209 領主ミルフィ
朝食を終えて家を出る。
バルクレイツ町の領主館へと向かっていた。弁護士に相談するとは言ったが、残念ながらこの世界に弁護士はいない。暴力という名の無法が通る世の中だからな。なので、領主様に相談しに行くことにする。そう言えばこの前、領主ミルフィは商品を買って行ってくれたよな。
みんなの顔色は暗く、足取りは重い。ティルルも連れてきていた。この状態では彼女を家に置いておけん。バルトバがまた来たら危険だからな。
隣を歩くピンクの髪色の少女が謝罪するように声を張る。
「ごめんね、スティフ、みんな! 一昨日、あたしが契約書にサインしちゃったから、こんなことになっちゃって……」
「エヴちゃんのせいじゃないです。悪いのはあの白い服のメガネ男ですぅ」とシノ。
「ぐるう、そうだぞ、エヴ。あの男が悪い」とボロック。
「……その通り」とティルル。
「エヴリル、反省するのは明日で良い。今はできる最善を尽くすぞ」と俺。
みんなが慰めの言葉をかける。ゴスロリ服の少女の尻尾が力なく揺れた。鼻をすんすんとすする。不安に揺れている瞳。涙目でつぶやいた。
「みんあ、ありがとう」
「バルトバには倍返ししてやろう」
「そうですぅ。百倍返しです!」
「ぐるるぅ、あの喉笛を噛みちぎってやる」
「……頑張る」
「そ、そうね!」
エヴリルの顔に明るい笑みが浮かんだ。安心したように目尻を緩めている。心なしか軽くなる足取り。嬉しそうに揺れる尻尾。ああ、仲間がいるって良いもんだな。
やがて領主館が見えてきた。灰色の屋根。掃除の行き届いた白い壁。大きな建物だった。レンガ造りの外壁に囲まれており、門の入り口には初老の男性が立っていた。鎧を着ており槍を持っている。
俺は近づき、そのおじさんに声をかけた。
「こんにちは」
「はいこんにちは。領主館に何か用事かの?」
槍のおじさんが低い声を出す。俺は弱ったように目の周りにしわを寄せた。
「あの、俺の名前はスティフ・バステットと言います。後ろにいるのは全員、ビーストテイマーである俺の魔獣です」
「ほお、ワシはスティーブと申す」
「スティーブさん、実は俺たち、悪徳商法の被害に遭いまして。そのことで領主様にご相談願えればと思うのですが……」
「悪徳商法? ふーむ、何があったんだ?」
「実は……」
俺は被害の一連の流れを語って聞かせた。スティーブはなるほどと頷く。「着いて来い」と言って、門の中へと歩き出した。その背中をみんなで追いかける。
魔獣たちは緊張した面持ちだった。俺だってそうだ。はっきり言って腹が痛い。この町で一番偉い人にこれから会うんだからな。まあこの間会ったんだけれども。
執務室の前で、スティーブに待っているように指示された。槍のおじさんはノックをして返事を待ち、それから室内に入る。数分後ドアが開き、スティーブが中に入るように促した。俺たちは低頭して足を踏み入れる。
室内にはパイプ椅子が四脚準備されていた。奥からそれぞれ腰を下ろす。ボロックは床におすわりである。スティーブがドアの前に立った。
大きな机の奥の椅子に腰掛けて、ミルフィがいた。流れるような金髪。白いマントは相変わらず。両手の肘を机につけて、両手のひらを握り合わせている。厳かに聞いた。
「みなさん、今日は領主館へ、どのようなご用事でしょうかー?」
「あの、それなんですが……」
俺はまた、一連の被害の流れを語ることになった。その際、魔獣たちの名前も紹介する。金髪の領主はコクコクと頷き、それから瞳を厳しくした。
「なるほどなるほど」
「……はい」
「バルトバ・エンデルセン。悪徳商人として有名な方ですねー。さて、どう解決したものでしょうか」
「何とかなりませんか?」
「そうですね。ここは一つ、指名手配と行きましょうか。以前から、彼による被害がたくさん報告されていますしね」
「「指名手配?」」
俺とエヴリルのびっくりとした声が重なる。ミルフィは頬をつりあげてニコッと笑った。
「はい、バルトバを指名手配です。金額はそうですねー、金貨五枚にしましょうか。これだけの金額を掛ければ、じきに退治してくれる冒険者が現われるでしょう。万事解決ですわぁ」
「あの、じゃあ、俺たちはどうすれば?」
「スティフさんたちには少しの間、家で辛抱していただく形になりますぅ。あっ、何でしたら、スティフさんたちが退治してくれてもかまいませんわ。強さに自信があるのなら」
「そうですか、分かりました」
「はぁい。それではわたくしは仕事がありますので、これで」
ミルフィは忙しいようだ。俺が立ち上がると、エヴリルとシノ、ティルルも椅子から腰を上げた。スティーブに促されて室内を出る。通路を歩いて玄関へ。庭を通り抜けて門から出た。
ピンクの髪色の少女が尋ねる。安堵した表情。いつものエヴリルスマイルが戻っていた。その顔にこちらもほっとする。よしよし、お前には笑顔が似合うんだからな。
「スティフ、家に帰るの?」
「いや、ちょっと早いけれど昼飯にしよう」
「もうお昼なの?」
「ああ。実は作戦がある」
「作戦? よく分からないけれど、ベアビリーズ食堂がいいわあたし」
「ああ、いいぞ」
四人と一頭でお馴染みの食堂へと向かって歩き出す。だけどおとっつぁんやヘミリーには事件のことを内緒である。心配をかけたくないからな。




