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夢(VRMMO)だったらイイのに

作者: 九木十郎
掲載日:2026/05/06

 スマホのアラームが鳴る。


 今朝も目覚めて憂鬱な気分になった。


 ベッドから置きだして顔を洗い、昨日帰りがけにコンビニで買ったサンドイッチとペットボトルのお茶で朝食にする。コレだけで済ますのも味気なくて、珈琲でも飲もうかと思ったのだが昨日飲んだ分で切れていたコトを思い出してため息をついた。


 コンビニに寄ったときに気付いて居れば補充しておいたのに。

 例えインスタントでも、飲み物が一品増えるだけで少しはマシな気分になるのに。


 やるせなさも手伝って小さく舌打ちした。コンビニ弁当で済ませた夕食も味気なかったが、今朝の食事は更にわびしい。朝食と言うよりもタダの餌、ゼロより幾分いくぶんマシといった程度の「食物摂取ルーチンワーク」に過ぎなかった。

 またしてもため息が洩れる。


 オレ、給料って何の為にもらって居るんだっけ?


 ソコで初めて気が付いたのは、テーブルの端に乗っかった一冊の本だった。


 あぁそういや、電車の待ち時間に売店をのぞき込んで買うともなしに買ったな。


 それはカラフルな表紙で「あなたの願いを叶えます」などと、チープな販促帯が巻かれたチープな新書だった。ぱらぱらと斜め読みしてみても、表紙の安っぽさを裏切らない。ページ稼ぎに大柄な文字がずらずらと並び、説得力の低い言葉がダラダラと並ぶ薄っぺらい内容の薄っぺらい本だった。


 そもそも序章からして怪し過ぎる。「この本を手に取ったあなた。あなたはこの本に導かれし者なのです」などと。

 いつの時代のキャッチセールスか。あるいは宗教勧誘の常套じょうとう?実にいかがわしい。まさに胡散うさん臭さ満点。文句の安っぽさも合わさって、ため息加減がブッチギリである。


 オレ、何でこんな本買ったんだろ。


 昨日は、人の成果をよく横取りする下らない上司から、性も無い仕事を押し付けられて、普段以上にヘロヘロだった。その疲れて病んだ精神が、何某なにがしかの潤いを求めてコレを手にしたのかも知れない。


 パラパラと数ページ読んだ。だが内容は独りがりの物言いと、金科玉条な修飾語のオンパレード。その表紙以上のくだらなさに辟易へきえきする。

 そして特に目についたのは、ふざけた太字の一文だった。



 強く願うのです。そうすればあなたの願いは叶います。

 言霊に寄り沿い、この本があなたを導くでしょう。



 などと。


 なんだ、この無責任な文章は。人を小馬鹿にするにも程がある。

 呆れ返って二の句が告げられなかった。


 このままゴミ箱に叩き込んでやろうかと思った。だが、二千円弱を散財してそのまま捨てるというのも腹立たしい。満員電車の中で読むのは無理だが、空いた時間の暇潰し位にはなるんじゃなかろうか。そう思い直して、使い慣れたビジネスバッグの中に押し込んだ。




 ぎゅうぎゅう詰めの電車に揺られながら、窓の向こう側を流れる景色を眺めるとも無しに眺めた。

 今朝は窓が見える場所に陣取れて良かった。ほんの二〇分程度のささやかな幸運だが、油ギッシュなオッサンの後頭部や、化粧の臭いがキッツイおばさんの真後ろに立つよりは余程良い。


 あと少しでこの電車は地上から地下へと続くトンネルに潜り、そのまま都心の足元を走る地下鉄となる。そして二駅もすればオレが降りるべきホームに到着という寸法だ。


 さて今日は、いったいどんな仕事(面倒ごと)が待っているコトやら。


 これが巷で語られるファンタジー世界とかなら、ちょっとはやる気も出て来るんだが。子供みたいな願望だけど、このパサパサで潤いに欠けるモノトーンの毎日よりは、余程にマシなんじゃなかろうか。


