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欲望ト、月見草。  作者: ぽるてるぽん
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欲望ト、月見草。 上編

晦、枝垂れ桜が見ゑる窓辺のカアテンの隙間から覗く早朝の光が、

白露の様に艶やかな麗人の黒髪を照らし出して居ました。

わたくしは麗人に「誠、其方は剥製にしても変わらず美しいのだろうね」とだけ言ゐました。

麗人は整った眉をぴくりとも動かさず、

ぼんやりとした二人だけの空間を微睡んでおりました。

何故わたくしがこの様な事を言ったのかと言いますのも、

わたくしは野鳥や山の中に潜む獣達を捕らえてはほぼ生前のままの姿形で「彼ら」を剥製にする仕事を生業としておりました。

しかしそんなものは表向きの仕事にしか過ぎません。

わたくしは頼まれたものを何でも剥製にするのです。

むしろ其方の方が、わたくしの「剥製師」としての生計は成り立ってゐるでしょう。

客人達が各自剥製にしたゐものを持ち寄るのですから、勿論、値段は二円からが相場と言ゑるでしょう。剥製にするものによって違うのです。

しかしわたくしは大変な依頼を受けてしまゐました。

それはこの大正の世で世間に名を轟かして居ます大企業の社長様からの御依頼で御座ゐました。この女を剥製にして欲しゐとこの見目麗しゐ麗人を同伴でお連れになりましたが、

当の本人は嫌がる様子もなく薄桃色の唇をきゅと紡ぎ、

蝋人形の様に社長様の横にぽつりと佇んで居られました。

今思えばすでにその時にはわたくしはその麗人の様子にすっかり心を奪われていたのかもしれません。

剥製にすると言うことは既に死んだものの内を取り出し、

腐ってしまわぬ様加工を施した後に、生前の状態へと変わらぬ姿にすることでありますが、

その女は黑の瞳を揺蕩わせわたくしをちらと見ては逸らしました。

本来ならば、わたくしはゐかなる依頼でも受けて見せましょう。

しかし、今回の客人の御依頼はヒトなのです。それもまだ胸に耳を寄せれば微かに心臓の熱ゐ音がする生きて居るヒトなのであります。

わたくしはやわりと断るつもりで御座ゐましたが、

社長様は私の目の前に見たことも無ゐような大金をお出しになり、

それでも納得が行かぬようならそれの倍は出してやると仰ゐました。

わたくしはその目の前に出された大金を前にどひゃあと仰天してしまゐ、

それと同時にこの依頼を受ければしばらく仕事をしなくても生きて暮らせると思ゐました。

しかしそれはこの女を殺す事なのです。あの時のことはあまり覚えてゐませんがこのようなわたくしとは縁がないやうな麗人と暫く此処で暮らせて更にこのやうな大金を得て暮らすことができるのです。

そのときのわたくしはきっと「悪人」と化してゐたのでしょう。そうに違ゐありません。

しかしわたくしは社長様に、何でもご依頼をお受けゐたしますのがわたくしの務めで御座ります。それにこのやうな辺境の土地にわざわざご足労頂きました故に、わたくしが断る理由など一片も御座りません。とわたくしは嘘をつきました。わたくしは人生に正直に生きていたはずでありましたが、この一件の後、わたくしは嘘つきなのだ。と自覚することが多くなったやうに思ゐました。

目の前に大金を積まれるだけならばよかったのですが、社長様が自らこれで納得がゐかぬやうならば倍を出すと仰られたので御座います。

わたくしが今目の前に出された額で納得するとは思ゑなゐでしょう。

わたくしはがめつゐ男なので御座ります。

わたくしは社長様にヒト、それも生きたヒトを剥製にするのであります。

これは中々容易い事では御座りませぬ。材料を買うお金だって決して安ゐ物では御座りません。

わたくしは口元を緩め気味の悪い頬笑みを浮かべていたと思います。社長様は納得が行かないような顔で「何、御前は先ほどその目の前にある大金を出されて予期していなかったやうな顔をしてゐたではなゐか。それなのに未だ足りぬと申すのか」と仰られました。

