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208 悪徳商法


 ボロックの朝の散歩をしていた。



 夜が明けたばかりの空の下。地面や草木の匂いをかぎつつ歩行する銀狼のお尻を追いかけながら歩く。隣にはゴスロリ服の少女もいた。こいつ、朝晩の散歩に着いてくるようになったんだよな。本人いわく、俺の護衛のためらしい。オッサン嬉しいよ、強いお前に着いてきてもらえて。見た目は子供だけどさ。



 そんなに心配しなくても大丈夫だと思うんだけどな。だけどまあ、一ヶ月前には俺が攫われる事件もあったし、護衛してくれるのは素直にありがたい。というか小学生ぐらいの低身長に守られる俺ってふがいないよな。



 ピンクの髪色の少女が右手を口元に掲げてあくびをする。



「きゅあー」



 こいつのあくびはどうなってんだ? 可愛いというか、何というか、珍獣っぽい感じがする。気のせいではないだろう。



「ねえ、スティフ。今日の朝ご飯はー?」


「ん? 今日はサーモンソテーとパンと昨日の余りだな」


「サーモンソテー? やったーっ」


「お前魚好きだよな」


「うん!」



 エヴリルが両手を開いて横にくるっと一回転する。ひらりと揺れる髪とミニスカート。ふんふんと顎を動かしてクレナチアの歌を口ずさみ出した。両手をお尻の後ろに組んでリズミカルに歩く。ご機嫌なことで何より。



 通りかかった町民のおっかさんが挨拶をくれた。



「あら、バステットさんじゃないかい。おはよう」


「どうも、おはようございます」


「今日も犬の散歩かい? 大きくて可愛い犬だねー」


「はい。犬の散歩です」


「早起きで感心だよ。それじゃあまたね」


「はい、また」



 お互いに右手を上げて通りすがる。ふと空を見上げた。ちぎれ雲を浮かぶ青い空。太陽の光が眩しい。今日も良い天気になりそうだ。少し暑いんだけどさ。



 片道30分ほどの道のりを往復して帰って来る。坂を上がり、手前から五軒目の赤茶色のレンガ張り。青い三角屋根の建物。それがうちだ。



 ふと、我が家の玄関のところで人々が揉めていた。シノとティルルが応対しており、困ったように眉を八の字にしている。彼女の前には三人の男たちがいた。おい、てめーら、何してんだ。俺の魔獣たちを困らせるんじゃねえ。



 ゴスロリ服が眉をひそめた。



「何あれ?」


「ぐるるぅ、何だあれは」



 ボロックも不快そうに鼻面にしわを寄せる。



「お前ら、後ろにいろ」



 俺はそう告げて、玄関に近づいて行った。三人の男たちがニヤッと笑い、こちらに体を向ける。そのうち二人は見た目からして冒険者だ。腕や足の筋肉が隆々と盛り上がっており、それぞれに武器を持っている。



 三人のうち一人は白いスーツ姿だった。バルトバである。線の細い体つき。面の皮の厚そうな商人顔。銀縁メガネをかけている。



 シノとティルルがほっとしたような顔をしていた。俺たちが来て安心したのだろう。もう大丈夫だぞ。後は俺に任せとけ。



 バルトバがこちらへと歩み寄る。かしこまったように両手のひらをもみ合わせて、ほくそ笑んだ。あっけらかんとした明るい声を響かせる。



「おはようございます。バステットさん、集金に来ました」


「集金? 何の話だ?」



 俺は顔を歪めた。意味が分からないとはこのことだ。お前に集金される覚えは全くねえっつの。うちは新聞も取っていないぞ。



 白のスーツが小馬鹿にしたように鼻を鳴らして言葉を紡ぐ。



「何の話、とはまたご冗談を。一昨日契約したばかりでは無いですか。バステット様のご商品を一日100人宣伝したら、大銅貨1枚と支払ってもらうという契約です」


「あ、ああ。そう言えばそうだったな」


「はい、そして! 成功報酬として、客が一人来たら、金貨1枚になります。調べたところ、客が五人来たそうじゃないですかぁバステットさん。良かったですねぇ。金貨5枚と大銅貨2枚をお支払いしていただきます」


「……ふ、ふざけっ」



 成功報酬なんて聞いていない。契約書にも書かれていなかったはずだ。これは一体どういうことだ?