「むしろこの現実がVRMMOだったらいいのに」


 そして本来の自分は剣と魔法の世界の住人で、今日も正義の為に闘い続けているのである。


 などと。


 まぁ、そんなコトなんて先ず在り得ないんだけど。


 我ながらなんて稚拙ちせつな妄想、思わず苦笑が漏れた。そのままヤレヤレとため息をついた途端、窓の外が真っ暗になった。どうやらトンネルに入ったらしい。


 ごう、と一瞬で世界が切り替わる。唐突で素っ気なくて躊躇ちゅうちょや温情なんて微塵も無い。在り来たりで当たり前で、見慣れた至極当然な変化。


 だが、次の瞬間に聞こえて来たのは聞き慣れない喧噪だった。トンネルを疾走する「ゴウン」と籠もったガタゴト音ではなく、駅に到着する際のアナウンスでもなかった。ましてや、自分ルールで怒声をあげる迷惑客の狂態ですらない。


 無秩序な怒声と歓声、あるいは馬のいななき。そして断続的に響いて来る、殺伐な剣戟けんげきの音。そのまま暗転から放り出されてみれば、周囲の光景がすべからくひっくり返されていた。


 握っていたはずのつり革なんて何処どこにも無い。スーツ姿のサラリーマンや制服を着込んだOLも居ないし、チャラけた格好のやる気なさげなピアス男も居ない。トンネルの闇をバックに自分の顔を眺めて居た窓すら無くて、空には晴天があり、足元にはでこぼこした土塊つちくれの地面が在った。


 辺りを見回す。


 そこは争いの真っ直中。


 槍をかまえ、金属の胸当てと木板の盾を持つ者。馬に乗り、鎧と兜を身に着けた者。地面を駆け怒声をあげてぶつかり合う者たち。


 剣と槍と弓矢が飛び交う、中世さながらの戦場であった。




「何をひっくり返っている。槍を持て!側面に回る、着いて来いっ」


 怒鳴られて、慌ててオレは取り落とした自分の得物を拾った。


 そうだ、何をやっている。こんな場所で寝転がってる場合じゃ無い。ボンヤリしてたら馬に踏み潰されるか、槍や弓矢のいい的だ。


 さっきまでのアレはなんだったのだろう。いくさの最中に白昼夢か?


 緩むにも程があると己を叱咤しったする。そうだ、ビジネスバッグは何処にやったっけ。一瞬、益体もない思いが脳裏をかすめ、と同時に、そんなモノがこの世界の何処に在ると呆れる声が聞こえた。


「でんしゃ」だの「かいしゃの仕事」だの、そんな世迷い言は通用しない。いまこの場でやらなきゃならないのは、剣や弓矢をかわして前に進む事だ。迫り来る敵を倒して生き残るコトだ。

 ボンヤリしてたら明日の朝日どころか、今日の夕陽すらおがめない。


 ひとたび闘いが始まれば飯食うどころか糞や小便をする暇すら無くて、敵があきらめるかコチラが相手を仕留めるかしないと終わりゃしない。あるいは、弓矢に当たるか槍に串刺しにされるかして、自分がくたばる時くらいのモノか?


 その時はまさしく世界の全てが終わるときだ。

 自分が死んだ後のコトなんて知ったこっちゃない。天国だか地獄だが知らないが、そんな頓狂とんきょうなモノが在るのなら、何だってオレたちはこの地面の上に居る?生まれる時に、そのドッチかへ適当に割り振ってくれりゃあこんな苦労をしなくて済むものを。