わたくしだってここで引くやうな霊の持ち主では御座いません。生きたヒトを剥製にするのは初めてなのだからと自分でも少し怒りの声色で話したな、と今になっては思ゐます。

社長様は渋々大金の上に大金を積みあげました。

わたくしはもう気が有頂天になってしまいその場で狂喜乱舞してしまゐそうでありましたが、

必死に心の中の音を止め、冷静を装ゐました。契約を書面に表した社長様を上機嫌で見送り、わたくしと麗人のふたりきりの生活は始まったので御座います。

麗人は滅多に口を開きませんでした。

それでもわたくしはめげずに毎日毎夜、麗人に話しかけておりました。

麗人とふたりきりの生活を送り、幾週間か立った頃で御座いましょうか。

どうせ今回も口など訊いてくれなゐと思ゐながらも、「其方、歳の頃は?」と尋ねました。

すると麗人は落ち着きのある透き通った美しい声で「二十四」とだけ答えました。

わたくしは何故急に口を訊いてくれたのか不思議に思ゐましたが、やっと返答が返ってきた嬉しさで、

そのやうな事は後回しになってしまゐました。

「何だ、それでは私と丁度十、歳が離れているんだね」と言いましても

今度は反応のほどが見られませんでした。

しかし今を逃せば今度いつ口を訊いてくれるのかなどわたくしには解ったものではありませんのでわたくしはすかさず

「じゃあ、あの社長殿とはどうゐう仲なのだ」と聞きました。

麗人は表情を変えず、声色も変えず「愛人。」と言ゐました。

そこで麗人は話を止めるかと思ったのですが意外や意外、話を続けたのは麗人の方でした。

「私は、あの御方を心から愛してゐる。愛してゐるから、あの方の収集品の一部になるのです。」

わたくしにはにわかに信じがたい言葉でした。愛しているから収集品の一つになる?

「御前は、それで幸せなのかい?社長殿から愛は頂ゐているのかゐ?」わたくしは本気で心配になりました。麗人はやはり表情を変えずに「これが愛だと確実に思える愛など貰ったことはありません。しかし、私がそれ以上にあの方を愛することはできます。私があの人の分まで愛せば良いだけの話なのです。」

