1話 最初の一行
目の前に浮かんでいるのは、一冊の本だった。
黒い革の表紙。
金色の羽ペンの紋章。
どう見ても普通の本じゃない。
俺は恐る恐る手を伸ばす。
すると本は、まるで俺を待っていたかのように――
パタン
ゆっくりと開いた。
「……え?」
ページは真っ白だった。
何も書かれていない。
その瞬間、頭の中に声が響いた。
《スキル クリエイトブック》
《文章を書くことで、物語を創造できます》
「物語を……創造?」
意味が分からない。
俺は混乱したまま周囲を見る。
そこは森だった。
見たこともない大木。
聞いたこともない鳥の鳴き声。
どう考えても、日本じゃない。
「いやいやいや……」
俺は思わず頭を抱える。
「異世界とか、そんなわけ――」
ガサガサ。
そのとき、近くの茂みが揺れた。
「……?」
次の瞬間。
緑色の小さな影が飛び出してくる。
身長は子供くらい。
汚い布を腰に巻き、手には木の棍棒。
そして顔は――
醜い怪物。
「……ゴブリン?」
ゲームや小説でよく見るモンスター。
でも。
目の前にいるそれは、どう見ても本物だった。
「ギャッ!」
ゴブリンが叫びながら突っ込んでくる。
「うわああ!?」
俺は慌てて後ろに下がった。
武器なんてない。
戦えるわけがない。
そのとき、ふと視界に入った。
空中に浮かんでいる本。
クリエイトブック。
「……書けばいいのか?」
さっきの声が言っていた。
文章を書くことで、物語を創造できる。
つまり――
「試すしかない!」
俺は震える手でペンを持った。
そして、白いページに書く。
『この森の地面から、一本の剣が現れる』
書いた瞬間。
ページの文字が――
淡く光った。
次の瞬間。
ゴゴゴゴ……
「え?」
足元の地面が揺れる。
そして――
地面を突き破り、一本の剣が飛び出した。
「……マジかよ」
俺は呆然とつぶやいた。
その剣を、思わず握る。
ゴブリンは目の前まで迫っていた。
「ギャッ!」
棍棒を振り上げる。
「うおおおお!」
俺は無我夢中で剣を振った。
――ザン!
ゴブリンはその場に倒れた。
森が静かになる。
しばらくして、俺はゆっくり呟いた。
「……本当に、現実になった」
俺の視線は、空中の本に向く。
クリエイトブック。
書いた物語が現実になる本。
つまり――
「俺が……この世界の作者?」
胸がドクンと鳴る。
売れない作家志望だった俺が。
この世界では――
物語を作る力を持っている。
そしてそのとき。
クリエイトブックのページが、
勝手にめくれた。
まるで次の物語を待っているように。
俺は小さく笑った。
「……面白くなってきたじゃん」
こうして俺の――
異世界創作生活が始まった。




