42話 サイレウス7
その視線にきづいたのだろう。
レオハルトはすぐに表情を引き締め、尋ねた。
「それで、王命がくだったと?」
サイレウスは大きくうなずき、上着の内ポケットから封筒を取り出した。
「通行許可書と、隣国での身分保障書です。隣国に潜入し、無事アルテイシア様を連れ出すように、とのことでした」
「なにかあてがあったのですか?」
「……あの木賃宿で出会った銀髪の片眼鏡を探そう、と」
「……それだけの情報で?」
さすがに無謀だろ、とは言わなかったが、レオハルトの顔にはありありと書かれていた。
サイレウスは顔を赤くしながらも、「いや、でも!」とカップを握り締める。
「こうやって、ウルバスさんのことを知る方とお会いできてなによりでした! アルテイシア様はそれで⁉」
「ウルバスが連れて、この国に来ています」
「どうして⁉」
なにがどうなってそんなことになっているのだ。
「それはわかりません。侯爵から『連れてこい』と命じられたのにも関わらず、彼女を誘拐し、王太子の近衛兵たちと共にこの国に入った。国境で確認をしたからそれは確かです」
サイレウスは、あっけにとられる。
「も、もともと通じていたと? 王太子と、ウルバスさんは」
「まさか。たぶん、この国に潜入した時、通じたのではないか、と」
「どうして」
「わかりません。とにかくあいつはよくわからんし、こうだと思ったら突っ走る」
レオハルトはため息をつく。
無表情に見えたが。
それでも初めて、困惑したような色をその目に見せた。
「ただ、あいつとて、既知の人間は限られる。だから、子爵宅にお邪魔したのです」
「……その、ウルバスさんはこちらには来ていませんし、なぜそのような行動をとっておられるのか、わたしにもわかりませんが……」
サイレウスは、どことなく気落ちしたように見えるレオハルトを励ましたくて、さらに前のめりになった。
「近衛と一緒に行動しているということは、王太子のところへアルテイシア様を連れて行く、ということでしょう。だったら、行く先は限られています。一番可能性のある場所は、レルーン修道院です」
「……幽閉されていた、というところか」
「そうです」
サイレウスは大きくうなずく。
「公式発表では、アルテイシア様はいまも幽閉中です。そして、レルーン修道院は、王太子の援助がある修道院のひとつ。まずはここを捜索してみませんか?」
「そう……ですが。二手に分かれませんか?」
「二手に?」
サイレウスが目をまたたかせる。
「俺は単騎でこちらに来ている。手勢がいません。この屋敷もみたところ、騎士を抱えているわけではないようだ。だったら、サイレウス子爵のほうから陛下に現在状況が変わったことをご説明し、手勢を分けてもらえないだろうか」
「なるほど! それでレルーン修道院に連れて行けばいいのですね!」
「あくまで隠密にお願いいたします。レルーン修道院にいなければ、また別のところを捜索しなければならない。こちらの動きはできるだけ隠したほうがいい」
うなずきながらも、サイレウスの心は不安でいっぱいだ。
いままでは文書管理しかしてこなかった。こんな重大事案を自分が扱っても大丈夫なのだろうか、と。
「ひとつ、お尋ねしたいのだが」
空になったカップに、自ら茶を注いでいると、レオハルトに声をかけられる。
「はい」
「どうして王太子と陛下のご意向が違っているのでしょうか。派閥争いがあるとか?」
王太子は、前聖女であるアルテイシアを「偽物」と断じて幽閉。
その後、逃げ出したアルテイシアを陛下は保護しようとし、王太子は捕縛しようとしている。
「数年前より、陛下は体調を崩されておりまして……。原因がわからず、なかには陛下を見限り、次世代の王となられる王太子に与する者が増えていたのです」
茶で喉をうるおしてから、サイレウスは慌てて付け足した。
「現在はご快復なされ、ご健康そのものです。なので、このようなご賢明な判断を仰ぐことができました」
「なるほど……」
「あの」
「はい」
「こちらもお伺いしたいのですが」
「なんでしょう」
「アルテイシア様と、男爵はどのようなご関係で?」
いまさらながらだが。
サイレウスは、なぜレオハルトがここまで危険を冒すのかがわからない。
ウルバスという部下に命じて素性を探ったり、閣下の命を受けて、単騎、隣国に乗り込んできたり……。
「おれの恋人です」
あまりにきっぱりと言われたので「そうでしたか」と応じたものの。
一周回って、「えええええ⁉」とサイレウスは大声を上げて立ち上がった。
あまりにも勢いが良すぎて、カップに残った茶をこぼす。
「あ⁉ な、なるほど⁉ あなたが保護を⁉ あ、じゃあ、母もお世話に⁉」
隣国の男爵のもとでずっと保護されていたから、アルテイシアの居場所がわからなかったのだろう。サイレウスはそう判断したのだが。
「いえ。おれが彼女と知り合ったのは、ここ数か月で。それまでは、子爵のご母堂とともに娼館の下働きとして潜んでいたようです」
「娼館⁉ 下働き⁉ あの母が⁉ アルテイシア様が!」
あっけにとられて呆然と立ち尽くしたが。
レオハルトが目元を緩めた。
「わけあって子爵のご母堂の臨終に立ち会いました。ご立派でした。したたかに、しぶとく、アリを守りながら、懸命に生きていたようです」
「あの母が……」
貴族の家に生まれ、貴族の家で育ち、貴族の家に嫁いだ。
娘を失ったものの、何不自由なく暮らし、寒さ暑さにも耐えたことがないような。
そんな母だったのに。
自分の守るべきもののために、精一杯戦ったのだ。
地面にはいつくばってでも、守り抜いたのだ。
そう思うと。
サイレウスの頬を、こらえきれない涙が伝った。
「す、すびばぜん……」
「いえ」
サイレウスはこぶしで涙を拭うと、鼻をすすってから、笑った。
「母に誇れる息子であらねば」
そして、立ち上がり、レオハルトに手を差し出した。
「よろしくお願いします。レオハルト男爵」
「こちらこそ、サイレウス子爵」