 オレがこうして雑兵になって、血反吐にまみれて駆けずり回って居るのが、そんなモノなんて無いって証拠なんじゃないのか。


 家や土地をもらえるのは無事に大人になれた長男で、病気だの怪我だのでくたばり損なった兄弟は領主様の兵隊か、教会に転がり込んで坊主になるくらいが関の山。


 そして百姓の四男坊なんて学も身分も無いヤツは、こうして食い扶持ぶちもとめて兵隊になって、剣や槍で切り刻まれて終わり。そんなもんだ。ソレが一番在り来たりな結末。この世の決まり事。持って生まれた道筋ウンメイってヤツだ。




 遠くから矢が飛んでくる。見えてる矢は怖くない。投げ槍だって似たようなもんだ。飛んでる最中は棒みたいなもんだから避けるのは難しく無い。


 怖いのは流れ矢だ。知らないうちに飛んできて、胸や頭に突き刺さった挙げ句くたばったヤツを山ほど見ている。ほら、言ってるそばから隣のヤツが死んだ。周りをちゃんと見てないからだ。


 あ、うちの魔法使いが呪文を唱えている。だがソコで立ち止まるのはヤバいんじゃないかな。魔法使いの護衛役が二人しか居ない。どちらも盾なんて持ってないぞ。混戦の挙げ句に割れたのか、それとも取り落としてしまったのか。


 おいおい、避けろ。向こうがいしゆみ持ち出してきたぞ。普通の弓矢では届かない距離から飛んでくる。ああ、気付くのが遅い。みろ、ぼやぼやしてるから護衛役が串刺しになっちまった。


 逃げろ!あ、ダメだ。槍が飛んできて腹に刺さった。こりゃあ助からんな。あ、あ、駆け寄った雑兵に滅多刺しになってる。魔法使いは大抵恨まれるもんだからな。

 助けに行っても良かったが、正直、魔法使いなんて目立つヤツの側には出来る限り近寄りたくない。間違いなく目の色変えて敵兵が襲ってくるからな。


 あんな周囲が見えていないヤツならば尚更なおさらだ。戦場いくさばに出て間も無いヤツだったんだろう。注意の足りないヤツは簡単に死ぬ。


 いやいや、オレも他人事じゃ無い。今はこうして相手の脇に回り込むべく敵兵の居ない地面を走っているが、もう直ぐあの殺気満点のヤツラどもの群れに飛び込んで行かなきゃならないんだからな。


「突っ込むぞ。キンタマ引き絞れ!」


 百人長が喚く。

 オレは喚いた。隣のヤツも叫んだ。

 怒鳴り声で自分の気持ちを誤魔化して、力の限り地面を蹴った。首級を挙げるとかそんなコトはどうでもいい。大事なのはあのキチ〇イどもの群れをかいくぐって、今日一日を何とか生き延びるってコトだけだ。


 側方に広がっていた槍兵たちが気付いて、オレ達に向って槍の穂先を向けてくる。ギラギラと光る刃先がヤケにまばゆい。世界がギュッと狭まる。もう目の前の敵しか見えない。脇見どころか怖ぇと思う余裕すらない。


