校正者のざれごと――ゴールデンウイークに、突如あるマンガにハマる
私は、フリーランスの校正者をしている。
「ゴールデンウイークも後半に入り、高速道路は渋滞が……」
朝食のあと、そろそろ家事を始めようかと立ち上がりかけたとき、そんなテレビのニュースにふと動作が止まった。え? ゴールデンウイークってもう後半なの?
お盆や年末年始と同様、ゴールデンウイーク(GW)もやはり毎年仕事に追われている。4月後半から、私の所属する校正プロダクションにも次から次へと依頼が来ていた。「最大〇連休!」などという言葉に目を背けながら、赤い日である今日も仕事に入る。
いま担当しているのは、若い会社員向けの給与明細の読み方の本。導入部分が入社間もない女性が主人公のマンガになっている。こうすることで、かたくるしい内容でも読者が入り込みやすくなる。資格試験の初歩の本にもよくある手法だ。
マンガの校正では、通常の文字校正以外に注意する点がある。イラストももちろんそうだが、危ないのは手書き文字。「鉄」の右側の「失」が「矢」になっていたり、「正午」が「正牛」だったり。今回の本でも、「税」の字の「のぎへん」がなぜか「いとへん」になっていた。たぶん「納税」と書こうとして、上の字につられたんだろう。
午前中の仕事を終え、ちょっと休憩。外からは、子どもたちの元気な声が聞こえてくる。
GWかあ。この期間は少なくとも出版社から急な依頼が来ることもない(編集者はちゃんと休んでいるのだ。くう。いやいや、勝手な妄想だ。働いている人もいるかも)。せっかくの大型連休。少し気分転換もしたいよなあ。――そう、実はプランは立ててある。
4月のある日。事務所の校正者とランチに行った。ふとしたことから高校時代の話になり、軽音部でバンドをやっていた話をした。すると彼女は、別の校正者から紹介されたというあるマンガを紹介してくれた。『ふつうの軽音部』。軽音部の高校生たちの姿を描いた人気マンガだ。2025年9月、このマンガの8巻で使用された米津玄師さんの『海と山椒魚』の歌詞が、東京駅と大阪・梅田駅に大きく掲出されたとニュースで見た。大好きな曲だったので気になっていたのだが、マンガはまだ手に取っていなかった。
「小山さん、持ってきましたよ」
「ありがとうございます。GWに読みます」
1巻と2巻を貸してもらった。GWは久しぶりに読書をする、と意気込んでいたのだ。
読み始めてすぐに、懐かしさでいっぱいになった。冷房の効かない蒸し暑い視聴覚室、恋愛がらみで辞めていく部員、目まぐるしく変わるバンド編成……。ああ、自分のときもこんな感じだったなあ。思わず、いま発行されている残りの8冊もすぐに注文。そして、翌日には届いた続きを一気に全部読んだ。もちろん、あの『海と山椒魚』の8巻も。
こんなふうにのめり込んだのは本当に久しぶりで、自分でも驚きだった。私、まだこんなふうにひとつの作品に夢中になれるんだ。何だか、ちょっと嬉しい気分。
さらに、別の校正者からもマンガを借りた。勢いに乗って、こちらも読んでみる。『くらべて、けみして 校閲部の九重さん』という、「新頂社」の校閲室を舞台にした作品だ。同業者ではあるが、内容は純粋な小説の校正の話。気になった言葉ひとつひとつに丁寧に向き合い、とことん調べる。たくさんの辞書にあたる。これぞ職人。私自身は小説の校正はほとんど回ってこないので、同じ職業なのに何だが別世界の話のようにも思えた。でも、もちろん使っている用語は同じで(ゲラ=校正紙とかエンピツを入れるとか赤字合わせとか)、親近感もある。とても興味深い内容だった。こちらも、借りた2冊はすぐに読了。
この本のなかに「パタパタ」という言葉が出てきた。これは、「あおり校正」とも呼ばれるもので、原稿と校正紙を重ねてパタパタとあおり、変更箇所を視覚的に確認する手法だ。パラパラマンガに似ている。私自身はあまり使わないが、使っている校正者を見たことはある。マンガにもあったが、校正といっても人によってやり方はかなり違う。
ちなみに、「ゴールデンウイーク」という言葉について。私はここで「ウイーク」と書いたが、「ウィーク」という書き方もある。これは書き始めてから気になって調べてみた。
新明解国語辞典(第五版)と大辞林(第二版)は「ウイーク」だった。ところが、広辞苑(第五版)では「ウィーク」。さらにネットで検索すると、ある元記者の人が書いた記事に共同通信社の用字用語辞典の写真が載っていて、新聞などでは「ウイーク」のほうを使うとあった(余談だが、記事のなかでは共同通信社のこの辞典を「用事用語辞典」と3箇所も表記していて非常にムズムズした。まさかそちらが正しいのでは、と不安になりAmazonで確認したがやはり正しくは「用字用語」辞典だった)。
そして「ゴールデンウイーク」という言葉は、NHKでは使わないのだそうだ。以前映画業界で客の入りのよかったこの時期を「ゴールデンウイーク」と呼んでいたが、不景気になり長く休めなくなった視聴者から「何がゴールデンウイークだ」というクレームが入ったから。また、この時期の休日が10日前後になることもあり「ウイーク」という表現がそぐわなくなったこともあいまって「大型連休」という表現を使うようになったという。
こんなにも「ゴールデンウイーク」という言葉にこだわったって調べたのは、やっぱり『くらべて、けみして』の影響かな。言葉を深く探求する姿勢は憧れでもある。結局どこにも出かけなかったけれど、いいゴールデンウイークを過ごすことができた。
さて、お酒でも飲みながらもう一度『ふつうの軽音部』を1巻から読んでみようかな。




