109 アルミラージ
ナニカに巻きつかれていた。
ピンク色の禍々しいモノが俺の首に巻き付き、今にも絞め殺そうとしている。苦しい、息ができない、何だこれ? これじゃあ窒息死しちまうよ。
……夢じゃん。
目を覚ますと、背中に何者かの気配があった。いや、気配っつうか物体だなこれ。背中から柔らかいものが抱きついてやがる。俺の首に両手を回しており、めっちゃ締めている。というかスリーパーホールドかよ。
「むにゃむにゃ、あたしのものだもん」
エヴリルの声だった。お前、いつの間に俺の布団に忍び込んだんだよ。つうか離せ。欲求不満の団地妻かっつうの。
っていうか右足にも変な感じがあるんだよな。もぞもぞと足を動かしてみると、やっぱりだ。ナニカが抱きついてやがる。何だこれ、地縛霊か何かか?
「この逞しい足は私のものですぅ、うふふふ」
シノの声だった。布団の中で俺の足を抱き枕にしてやがるみたいだ。おいお前ら、俺の体を侵略するな。
というか普通に自分の布団へ行け!
無理やり上半身を起こす。
「むにゃぁ? ちょっと今良いところなの~」
おのずとエヴリルの体もひっついてくる。俺は体をぶるぶると揺すってピンク色のパジャマをふるい落とした。
「キャッ!」
「……おはよう」
「んん? スティフだあ。おっはよー」
「お前、何で俺の布団で寝ているんだ?」
「ええ? 知らないわよお、そんなことぉ」
左手で目をこすりつつ、エヴリルがあくびをする。「きゅあー」可愛いあくびである。ちくしょう、昨夜はせっかく良い夢が見られると思ったのに。これでは深刻な寝不足だ。
布団を引っぺがす。俺とは逆の体勢で青パジャマが右足に巻き付いている。かかとを枕にしているようだ。おまいは足フェチなのか? というかシノ、お前の足が男の朝の生理現象をキックしているからな。ヤベー状態だ。
少女のふくらはぎに容赦なくチョップを落とす。
「痛いです」
「俺の怒りを受けろ」
「痛いです痛いです!」
「俺の睡眠を返せ」
ビシビシビシビシッ。
「痛いです! ってば!」
青パジャマが顔をしかめて上半身を起こす。気怠げに目をこすったのだった。
「あれぇ?」
……。
ダンジョンの洞窟の岩肌が光っているのは、淡光石で出来ているからだった。というのは冒険者ギルド支部長のおばさんが先ほど教えてくれたことであり。
今日も仕事だ。金を稼ぐために気合い入れていかないとな。だけどとんでもなく眠いのはどういうことだろう。間違い無く、寝込みに巻きつきサービスを食らわす女どものせいだ。そんなサービスは要らん。
性別不詳の魔法使いにテレポートしてもらい、俺たちは地下三階に降り立った。淡光石が光っていて明るい。湿気が高く地面はすべすべとしている。お前ら転ぶなよ。
「キャッ」
さっそくエメラルドグリーンのポニーテイルが前のめりに倒れて行った。スカートがめくれてクマさんパンツが丸見えである。おいお前、どうしてクマさんを選んだ? 可愛いけどさ。
黒い翼に尻尾の少女が手を差し出して起きるのを手伝う。
「シノ、危ないよ」
「ご、ごめんなさい。見ました?」
恨みがましそうな顔でこちらを振り返る翡翠色の髪。見ましたも何も、
「ははは、丸見えだ」
「ひっ、ひどいですっ」
「シノ、幼女趣味に気をつけないと」
「用心します」
「食べられるかもしれないよ?」
「私は美味しくありませんっ」
「いや、気をつける対象がおかしいし。足を滑らさないように床に気をつけような」
「床は転んだって痛いだけよ」
「床は私を食べたりしません」
「俺も食べねーからな。おい、冗談トークの最中悪いが緊張感を持て。敵が来たぞ」
闇の向こうから姿を現したのは二匹のアルミラージ。オデコに角の生えた体格の良いウサギである。
ん? ウサギと言えば鶏肉と似たような肉質だよな。このモンスター、食えば旨いんじゃねえか? 毛を剃るのと血抜きが面倒だけど。
今日の服は甘ロリの少女が鞘から剣を抜いた。
「行くわ!」
「待て、エヴリル」
「何よ!」
「シノとの連携を意識して戦ってくれ」
「連携も何も、よく分からないわ!」
ピンク色の髪の少女が走り出す。一角ウサギの肩をぶった斬って駆け抜けた。もう片方にも剣を振り下ろす。あっという間に二匹が片付いてしまった。
翡翠色の髪の肩に手を置く。今日の彼女は青のブラウス姿だ。
「シノ、臆せず魔法を撃て」
「う、撃てば良いですか?」
「ああ、次に敵が来たら撃ってみてくれ。えっと、水弾だったか?」
「わ、分かりました!」
「あたしに当てないようにね!」
エヴリルが面倒くさそうな顔で口のへの字に曲げる。おいおいお前、仲間には優しくしてやれよ。まあここは仕事場であるのだから、シノは自分の役目を自身で勝ち取る必要があるのかもしれない。
俺は一応、死体となったアルミラージを拾ってステータス画面のアイテム欄に入れた。二体もあれば三人の昼食には充分だろうな。
甘ロリ服が気味の悪そうな視線を向ける。
「スティフ、それ何するの?」
「後で食べるんだ」
「食べる!?」
「ああ、料理すれば旨いかもしれん」
「そ、そ、そうなのね……」
エヴリルは顔を強ばらせて顎をかすかに動かしたのだった。おいおい、お前がいつも食っている肉や魚だって、元は生きものなんだからな。気味の悪いことなんて何もないぞ。
また三人で行進する。
来た。アルミラージ四体。黒い翼に尻尾の少女を囲むように展開している。エヴリルはたまらずにバックステップを踏んだ。
「ちょっ、数が多いって!」
「シノ!」
「はいです!」
翡翠色のポニーテイルが杖を掲げる。青い魔石がボワッと光った。
「――水弾」
「水しぶきは風に運ばれ。飛んで貫き給え」
シュンシュンシュンシュンシュンッ。
野球ボールほどの水の球体がシノの杖から五連続で射出された。その一発がアルミラージのぶつかってその額を砕く。おお! やるじゃねーかシノ。偉いぞ。さすがは魔法使いだ。いや、精霊族だったか?
もう三匹は恐れたように立ち止まり、威嚇の声を上げた。
「「ううぅぅぅっ!」」
「行くわ!」
ピンク色の髪が走り出した。黒のショートソードを右手で回転させるように下から振り上げる。我流の剣術とは言え鋭い攻撃だ。
ザシュンッ。
「――水弾」
「水しぶきは風に運ばれ。飛んで貫き給え」
シュンシュンシュンシュンシュンッ。
五連続の水の球体が残り二匹の一角ウサギに命中し、その体をピンポン球のように吹き飛ばした。それにしても一撃死である。この水の塊が頭に直撃したら人間でも死ぬだろうな。こわいこわい。
黒い翼に尻尾の女が笑顔で戻って来た。嬉しそうに目を見開いている。
「シノ! やるじゃないっ」
「できました!」
「だけど、あたしに当てないように気をつけてよね。本当、怖いんだから!」
「頑張ります」
ふと、洞窟の奥からデカいうなり声が響いてきた。
「グルウゥゥゥウウウッ!」