 バルトバは滑らかな口調で続ける。



「ふざけてなどおりません。契約書もちゃーんとこうしてあります。ステータスオープン」



 バルトバが水色の画面から紙面を二つ取り出す。俺の顔の前に掲げた。二枚目の紙を読むと、確かに成功報酬の記載がある。だけどおかしい。契約したあの時、書類は一枚だけだったはずだ。だけど二枚とも俺の名前がサインしてある。



「おい、どうして紙が二つあるんだ? 一枚のはずだろ」


「何を言っているんですか? そこのピンクの髪色のお嬢さんが、二つともサインしてくれたんですよ?」


「一枚しかしてないわ!」



 エヴリルが弱ったような声を発する。



 くそっ、もしかするとこれはアレだ。



 悪徳商法だ!



 どんな仕掛けか知らないが、エヴリルは二枚ともサインしてしまったらしい。ノーカーボン紙だったのかもしれん。ちくしょう、こんな奴信用するんじゃなかった。反吐が出る。



 俺は両腕を胸に組んだ。顔つきを険しくする。



「バルトバさん、困ります。そのような乱暴な取引をされたら」


「乱暴な取引? 何を言っているのか分かりかねます。とにかく! 金貨5枚と大銅貨2枚、耳をそろえて払っていただきます。ええ、今すぐです。もし払わないのであれば……後ろの男たちが本当に乱暴しちゃいますよぉ?」


「ちょっと!」


「ぐるるぅ!」



 黒い翼に尻尾の少女と銀狼が前に出た。エヴリルは剣の鞘に左手を置いて警戒を露わにする。ボロックが獰猛に牙をぎらつかせた。



「何だか分からないけどやるならやるわよ!」


「失せろ人間ども! 我の牙で引き裂かれたいか?」



 バルトバは演技がかった仕草で後ずさった。両手のひらを胸の前に掲げる。



「おおっとー! 本当に乱暴するんですか? いいんですか? 私たちは毎日来ますよ? 貴方たちが仕事に行っている時、買い物に行っている時、寝ている時! 私たちはここに来て、騒ぎ立てますよ? そして貴方たちをここに住んでいられなくします。それでも良いんですか?」



 エヴリルの眉間に怒りの筋が浮き出る。



「何ですって!」


「ぐるるぅ、この野郎、ふざけやがって」



 ボロックは今にも飛びかかりそうだ。



「待て、みんな」



 とりあえずこの場を収めよう。



 右手を開いて仲間たちに静止の合図を送る。「ステータスオープン」その中から銭袋を取り出した。昨日、グランドゴブリンメイジから魔石が採れていて本当に良かった。換金して金貨8枚の儲けが出ている。俺は……金貨5枚と大銅貨2枚を握る。



 バルトバが右手のひらを顎に当てる。



「あら、バステットさん、話が分かりましたか?」


「バルトバさん、金は払います。だけど、契約はこれっきりです。その契約を破棄させていただきたい」


「ダーメです」


「じゃあ支払いません」


「仕方がありませんねえ。はっはっは。バステットさん、ではこうしましょう。成功報酬の価格を引き下げます。金貨一枚から、銀貨一枚にしましょう。20分の1の金額ですよ? 良かったですねぇ! バステットさん。ぶははっ」



 客が一人来たら銀貨一枚だと? それだと赤字になりかねない。飴の袋の値段は一つにつき大銅貨二枚だからな。一人の客が袋を五つ買ったしても儲けが無いってことだ。馬鹿馬鹿しい話とはこの事である。



 ダメだこいつ、狂ってやがる。スマホがあれば110番を押したいところだ。おまわりさん犯人はこいつです。



 俺は眉間にピクピクとしわを寄せて、硬貨を手渡した。くそぅ、悔しいったらありゃしない。



 エヴリルとボロックが慌てて叫ぶ。



「ちょっとスティフ!」


「スティフ、払う必要はないぞ!」


「いいんだ! お前ら」


「ありがとうございまーす」



 バルトバはクスッと馬鹿にしたように笑って、硬貨を自分の銭袋に入れた。そして後ろの護衛に声をかける。



「ではみなさん、行きましょうか」


「おう」


「へい」



 相手方三人が歩いて行く。坂を下って行ってしまった。やがて背中が見えなくなる。



 俺はため息をついて、右手で額を押さえた。ちくしょう、大変なことになっちまった。どうすりゃあいいんだこれ。



 ゴスロリ服の少女が肩をいからせて訴える。銀狼も瞳を鋭くしていた。



「スティフ、どうしてお金を支払ったの!?」


「ぐるるぅ、そうだぞスティフ、あんな奴ら、ここで八つ裂きにすれば良かったものを!」


「スティフ、大丈夫ですか?」



 シノが近づいて、心配そうに俺の腕に触れる。俺は顔を振って、それからみんなに視線を配った。こうなったら仕方無い。



「みんな、この事は弁護士に相談するぞ」


「弁護士って何?」



 エヴリルの眉が疑問そうに跳ねた。



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