40話 わたしも同じです
「どこに連れて行くの、とか聞かないんだね」
ぼそり、と。
ウルバスが声を投げつける。アルテイシアは肩を竦めた。
「王太子のところでしょう?」
そして気づく。自分はまだ寝間着姿だ。
いままで夜の暗がりにいたからあまり違和感がなかった。
寒気を感じなかったのは馬車の中だというよりも緊張のせいもあったのかもしれない。
いまになって、馬車からしみいる寒気に鳥肌が立つ。
「ほら」
身じろぎする気配がした。顔を前にむけると、ウルバスが自分の上着を脱いでアルテイシアに差し出してくれた。
「ウルバスさんが寒いでしょう?」
「ぼく、これでも騎士なんで。女性には優しいんです」
ぶっきらぼうに言われる。
どうしようかと迷ったものの、受け取ることにした。
もぞもぞと上着を羽織る。
レオハルトよりだいぶん華奢に見えていた彼だが、こうやって服を借りて着てみれば、当然だぼだぼだった。
ちらりとウルバスを見る。
彼は上着を脱いだから、シャツにベスト。トラウザーズ姿だ。
腰ベルトに挿した短銃がむき出しで、いやでも視界に入ってくる。
「レオハルトさまはこのことを……」
「ご存じないね。ぼくの独断」
食い気味ではあるが返事がきた。
ということは、結構喋ってくれるかも。
アルテイシアは、おそるおそる続ける。
「ウルバスさんと王太子の接点が見えないのですが」
「こっちも、お嬢ちゃんの素性とか、ぼくたちに絡んでくる理由がわかんないからさ。男爵と一緒に探ってたってわけ」
「あ」
そういえば、レオハルトがそのようなことを言っていた。
「魔境の……調査員、ですか」
「いまとなったらバカみたいだけどね」
ウルバスが鼻を鳴らす。
「君のことを探ろうと、ミリオシアに行ったんだ、ぼく」
「それで……」
「そしたら、王太子の近衛がウロウロしてるじゃない。で、非合法な方法でいろいろ話を聞いてさ」
アルテイシアの素性や、王太子が自分を探していることを知ったのだろう。
「あのさ」
「はい」
「さっき、言ってたじゃない」
「え……っと、どれ、でしょう」
「異能の話」
「ああ、聖女の」
「異能ってないって」
「そう……ですね。異能というより、努力? 知識? 祈り? なんかそんな感じですね」
「じゃあ、異能の力とか、特殊な体験とか、信じない?」
「いえ。そんなことはありません」
アルテイシアはきっぱりと言った。
「わたしが神殿にいたころ、不思議なことはたくさん目にしました。まるで奇跡のようなこととか、神のご意思としか思えないこととか」
合理的には説明がつかないが、なぜだかそのようなことが起こった。
そんな話はやまとある。
それを頭から否定する神官もいたが、アルテイシアは自分の知見だけで嘘だと断じることはしたくなかった。
「あのさ」
「はい」
「ぼく、6年前に一度、死んでるんだよね」
「死んで……いる?」
「そう。魔獣討伐のときにさ、不意をつかれて。慌てて引き金を引いたんだけど、見当違いのところに弾が飛んでいって。そのときに、ザクっと」
ウルバスは、自分の片眼鏡を指さす。
なるほど。その後遺症で視力が低下したのだろう。
「男爵がライフルをぶち込んで魔獣から救ってくれたものの……。当時は死の淵をさまよっててさ。だけど、夢のなかというか……。頭のなか? よくわかんないけどさ」
そこでは、時は刻々と進んだらしい。
ウルバスは体力を回復し、騎士団に戻った。
その後、とある女性がレオハルトに近づく。
「夢のなかでも堅物な男爵なのに、その女には気を許してるんだ」
男爵は周囲の反対を押し切り、そして女との仲を認めさせるためにも、魔獣討伐に邁進。
その功が認められて、侯爵より辺境伯の爵位と領地返還を受ける。
「だけどさ、それ、女を侯爵に引き渡すことが前提だったわけよ」
当然、男爵は拒否。
そのため、侯爵の不興を買う。侯爵は「叛意あり」と男爵邸を包囲し、攻撃を仕掛けてくる。
「夢の中でさ。燃え盛る男爵邸の中を、ぼくと男爵は逃げてて……。で、焼け死ぬってわけ」
そこで、目が覚めたのだそうだ。
「ぼくとしては、もう6年経った気分だったのに、目が覚めてみたら、魔獣に傷を受けた直後でさ」
とっさに、これは正夢だと思ったのだそうだ。
「あの女を男爵に近づけてはいけないってずっと思ってるんだけど」
ウルバスはそこで深くため息をつき、馬車の背もたれに上半身を預ける。
「致命的なことに、あの女の顔だけ思い出せないわけ」
そうして、ちらりと視線をアルテイシアに向ける。
「それが……わたし、ということですか」
いままでどこかウルバスに感じる敵意的なものがようやく理解できた気がする。
彼にとって、自分はいきなりやってきてレオハルトのふところに飛び込んだ、得体のしれない女。
その上、そんな明晰夢を見ていたとすれば、警戒しないほうがおかしい。
「だけどその……」
納得しかけたものの、アルテイシアは、小首をかしげる。
「だったら、王太子に渡すよりも、閣下に引き渡したほうがよくないですか?」
レオハルトに「渡せ」と言ったのは、どう考えても侯爵だ。
いくらその行く先が王太子だったとしても、流れ的にはそうするほうがいいのではないのだろうか。
「それなんだけどさ」
ウルバスは足を組みなおし、そこに頬杖をついてため息ついた。
「閣下はさ、ミリオシア王に渡す、って言うんだよね。君を」
「……陛下に?」
驚いた。
王太子だけではなく、陛下も自分を探しているとは。
「夢の中でもそうだったんだ。閣下は、ミリオシア王が所望しているから、その女を渡せって」
「夢……でも?」
「だけど、実際に君を探しているのは王太子も、じゃない?」
「その……ようですね」
「だったら、ここは夢とは逆張りしてやろうと思って」
そうやって、未来を変えようとした……のだろう。
「あのさ」
「はい」
「なんか、素直に従っちゃってるけど、これ、君的にはいいの?」
ウルバスは眉根を寄せ、気味の悪いモノでも見るようにアルテイシアを見やる。
「君、このままだと王太子に引き渡されて、最悪、殺されちゃうよ?」
「まあ……、そう、ですね」
アルテイシアはわずかに首を横にかしげ、口角を上げた。
「だけど、レオハルトさまの側にいるよりはいいでしょう? 少なくともあのひとは守れるわけですから」
アルテイシアは、精一杯、笑顔と思われるものを作る。
「あの人の命を誰にも奪わせない。ウルバスさんもそう思っているから、こんな行動をとっているのでしょう?」
ウルバスは返事をせず、ただ、顔を背けて無言で馬車の外を見つめる。
「わたしも同じです」
アルテイシアは以降、口を閉じ、彼から借りた上着を着たまま、ぼんやりと馬車の外の風景を見つめていた。