 ヤることしか考えてない敵兵どもの、気狂った視線が突き刺さる。


 敵陣より「異教徒め」の怒声が響く。悪魔、地獄に落ちろ、くたばれ、クソども、その他諸々。


 やかましい、そりゃあキサマらだ。こちとら全員、国王さまから直々に聖戦の勇士とのお言葉を賜った「正義」の軍団だぞ。


「奮え、王国の精兵たちよ!」


 事あるごとにお偉いさまはそんな大言壮語を吐いていらっしゃるが、その実そんなのは上っ面。タテマエなんてどうでもいい。どいつもコイツも腹の底から信じちゃいないさ。


 ご大層なお題目を喚くご立派な騎士さまだって、一皮剥けば俺らと大して変わりゃしない。みんな誰だって知っている。


 勝ったモンだけが正しい。


 生き残れなきゃ全てが無。死んじまえばそれまで。かっさらった略奪品おたからや女どもも全てパー。後には何にも残りゃしない。

 それダケだ。


 だから肚を据える。

 ねじ伏せてやらぁ。


「くたばりやがれぇ!」


 オレ達は一際デカい雄叫びを上げて、その血走ったギラギラへ向けて突進して行った。




 夕刻になってようやく戦は終わった。


 本日の成果は敵の小さな陣地を一つツブしただけ。その割にコチラは結構な被害が出て、双方痛み分けといったところだ。

 まぁ、攻城戦なんてこんなモンだろ。城の周りに造られた陣地を一つ一つツブして、本命に手を掛けられる所までジワジワと押し進んで行かなきゃならない。


 そのジワジワの最中ですり潰されていくのが、オレたち雑兵の役目なんだがね。


 堅パンと野菜くずのスープで夕餉ゆうげとしながら、暗くなっていく空を眺めた。お天道様が沈んだ途端、群青の色合いが急激に濃くなっていく。


 あ、一番星みっけ。


 どうでもイイことだったが、少なくとも生き残れた証だと思った。そしてふと、今日の白昼夢は何だったんだろうと思う。見知らぬ部屋で目覚めて見知らぬ食事をし、見知らぬ服と見知らぬ鉄の箱に乗って見知らぬ場所を目指す。


 夢の中のオレは別人みたいに小綺麗で、本が読める程に学があり、上級商人か領主様みたいな生活に不平不満をこぼしながら日々を送っていた。


 今のオレとは全然違う。どろどろに汚れて、垢とシラミとノミだらけでボロ布みたいな服を着込み、馬どころか鎧すらなく、歯の欠けたナマクラの短刀と錆の浮いた槍を担いで戦三昧の毎日。将来どころか明日のいま、生きて居る保証すら無い。


 ドッチがマシかなんて比べる間も無いだろ。何処に愚痴こぼす必要がある。剣と魔法の世界で生きてみたいだなんて、酔狂も極まれり。替わって欲しいってんなら、むしろコチラが願ったりだ。


 どんな気苦労があろうと、死ぬわけじゃねぇんだろ?槍や弓矢だって飛んでこないし、殺気立った連中にカチ込めって怒鳴られる訳でもねぇ。


 自分用の部屋が在ってベッドで寝られて食うに困らず、着ているモノだって虫の湧いていないピンシャンしたキレイな物を着れる。極楽ってのは正にその場所のコトだ。


 ソレともアレかな。どんな贅沢三昧だろうと三日も浸ってりゃ直ぐに慣れる。もっとイイ女、もっと美味い酒、美味い食い物持って来いと叫ぶ感じか。


 カネ持ったお偉い様が言いそうな台詞だ。そういう連中ってのは浸りきって脳ミソまでたぷたぷなんだろうな、きっと。


 刺激が欲しいってんなら、裸一貫になりゃあイイ。エキサイティングな日々が送れると思うぜ。なにせ自分の家から叩き出された四男坊の実体験だ。効果の程は折り紙付き、間違いないって保証するぞ。


 そして、道端の草むらの中に寝転んでこう呟くんだ。


 コレが夢だったらイイのに。


 ってな。

 忘れるなよ、コレは魔法の呪文だからな。少なくとも今日よりは、もちょっとマシなんじゃないかなと、一瞬だけ「今」を忘れるコトが出来るからな。


 ああ、やめやめ。性も無い繰り言だ。

 白昼夢の自分自身にクンロクいれても意味がねぇだろ。戦の最中じゃ酒にもありつけないし、とっとと寝るか。明日もこうして夜眠れる保証なんてないしな。


 首チョンパされてくたばるかも知れないし、死体になる前の一休みって感じか?


 白昼夢のオレはあの時、なんて言ってたかな。

 ああ、そうだ。ソレソレ。


「コレが『ぶいあぁるえむえむおう』だったらいいのに」


 なんなんだよ、この呪文。


 苦笑しながら目を閉じた途端、オレはたちまち夢の世界へと堕ちていった。

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