おこりめがみ——異世界ハチ公のオフラン王国昔ばなし③
「橋姫の地球・異世界ハチ公と銀細工師シャーリー」より劇中劇
連載版となった場合第20話くらいになるお話です。
孤児たちから小銭を巻き上げていたことがシャーリーにバレて、クロウは孤児院のために一肌脱ぐことになりました。
ここはヤシマ皇国の都。皇居近くの広場の一角
若い男が語り始めるのを沢山の聴衆が今や遅しと待ち構えていた。
彼の名はクロウ、忠犬ハチ公の生まれ変わりであることは、この広場の誰もが知っている事実(?)だ。
いつものようにクロウは深く頭を下げ、柔らかな声で語り始めた。
「今日も魔法の時代、オフラン王国の物語をお話しましょう、ひと時お付き合いくださいませ」
*・*・*・*・*
オフラン王国の都の広場には、透き通るほど白い大理石で彫られた「水の女神像」が立っていました。女神はいつも穏やかな微笑みを浮かべ、その足元からは清らかな水が溢れ、人々の喉を潤していました。
その都に、マリーという貧しい少女が住んでいました。マリーは毎日、野に咲く花を一輪摘んでは女神像の足元に捧げ、その冷たい手に触れて「今日も一日、みんなが幸せでありますように」とお祈りするのが日課でした。女神像の微笑みは、まるでマリーに優しく応えているようでした。
しかし、あの恐ろしい魔法大戦争がこの国にもやってきました。ある日の昼下がり、空が禍々しい紫色に染まったかと思うと、太陽よりも眩しい火の雨が街に降り注いだのです。
「女神様、助けて!」
マリーは夢中で女神像の台座の隙間に潜り込みました。街は一瞬にして火の海となり、美しい家々も、歌を歌っていた人々も、すべてが焼き尽くされていきました。マリーが気を失う直前に見たのは、降り注ぐ火の粉を一身に浴びながら、自分を庇うように立っている女神の背中でした。
長い時間が過ぎ、火の勢いが収まった頃。マリーは奇跡的に助かりました。けれど、彼女の体はひどい火傷を負い、喉は焼けるように乾いていました。
「お水……女神様、お水を……ひとくちだけでいいの……」
マリーは震える手で、女神の足元に縋りつきました。しかし、都の泉はとうに干上がり、女神の指先からは一滴の水も出ません。
その時でした。女神の像が、ガタガタと震え始めたのです。
マリーの苦しみ、この世のあまりの残酷さ、そして何もできない自分へのもどかしさ。石像の胸に、言葉にならない「憤怒」が宿ったかのようでした。
「ああ……あああああ……っ!」
声にならない悲鳴が、石の裂ける音となって響き渡りました。女神の穏やかだった顔は、見るも無惨に歪んでいきました。眉を吊り上げ、歯を食いしばり、この理不尽な運命を呪うような、凄まじい鬼の形相へと変わっていったのです。
そのあまりに激しい「怒り」の力が、石の奥底に眠っていた最後の一滴を絞り出しました。女神の吊り上がった瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちました。
その涙がマリーの唇を濡らした瞬間。パキィィィィィィィンッ! と、高く悲しい音が響きました。限界まで顔を歪めた女神像の頭部は、耐えきれずに粉々に砕け散り、マリーの周りに白い砂となって降り注いだのです。
それからしばらくして、戦争が終わりました。
生き残った人々は、自分たちを守ってくれた女神像を元通りにしようとしました。国一番の彫刻師が集まり、かつてのような美しい、優しい微笑みを浮かべた頭部を新しく作り、胴体に繋げました。
ところが、不思議なことが起こりました。
一晩経つと、新しく作ったはずの美しい顔は、いつの間にか、あの恐ろしい「憤怒の顔」に変わっているのです。何度作り直しても、どれほど穏やかな表情を刻んでも、翌朝には必ず、唇を噛み締め、眉を逆立てた、あの時の顔に戻ってしまう。あるいは、耐えきれずに首の付け根から粉々に砕け散ってしまうのでした。
人々はやがて悟りました。女神様は、あの日、幼いマリーを襲った悲劇と、この世の不条理を、決して許してはいないのだと。その怒りを忘れないために、自分からこの顔を選んでいるのだと。
やがて魔法文明が滅び巨大な都市が瓦礫となり埋もれていくとき、首のない女神の像も瓦礫に埋もれてしまいました。
今から1000年の昔、この地がオフランと呼ばれていた時代、本当にあった物語です。
*・*・*・*・*
クロウが語り終えると小さな拍手が起こった。
あまりにも悲しい救いのない結末に聴衆は胸を打たれたようだ。
物語は語り終えたが、彼の本番はこれからだ。
「知っていますか?この女神さまの石像は現在もこの街にあるのです」
観衆が静かにどよめく。
クロウは西の方角、広場の端の崩れかけた塀から少しだけ見える古い建物を指差した。
