていた。

「アホ言うな! 俺はノーマルや、ノーマル!」

「そ、そう……。とととととにかく見て回るからついてきて頂戴!」

 伸一へ告げる瑞希の顔は真っ赤だった。

 しかし瑞希は決意したのか、お目当てのそれを見つけたのか、伸一を置いて店の奥へと足を進めはじめた。そして伸一も離されないようにと同行する。

 奥へと踏み込むものの店内の雰囲気にまるで慣れる様子のない瑞希は、伸一にしてみればやはり自身が罰ゲームを受けている風にしか見えなかった。けれど様子を見ると決めた以上この店では瑞希の要求に黙って従う。そして瑞希の真意を見抜く、そう決意していた。

 いたのだが……、

「あったわよ、ブルマ」

 顔を赤らめつつも迷いなくそれを手に取り伸一へ見せ付ける瑞希の真意は、三箇所目であるこの店内でもまるで見当が付かなかった。

「お、おお俺に振るな!」

 それと同時に、いくら覚悟してもこの恥ずかしさ満点の展開に耐性などつくはずもない。

 これではただの辱めではないか。

 ――狙いは羞恥プレイか! しかも自爆覚悟やな、こりゃ相当やで……

 そこで伸一はようやく罰ゲームの真意に行き着く。

「お前、ホンマに買う気やの?」

 しかし体操服とブルマを手にしサイズまで確かめる瑞希は、赤い顔ながら真剣そのもので今ひとつ腑に落ちなかった。

「それは分からないわ。けどサイズの合う服を探すのは今日の目的だから」

 耐性があろうがなかろうが、このシチュエーションも彼女にとっては予定通りなのだろう。

 真剣にブルマを見定める瑞希に何と声を掛ければ良いのか言葉を失う伸一を、非情なる一言が奈落の底へ誘った。

「これなら入るわね。じゃ、それ持ってついてきて頂戴」

 そう言って瑞希が伸一に突きつけたのは勿論ブルマ。紺の。

「ムリ無理むり! 絶対ムリやって!」

 辛うじて包装してあったものの、それは直に触るかそうでないかの違いしかない。

「罰ゲーム」

「うおぉぉぉ!」

 紺色のブルマが入った"透明な袋"を手に持つ伸一は、店内の男性客の同情を、何故か誘っていた。

 哀愁漂う伸一を引き連れて店内を闊歩する瑞希は、対となるのであろう体操服の半袖上着までをも伸一に持たせる。

 一つ品物が増えるたびに天井へ向かい咆哮する伸一と、それを満足げに見つめる瑞希。

 突然現れた妙なカップルに店内は一時騒然となりその渦中にいる伸一は客や店員の好奇の眼に晒される。勿論瑞希もそうなのだが……。

「もう一つはあっちにあるわね」

「まだあるんかいな!」

 最早この我侭執行者を止める術を失ってしまった伸一だが、ツッコミだけは忘れない。彼なりの最後の矜持なのだろう。

「おお、おおおおお前、ホンマに買うん?」

 が、現実とはかくも厳しい。

「中学生か高校生用なら、多分私でも着られるわよ?」

 体操服とブルマの時点で気付けたはずだったのだ。瑞希が言う"もう一つ"が何だったのかなど。

「サイズの問題とちゃうやろ!」

 瑞希は本気で買うつもりなのだろうか、スクール水着を。

 伸一の混乱はピークに達しようとしていた。

「ま、買うか買わないかはまだ分からないわ。サイズが合う水着があるかどうか調べてくるわね」

「こんな場所でこんなもん持たせたまま、俺を一人にせんといてくれやっ!」

「じゃ、ついてくる?」

「そ……それもどないかと俺は思うんやけど」

 言葉を詰まらせる伸一に「好きにしなさい」と瑞希は言葉を残し、スクール水着の並ぶコーナーへと向かっていく。伸一はふらふらの足取りでそれを追うしかなかった。

 最終的に体操服・ブルマ、そしてスクール水着を伸一に持たせ、瑞希はその後十五分ばかり店内をうろついた。満足したのか瑞希は伸一から三品を受け取った後、伸一を店外へと先に退出させた。

