第12話:毒を転じて、「命」と成す
「……よし、抽出完了」
地下井戸の底に据えた手製のすり鉢を覗き込み、私は小さく息を吐き出した。
すり潰した白夜茸の繊維から絞り出したのは、微かに青みがかった透明な液体。ランプの灯りに照らされて怪しく揺らめくそれは、生で舐めれば大人の男すら一瞬で呼吸困難に陥るほどの猛毒の濃縮液だ。
普通なら、これをさらに煮詰めて「暗殺用の毒薬」として裏社会に売り飛ばすのが、悪役のセオリーなのだろう。
だが、そんなことをすれば、地元のギャングや教会の暗部といった、本物の「人殺しのプロ」たちと命の奪い合いをする羽目になる。戦闘力ゼロの私がそんな物傷な領域に片足を突っ込めば、あっという間に利用され、用済みになれば消されるだけだ。
だからこそ、私はこの猛毒を、まったく別のものへと作り変える。
(前世の医療雑学、ここで役に立ってよ……!)
私の脳内データベースが、一つの仮説を弾き出していた。
白夜茸の持つ「心臓を麻痺させる」という凶悪な毒性。それは裏を返せば、人間の自律神経や心臓の脈動に、劇的なレベルで直接干渉できるという強烈な『シグナル』でもある。
過剰に摂取すれば心停止を引き起こすが、極限まで希釈し、特定の「触媒」と組み合わせることで、一時的に心拍を爆発的に高める『強心剤』、あるいは激痛を限界まで遮断する『超強力な麻酔薬』へと反転させることができるはずなのだ。
確信を得た私は、その反転を完璧なものにするための最後のピース――右手の指先を突き出した。
「……生命の活性化(ポンコツ治癒術)、起動」
小瓶に分けた毒液の表面に、右手の指先をそっと浸す。
次の瞬間、脳の奥を鋭い痛みが突き抜けた。もやしやキノコを育てる時とは比較にならない、それこそ「人間の傷を治す時」に近いレベルの膨大な魔力と体力が、指先を通じて液体へと吸い取られていく。視界がぐらりと歪み、冷や汗が背中を伝った。
(耐えろ……! 毒の持つ負のエネルギーを、私の治癒の力で『反転』させるんだ……!)
喉の奥に込み上げる吐き気を必死に堪え、液体の「時間」と「性質」を無理やり歪めていく。
すると、怪しく青光りしていた猛毒の液体が、パチパチと微かな火花を散らしたかと思うと、一瞬にして透き通った鮮やかな「琥珀色」へと変色した。
「はぁ、はぁ、はぁっ……! 成功、ね……!」
私はその場にへたり込み、激しく上下する胸を押さえながら、完成した琥珀色の小瓶を見つめた。
これこそが、私の新しいマテリアル。
麻薬でもなければ、暗殺用の毒でもない。スラムの最底辺で、日々傷つき、あるいは病魔に侵されながらも、教会の高額な「光の治療」を受けられずに死んでいく哀れな平民たちのための――。
安価で、しかし劇的な効果を発揮する闇の特効薬。
教会のヒールは、神への信仰と莫大な寄付金を要求する。だからこそスラムの住人は見捨てられる。
なら、私はその教会の市場を、この地下から根底からひっくり返してやる。
「これを、あの片足のバザルのところに持っていこう」
私は激しい立ち眩みに耐えながら、琥珀色の小瓶をしっかりと懐にしまい込み、ボロ古着のフードを深く被り直した。
もやしを売る可愛い商人のフェーズは終わった。ここからは、教会の利権に真っ向から泥を塗る、スラムの「闇の薬売」としての、命がけの反逆が始まる。




