エピローグ
前話あらすじ
秋の天皇賞までの曖昧な関係は、ついに見つけた二人の二人だけの関係。
互いが互いに求めるのは、友人であり恋人であるお互い。
だから再び彼らは始めるのだ。
友人へ罰ゲームを。恋人と甘い一時を。
罰ゲームと言う名のデート、デートと言う名の罰ゲーム。
それは、彼らの始まりだったこの場所で。
十一月四日、月曜日。
午前十一時四十五分。
日曜と重なった”文化の日”の振替休日となったその日。
――そういや、あん時も振替休日の月曜やったっけなぁ……
長谷川伸一はショッピングモール・タナカ一階にある、”あん時”の噴水前広場に足を踏み入れた。
――相変わらず昼間っからカップルばっかりやで……
広場で控えめに絡まりあう男女の群れを眺め、苦笑し、伸一は噴水の前まで足を進める。
そして辺りを見渡たした。
待ち人である彼女はまだ来ていないようだ。
ひとまず噴水の縁に腰を掛け携帯電話を確認するが、彼女からの連絡は入っていなかった。
自分から推奨した十分前行動など楽しい事を前にしては簡単に反故にしてしまう彼女。そんな彼女が今日も時間ギリギリまで現れないことに、伸一は形容しがたい愛しさを感じ、そして思う。
――もう慣れたっちゅーても、遅れてくるときはなんか企んどるねんなぁあいつ……
ふと頭に浮かんだ考えに「まぁ俺も楽しいからええねんけど」などと小さく呟きながら、伸一は携帯電話をたたんだ。
そしてポケットに戻そうと軽く腰を上げたところで、それに気付いた。
四、五歳辺りだろうか小さな女の子が二人、伸一の顔をじっと見つめていたのだ。
興味深く伸一を眺める二人に彼は面識など……ある。じっと眺められるような理由も思い当たる。もしかしたら顔に出ていたのだろうか。
自分を見つめる四つの眼に懐かしさすら感じ、愛でるように彼女達へ問いかけた。
「お嬢ちゃんら、久しぶりやな」
「おにーちゃん、ばつげーむ?」
間髪入れず返ってきた質問が、彼女達と伸一の間にあった過去の出来事を、彼に鮮明に思い出させる。
子供らしい鋭い勘を相変わらず持っていて、けれど残念な事にやっぱり勘違いな彼女達。
「罰ゲームなんて嫌もんとちゃうで。お兄ちゃん、今からデートやねんから」
伸一は目の前に並ぶ二つのピュアな顔へ、これからはじまるであろうそれを説明する。
「でーと?」
「まぁ……多分な。せやけど、デートなんか罰ゲームなんか分からへんねんなぁ」
身振り手振りを交えながら伸一が教えるこれからの予定。
デートのような罰ゲームであり、罰ゲームのようなデート。
その奇怪さは、純真無垢な子供には伝わらなかったようだ。
「なんか、おにーちゃん」
女の子の一人が伸一の話を遮り、首を傾げながら伸一に疑問を投げかける。
「めっちゃたのしそーっ!」
相変わらず簡潔に。
「……せやろ?」
笑いながら問い返す伸一へ、口々に肯定の言葉を投げかける子供二人。
罰ゲームだろうがデートだろうが、彼女が巻き起こすそれは、いつも楽しいものだった。
きっとあの時、目の前の純粋な二人が口にした「めっちゃたのしそーっ!」は、子供だからこそ分かる伸一の心の真なる部分だったのだろう。
そんな風に考えた伸一は、自然と言葉を漏らしていた。
「楽しいでー! めっちゃ楽しいねん! ええやろー?」
* * *
小学生にも満たない年齢の女の子二人と、二十歳の男が一人。
「ええやろー?」
「ええなぁ!」
などと噴水の前で連呼している異様な光景が、まさに目の前で繰り広げられた。
周囲はそれを半歩引いて、ヒソヒソと言葉を交わしながら遠巻きに眺めているほどだ。
だがそれすらも、微笑ましく見えるのは何故なのだろうか。
やがて観衆の中から、白いトレンチコートの裾をなびかせながら彼らの元へ近づく一人の女性。
「相変わらずモテモテね」
膝まで伸びる白いトレンチコートと、黒いロングブーツ。相変わらずのシンプルさ。
けれど彼女のスカートは近頃少し短くなったように、彼は思う。
「せやろ? モテる男は辛いで」
そんな、シンプルな中に少しだけ女性らしさの増えた女へ、相変わらずの返事を返す男。
「ねぇ、これって浮気?」
悪魔の微笑でボケる女。
「アホか! なんでやねんっ!」
真に受け焦りながらツッコむ男。
そして男と女を好奇の目で見つめ、揶揄する二人の少女。
「わー、でーとや、でーと!」
「ちゃうでー、ばつげーむやねんでー!」
奇妙でありながら何故か微笑ましく見えるその光景を、彼は口元に優しい笑みを湛えながら眺めていた。
やがて彼らの傍で噴き出す水が勢いを増し、十二時を知らせる。
興味は噴水へ移ったのか、揶揄を止め噴き上がる水を眺める少女達。
少女達をじっと見つめる男と女。
ややあって、女は目を優しく細ませながら男に顔を向けながら言った。
「じゃ伸一、始めましょっか」
心底楽しそうに微笑む女に、伸一は問いかける。
「なぁ瑞希、罰ゲームはどうすんねん?」
瑞希と同じように心底楽しそうな笑みを浮かべながら。
「どうでもいいのよ、そんなこと」
言い切らないうちに伸一の手を取り、瑞希は伸一を立ち上がらせる。
「楽しければ、ね」
そしてその手を掴んだまま、瑞希は歩き出した。
「さよか」
掴まれた手を振りほどこうともしないで、伸一も歩みを共にする。
噴水の傍から振られた小さな二つの手に、振り返った伸一と瑞希は大きく腕を振り返していた。
そして手のかかる馬鹿二人はエレベーターの奥へと消えていく。
ちなみに昨日は、秋の天皇賞。
きっとこれから罰ゲームなのだろう。
どちらが勝者でどちらが敗者かは、彼らにしか分からない。
けれど手を繋いだまま消えていった二人の罰ゲームは、きっと楽しいそれに違いない。
消えたカップルを遠くから見つめていた宝塚記念の勝者は、誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
「ドレスはどっちが買うんだよ。……まぁお幸せにな、お二人さん」
そして満足そうな顔を浮かべながら、弓削匠はショッピングモールを後にするのだった。
だが彼は知らない。
ドレスがまさか「ウエディングドレス」であるなどとは。
という事で新橋てっくです。
10万字の内のおよそ1万5千は携帯用改行タグです! ホントなんです!
とはいえ気付けば越えてた10万字、妙に無駄な競馬話。
根気強くお付き合いくださいまして、本当にありがとうございました。
春エロス2008の他作家さまの作品も是非、ご覧下さい。
この物語以上のエロス溢れるそれが、手薬煉引いて待っていますので。
ここから先は改訂前に冒頭に描かれていた「春の天皇賞」のシーンを書き直したものです。
えろすや恋愛とは全く関係のないものですので、読む価値は多分ありません。
それでもと言う方の中で特に競馬にご理解のある方はどうぞ。
では、新橋てっくでした。