 しばらくして瑞希が出てきたが何故か手ぶらだった。

「何やねん。買わへんならこんなとこ連れてくんなや!」


 一時間近くコスプレショップに居座った二人だったが、結局ここでも何も買わなかった。

「次行くわよ」

 買わなかったのだから伸一が奢る機会もなく、財布の危機は未だに守られている。

 昼食代の二千二百円などドレスと比べれば高が知れているし、コスプレショップの衣装一着の値段と比べても安い方だ。

 むしろ現在危機的状況にあるのは、財布ではなく伸一自身なのかもしれない。

 ――金を毟られるんも嫌やったけど、精神的な攻撃っちゅーのもかなり堪えるんやな

 ただしその罰ゲームには瑞希自身の羞恥プレイも伴っていることに対し、伸一は疑問を感じざるを得なかったのだが。

「次で最後だから頑張りなさい」

 一人納得がいかない伸一を察したのか、瑞希から慈悲ある言葉が掛かる。

「ホンマ? よっしゃ頑張るで!」

 しかし罰ゲーム執行者である瑞希は、やはり藤田瑞希である。慈悲など持ち合わせているはずもない。


「ついたわよ」

 疲労困憊の伸一に、彼女は最後にして最大の試練を与える。

「お、おお、お前。ここは無理やて!」

 控えめな装飾に如何にもな筆記体で"Angeliqueアンジェリカ"と書かれた看板。

 明らかにそうであろう店。

「罰ゲーム」

 短く言う瑞希のそれは、有無を言わせぬ迫力を秘めていた。

 "Angelique"

 そこは男性が足を踏み入れるのを躊躇う、女性下着専門店だった。


「長谷川も好きな下着見てて良いわよ。私も適当に見て回るから」

 店内でそう口にした言葉はコスプレショップとさほど変化は無いが、先の店と違い瑞希には余裕さえ窺える。

「ご、ごごご、ご一緒させていただけませんでしょうか。瑞希様!」

 逆に伸一は完全に顔を赤く染め、余裕などあるわけが無い。言葉のおかしさが伸一の動揺を強く物語っていた。

「その代わり色々と参考意見を貰うけど、いい?」

 伸一の動揺を満足げな顔で見つめながら更なる要求を突きつける瑞希。

「甘んじて受け入れさせていただきます」

 言葉どおり何ら抵抗の出来ない伸一には、瑞希が悪魔にしか見えなかった。

 かくして、"Angelique"の店内は瑞希の独壇場となる。


 伸一の想像をはるかに超えた楽園であり生き地獄でもある"Angelique"。

 色とりどりの下着がマネキンに飾られ、棚に並び、そしてハンガーに掛かっている光景。

 コスプレショップのそれより派手さは劣るものの、華やかであることに変わりはなく、むしろ艶かしさでは桁が違う。

 まさに楽園。いくら無関心を装ったところで彼も男性なのだから。動揺を隠しきれない伸一に平然としていろと言うのは酷だろう。

 しかしながら彼に動揺を与えたのは下着だけではなかった。

 店内の女性客が伸一に向ける視線の束は、彼を射殺すに十分たる威力を秘め、それが彼を大いに苦しめていたのだ。視線の痛さたるや、先ほどのタナカ二階スクール水着コーナーやカップル来襲に戸惑うコスプレショップの比ではない。

 ここに居る彼女達の視線は、伸一を瞬時に殺しそれを店外へ放り出すことも厭わない事を無言のプレッシャーで伸一に教える。

 それは生き地獄でしかなかった。

 女性客が瑞希と伸一の関係を"彼氏彼女"だと勘違いしてくれれば疑いも少しは晴れるだろう。だから瑞希から離れれば名実ともに変態さんの仲間入りは免れまい。

 そう考えた伸一の行動範囲は、瑞希から半径二メートルに制限された。

 そして出来る限り女性客と視線を合わせないよう下を向けば、俯いた怪しい客と思われるだろうことは想像に難くなく、かと言って上は高級下着が飾られておりそれ目当てに上を眺めている"やらしい男"と見られることは必至。