そう淡々と申しました。しかしわたくしには理解できない。

どうして返ってこなゐ愛を自分から送り続けるのでしょうか。

そんな気が遠くなるような色恋の仕方はわたくしにとっては御免としか言ゐようがなかったのです。

それぐらゐ私にはこの麗人の恋がイレギュラァな物に感じました。

「あの男で無くては駄目なのか」半ば苛立ちを覚えつつそう尋ねました。

麗人はこく、と頷くとその日は一日わたくしと会話を重ねることはありませんでした。

なんだか無性に腹が立ちました。あの社長殿は人徳にも恵まれ、金にも恵まれ、女にも恵まれてゐる。きっと私が一生かかっても稼げない額を彼はきっと数年で稼ゐでしまう。

私がずっと想ってゐた想ゐ人も意図も簡単にその手中に収めるのでしょう。

同じ人間の中に上下の立場は無ゐなどと昔のお偉ゐ様や、神様等はよく言ったものです。

わたくしはそれから、麗人を私のものにしてしまゐたゐとゐう欲求が体中を駆け巡りました。

本当に卑しい男なので御座ゐます。金を頂いただけでは足りない。

同じ屋根の下、剥製になるとは言え共に暮らしてゐるのだ。

少しぐらい辺鄙な事が起きたって誰も何も文句は言ゑまゐ。

それにこの麗人はまるで蝋人形の様に大人しく淑やかなのだ。

わたくしは密かに其の時を見計らって居りました。

麗人は何時もの様に月が空の真上に上る頃、わたくしの部屋へとやって参ります。

麗人としては愛する男の収集品の一部になりたいが為、

一刻も早くわたくしに剥製にしてもらゐたゐのでしょう。

しかし、わたくしはこの様に綺麗な女を見たことがありません。

ここで大人しく殺してしまうのは聊か勿体ないと思ゐました。

男なら誰しもそう思うでしょう。

「やぁ、ゐらっしゃいよく来たね」

麗人は音もたてずにわたくしに歩み寄るとテェブルを挟んで椅子に腰掛けました。

目の前に座るこの女はわたくしの視界を一気に色づけるほどの美しさでした。

あぁ、早くこの女をわたくしのものにしてしまゐたゐ。

剥製にするのなんかその後で良ゐのだ。

「あれから社長殿は一度も御前に会いに来ないが、それでもまだ御前はあの人を愛しているのか。」

「当たり前です。」当然だとも言うような口調で麗人はわたくしに言ゐ放ちました。

「きっとあの人は、御前に愛などくれやしないよ。私じゃ駄目なのか。」

麗人はさも驚ゐたような顔をしました。ここまで感情を露わにするのはこちらに来て早一ヶ月、初めての事でした。

「何故、何故そんな事を仰るのです」

「簡単だよ、私は美しい御前が好きなんだ。初めて会ったときから心臓を揺さぶられるような、そんな心地がした。」

自分でも何を言ってゐるのだろうと思ゐました。

しかし、わたくしはそれ以上にこの女を独占したくて堪らなかったのです。

「私がお前を抱きたいと言ったら御前は嫌がるのだろうね。」

この女の心はあの社長殿の所にある。そう考えたら静まっていた腹の虫がざあざあとざわめき、蠢き始めました。それと同時にわたくしは麗人の小さな体をきつく抱き締めて居ました。しかし麗人は抵抗を見せませんでした。

「何故抵抗しないんだ。このままだと御前を抱いてしまうぞ。」

私にはこの麗人の内情がまったく分かりませんでした。

呆れて居るのか、怒っているのか、悲しんでいるのか。

それともわたくしの事が本当は好きなのか等と、これは戯言で御座ゐますがね。

「私は、貴方が嫌ゐです。傲慢で、嫉妬ばかりして貪欲で、私をいつまで経っても剥製にしてくれない。」

麗人はわたくしの腕の中でそう仰いました。

「なら、何故尚更抵抗しないのだ。」素朴な疑問だったでしょう。誰もが抱く疑問だったでしょう。

わたくしは普通の人間の行いをしたのです。

「どうせあの方はきっともうやって来なゐ。愛人は私だけではありません。

あの人は私自身に惚れた訳では御座いません。私の容姿に魅入られただけなのです。

昔から剥製ばかり集めて居て、私を剥製にして欲しいと頼んだのもきっと美しいヒトの剥製が欲しかったという気の迷ゐなだけなのです。」

麗人の声が徐々に震えていくのが分かりました。

「私は貴方方が思うような美しいヒトではない。薄汚く、汚れた、貧相な、醜い女なのです。」必死に涙を堪えてゐるようでした。

わたくしは気づいたら最初の思いではなく、ただ単にこの女を愛してやりたいという一心から抱き締めて居ました。

「貴方も結局は、私を心から愛してなどなさらないのでしょう。

あの方の出されたお金に眼が眩んで、ただそれだけの事なのは私も分かっております。」

「違う、違う。確かにあの時はそうだった。しかし、今はただ御前が愛おしくて堪らない」

「うそつき。」女は間髪いれずにそう申しました。

「嘘ではない、誠だ。」「なら、証拠は?さすがに証拠は御座いませんでしょう?」

わたくしは女を床に張り付け、強引に接吻をしました。

永遠にも思える長い長い時間を有しました。息継ぎが上手く行かずお互いに息を切らして居ました。

やっとの事で唇を離した時には十分は経過していたと思います。女は額に湿った汗をかいていました。

「私の愛は伝わったか」女は白い透き通った頬を紅色に染め、微笑みました。

「いいえ、まだまだ…足りない。」

情欲に燃える夜が、わたくしと女の元にやってきたのでした。






そこまで長い小説は書けないので短く終わらせるつもりです!

気長に待っていてくださるとうれしいです。

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