105 駆け抜ける赤黒い影
ダンジョンの入り口はまるでクジラが大口を開けたような佇まいだった。おどろおどろしいとはこの事である。
もちろん、この穴の中にはモンスターが出るのだ。下層に行くほど強くなる。最下段にたどり着いたものはまだいないらしい。
実際、このダンジョンの腹の中で何人の狩人が亡くなったんだろうな? 過去の歴史をさかのぼれば、千単位じゃ利かないだろうに。
そう考えると、心霊スポットと言った方が良いのかもしれないな。なんまんだぶ、俺は心の中で両手のひらを合わせた。
入り口には冒険者ギルド支部の建物が設置されてあった。こぢんまりとした木造の家屋であり、綺麗な外観の造りである。
ダンジョンからはモンスターが出てくることもあるらしい。時々破壊されて、支部は何度も作り直されたのだそうだ。と言うのは、ベアビリーズ食堂のおとっつぁんの談。
エヴリルと俺は支部の建物に入った。内装の壁や天井も新しい木材が使われている。ああ、小綺麗なもんだな。
冒険者登録を済ませようとしたその際、支部長に「彼女は貴方の魔獣ですか?」と聞かれたので、二度小刻みに頷いておいた。声に出して「はい」とは言わない。エヴリルに否定の発言をされたら面倒だからだ。
支部長の妙齢の女性は俺を人見知り男と判断したようで、すぐに登録を済ませてくれた。ダンジョン水晶と冒険者バッヂをくれる。
「どうぞ、お通りになって」
「はいどうもー」
俺は心のこもっていないお礼と共に低頭した。さんきゅー、おば、お姉さん。
剣と弓の模様の入った茶色い小さな円形バッヂをエヴリルの服の肩の部分につけてやる。
「なんであたしにつけるの?」
「攻撃力が上がるからだ」
「このバッヂ、そんな効果があるのね!?」
「ああ。これでお前も魔物を無双できるぞ」
「ふ、ふーん、ありがと!」
「どういたしまして」
もちろん冗談である。
俺たちは支部の建物を出て、クジラの喉(ダンジョンの中)へと歩いて行った。
通りかかった道中に性別不詳の魔法使いが立っていた。紫色のとんがり帽子、目深にかぶっているせいで男か女か分からん。話しかけてみたけど、ハスキーボイスの声はやはり判別がつかなかった。
俺がダンジョン初心者であると知ると、とんがり帽子はろうろうと語る。
「こんにちは。私はテレポーターです。貴方たちの降りた階の情報はダンジョン水晶に記憶されます。私は貴方たちが前回降りた階へとテレポートさせる役割を担っています」
こりゃあ重要な情報だった。集中して聞かないといけないな。
ダンジョン水晶への記憶のさせ方を詳しく聞いた。やり方は簡単で、その階で水晶を空気に触れさせて10分間も放置すれば良いらしい。階が発する特有の波動を水晶が吸い込んで記録するのだとか。
エヴリルと俺はお礼を言って頭を下げ、魔法使いと別れた。洞窟の階段を目指して歩を進める。ふー、ここからは大変だ。たぶんだけどな。
俺はかなり緊張していた。なんて言ったってダンジョンに入るのが初めてである。そんな俺の気持ちを感じ取ったのか、彼女が眉をひそめて口をへの字に曲げた。
「ダンジョンの地下一階なんて、来たことあるわ」
「ふーん」
お前の前の主人と一緒にか? とは口に出さない。この娘は前の主人と良くない事があったのは間違いないからだ。口ぶりからしてな。
深く聞いて思い出させないようにしよう。これから正念場だしな。
「ステータスオープン」
俺は唱えて、その水色の画面のアイテム欄からムチを取り出す。だけど、俺が戦うような状況は絶対に避けたかった。だって俺はYOWAいんだもん。
「ムチなんて使うのね」
「ああ。お前の尻をはたいてやるぞ」
「へ、変態!」
ピンク色の髪の少女が両手でスカートのお尻を押さえる。可愛いポーズだった。
「冗談だ。だけどできれば俺は戦いたくないな」
「それは、どうしてなのよ?」
「俺が戦うと、興奮してバーサーカーになるんだ」
「……マ?」
「マジだ」
「へ、へぇ、じゃあ、なるべく私一人で片付けるようにするわ」
「ああ、頼むぞ」
二人で階段を降りて行く。たどり着いた地下一階はじめじめとした気味の悪い通路。こんな地面で走ったら転ぶんじゃないか? 転んで怪我したら危ないな。そんなことを思いながら、エヴリルを先頭に通路を進む。
洞窟の岩肌はキラキラと光っていて明るい。なんでだろうな? 分からないけれど、持ってきたランタンは今のところ取り出す必要性が無い。というかこれ、魔鉱石じゃねーの? 違うのかなあ。今度支部長のおばさんに聞いてみよう。いやいや、ストライクゾーンの人にとってはお姉さんで充分通る外見だったけどな。
モンスターは二匹、三匹と次々に沸いた。今のところ現われるモンスターは水色をしたスライムだけである。
「行くわ!」
赤黒のロリータ服が走り出し、スライムを一刀両断しては駆け抜ける。へぇ、俺は感心していた。彼女の戦闘姿が様になっていたからだ。格好良いとも言う。
視界にいるスライムを全部倒し終えると、彼女が戻ってくる。剣の切っ先を地面についてふふんと微笑んだ。「どう?」余裕そうなポーズである。
俺は小さな拍手を送った。黒い翼に尻尾の彼女は照れたように笑って、
「なにニヤニヤしてるのよ」
「いや、良いものを見たなと思って」
「ショ、ショーツ見えたの!?」
「いや違うからな! というか、本当に鮮やかな剣さばきだったからさ、ちょっと感動した」
「ふ、ふーん。な、何よ。真っ直ぐに褒めちゃって、バッカみたい!」
「何だ?」
「ありがとう!」
エヴリルがジャンプして俺の頭を軽くはたいた。そして逃げるように走り出す。おい、あんまり元気よく走るな。ミニスカートが跳ねてお前のピンク色のパンツが本当に見えているからな。言わないでおくけど。
スライムを倒しながらの行進は続く。彼女はダンジョンに慣れているようで、うんちくをくれた。基本、同じ階には一種類のモンスターしか出ないらしい。
つまり、この地下一階はスライムしかいないということである。スライムから採れるアイテムは無い。いくら倒したって無一文にしかならん。生きたまま捕獲すれば掃除要員にはなるけれども。
と言うわけでさっさと次の階へ進みたかった。ただ、一階の最奥部に到着するとスライムが合体をし始める。こいつらまさか……。
二人の前に悠然と立ちふさがったのはキングスライム。そいつを睨み付けて、エヴリルはニヤリと口の端をつり上げた。やる気の満々ようだ。とうかお前基本サドだよな。強気とも言う。