 そう心配した伸一の視界は、瑞希を中心に上下左右二十度前後に制限された。


 伸一が身の安全を確保するためには、瑞希の傍から離れず、なおかつ視界に必ず瑞希を入れておかなければならない。

 つまり自由など無いのだ。

 だからごく近くで下着を手に取り選んでいる瑞希が嫌でも目に入ってしまう。そして彼女が手にする妙に生地が少ないそれらの一つ一つが、妙にはっきりした輪郭で伸一の頭に障害なく飛び込んでくる。

 そして頭から離れてくれない。

 苦悩する伸一は更に、宣告どおり瑞希から意見を求められる。

「長谷川。これどう?」

 見えない何かに拘束されている伸一を一番追い込んでいたのは、艶かしい下着を手にとって見せながら意見を伺おうとする真顔の瑞希だった。

「罰ゲームは甘んじて受けるけどやな藤田、流石にこれは堪忍してほしいわ……」

 "Angelique"は罰ゲームに相応しい、コスプレショップ以上の破壊力を持った羞恥プレイの場となっていた。

 ただ、伸一の予想とは大きく異なるのは、彼の恥ずかしっぷりを見ても一向に満足しない瑞希。

「そんなこと聞いてないわ。この下着、どう思う?」

 瑞希は本気で聞いている、羞恥プレイを目的としているわけではないのかもしれない、伸一はそう思い始めた。

 けれど瑞希の質問には答えようがないことに変わりはない。

「どう思う、って言われたかて……」


 黒いレースのブラジャーとショーツ、そしてガーターベルトの三点セット。

 ブラジャーもショーツも局部に生地はあるものの、それ以外の部分は持っている瑞希の手が透けて見える、かなり危ない生地面積。総レース地のガーターベルトがその過激さを更に強く後押しする。

「似合うと思う?」

 そもそも、それを手に持ち身体に当てながら問う瑞希自体が想像を絶する過激さだった。

「わ、分かるわけあらへんやろそないなもん!」

「服の上からじゃ分からないのなら想像してみなさい。あのマネキンに着せてあるやつがこれよ」

 そう言われ伸一はマネキンを凝視し、その後瑞希を見ながら想像する。

 ――藤田の胸やと、そのブラジャーはちょっときついやろし、パンツは尻の半分ちょいくらいしか隠れへんのとちゃうか? でもガーターは藤田らしい感じもするなぁ……って!

「……お、お前! 俺に何を想像させとんねん!」

「想像……したのね?」

 自らそうさせておいて、想像されて顔を赤らめる瑞希はやはりいつもと違い何かおかしい。

 しかし動揺する伸一に気付く余裕が無いのは今までと同じ。

「想像なんてしてへん! してへん、絶対にしてへんぞ!」

 大声で否定する伸一だったが、直後に店内の女性から強烈な視線を浴び強く後悔するのだった。


「じゃあこっちは?」

 再び問われた伸一は即座に思った、それは下着とは言わないだろう、と。

 そこにあるべき生地など全くと言っていいほど存在しない。一言で言うなら"紐"。

「どんな感想が欲しいねん」

「想像してみなさいよ」

「出来るか! そもそもこんなもん買おうって思う神経を疑うわ!」

「安心しなさい。買えるわけないじゃない」

 そう言いながら瑞希は伸一の目の前に過激な"紐"を突きつけた。

「嘘やん!? これで一万八千んぐっ!」

「声が大きいわよっ!」

 抱きつくように伸一の口元を押さえる瑞希と、モゴモゴ言いながら紐に付けられた商品価値に驚愕する伸一。

 彼らの言動は"黄金週間最終日に現れた空気の読めないバカップル"としか見られていなかった。


 店内の客から壮絶な批難を浴びたのは言うまでもない。

 けれど追い出されるように店を出た瑞希が少し上機嫌だった事に、伸一は気付かなかった。


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