「ここから少しだけ見えている建物は孤児院です。そこの子供達が毎日花を捧げている首のない女神像が今日お話した水の女神さまです」
「へえーーーー!」
ざわめきが広場に広がる。なぜか孤児院の子供達まで驚いていることは気にしてはいけない。
「今も孤児院の片隅でこの街の孤児たちを守ってくださっているのです。皆様も気が向かれましたら、女神さまに祈りを捧げに訪れてみてはいかがでしょうか」
優しい目をした老婆が静かに手を挙げました。
「はい、なんでしょう、レディ?」
「そんな素晴らしい女神さまなら是非お祈りしたいわ。でもいきなり尋ねていって迷惑にならないかしら?」
「大丈夫ですよ。孤児院を訪れた時、少額でも寄付をいただければ子供達も女神様もきっと喜んでくださるでしょう」
小さく拍手が起こった。孤児院の子供達も拍手をしている。
年長のメグが「さすがハチ兄ちゃん、冴えてるぜ!」と瞳で語っている。
拍手が止むのを待って、軽く咳払いをした。
「今も女神様に首がないままなのは、いくつか理由があります。
一つは女神様の体は、世界の裏側と言っても良いほど遠くの土地で取れる大理石でできています。現代では大変な高級品です。
二つ目は『顔を作り直してもまた怒りの顔に戻ってしまうのではないか』と彫刻家たちが尻込みしてしまうのです。
そして三つ目、『元の女神様の顔がわからない』からです」
聴衆は溜め息混じりに「そうかー」「何とかしたいよねえ」などと言い合っている。
「そこで皆様に提案です。私たちで力を合わせて女神様の石像を修復しましょう!」
聴衆が再び静かになった。
「作り直してもまた怒り顔になって砕け散ってしまうのではないか?
そう思いますか?大丈夫です。
首のない女神様の像、魔法王国の地下に埋もれてしまったはずの女神様の像がなぜ孤児院にあるのか?
実は……ある時、突然孤児院の中に現れたのです」
おおおお、とどよめきが起こる。
おしゃまなマーサの「あれってハチ兄ちゃんが持ってきたんだよね?」と言おうとする口をメグが抑えている。
「孤児院の守り神となった女神様に子供達の手からお顔をお返しすれば、きっと女神様は喜んでくださるでしょう!」
大きな拍手が起こった。
「そして、皆様ももうご存知の通り、私には前世のハチだった頃の記憶があります。
女神像のお顔ならよく覚えています」
そう言って背後に立てかけた板を隠していた布を取り去った。
柔らかな微笑を讃える美しい女性の顔、慈悲深さと賢さを盛りに盛った女神・橋姫様の姿が描かれていた。
「ほお……」
ため息とどよめき、そして大きな拍手。
鳴り止まない拍手の中で、クロウは女神様の肖像画の前に賽銭箱を置いた。隣にはハチ公印の賽銭箱。
振り返り、右手を挙げると聴衆はまた静かになる。
「ありがとうございました。今日ご一緒にこの時を過ごしたみなさん、よろしければ頑張った私にご褒美をください。こちらの箱にお願いします」
笑い声が起こった。すでに定番となったおねだりである。
「そして、女神像の修復に手を貸していただけるようなら、こちらの箱に寄付をお願いします。修復の後、残金があれば孤児院の冬支度に使わせていただきます」
そう言い終えて彼が「犬のようになつっこい笑顔」を振りまくといっそう大きな笑いが起こった。
すでに人気の出し物になっている語り部クロウの聴衆は気前が良く人数も多い。
ハチ公印の箱に小銭を入れた後、女神様の箱に寄付を入れてクロウと一言二言挨拶を交わして去っていく。
女神の肖像に触れようとする不届者には「ガルル」と唸って追い払う。そうするとまた笑いが起こる。
語り部の道具は今は孤児院が預かってくれている。聴衆が全て立ち去ると孤児院の子供達が片付けを手伝うために集まってきた。
「ハチ兄ちゃん」
「おうメグか、結構集まったぞ。あとで持っていくからシスターに伝えといてくれよ」
「うん。でもこんな大金貰っていいの?」
「全部じゃないよ半分くらいは女神様の修復に必要なんだ。残りは孤児院にあげるよ。
女神様の肖像画は玄関の壁、外からちょっとだけ見えるところに貼っとけ。寄付も集まりやすくなるだろ」
箱の中身を革袋に移してから語り部の道具全部を孤児たちに持って行かせた。
年長の子供達はクロウに何度も頭を下げてから元気に帰っていた。
名残惜しそうにクロウの元に戻ろうとするマーサをメグが引きずっていく。
女神像の復活セレモニーをやれば寄付はもっと集まるだろう。
ずっしり重くなった革袋を手にクロウは呟いた。
「異世界チョロすぎ」
おしまい
ハチ公の生まれ変わり?クロウと美貌の銀細工師シャーリーが紡ぐ異世界産業革命
新しき神・橋姫の使命を帯びてクロウはこの世界にやってきました。
この世界が「橋姫の地球」と呼ばれるまでの物語です。
評判が良ければ連載します。
単話で他のお話も掲載しています。よろしければご覧ください。




