103 野良犬にフード
「不味い! まずいわ!」
ピンク色の髪の少女が、俺の再度作った料理、ツァレッサ(チャーハンにチーズを入れたような料理)をスプーンで口に運び、まずいまずいとほざきやがる。
だけど、おうおう食べてるわ食べてるわ、どんどん食べてる。ガツガツ食べている。
おいお前、不味いんならそんなガツ食いするなよな。
しかし彼女はどかどかと口に運んでいる。その様子はどう見たって美味しそうだ。ウマいなら素直にウマいと言え。
食えば食うほどに彼女の体の傷がふさがっていく。ああ、やっぱりこいつは人間じゃない。魔獣だ、間違いない。自己治癒力が半端ないからな。
いま唐揚げも揚げている。焜炉の上では大きな黒い鍋にコロモのついた鶏肉がジューと音を立てていた。うむ、良いキツネ色だ。
俺はキッチンペーパーに唐揚げを上げつつ、背中を向けたまま聞いた。本当は、あんまり聞きたく無いんだけどな。デリケートな話題につながるかもしれんからさ。
「で、お前は何があったんだ?」
塩を一つまみ、唐揚げに振りかける。
「話したくない」
「そうか。じゃあ言わなくて良い」
「……ふ、ふーん」
「で、お前はどういう存在なんだ? 人間なのか?」
「人間な訳ないじゃないの。この翼と尻尾を見て分かんないかな。あたしは誇り高き魔人族よ」
コスプレ少女じゃなかったのか。そりゃあそうだ。
肉がこんもりと盛られた皿を持って、俺は正面を向いた。テーブルに唐揚げを出してやる。ほら、たんと食え。お肉だぞ。
「魔人? お前は魔獣なのか?」
「その呼び方は嫌い」
黒い翼に尻尾の女の子が唐揚げにフォークを突き刺す。刺した穴から肉汁がジュワッと溢れた。かぶりつき、美味そうに頬を染めてやがる。左手のひらを頬に置いてふにゃっと口の端を緩めた。
「うーんっ」
ああ、これだからガキは可愛い。
テーブルの椅子に俺は座らなかった。彼女はまだ警戒しているだろうからな。だから距離を置いて、立ったままシンクに背中をつける。
「お前、今日行くところあるのか?」
「無いわ」
「ふーん」
「何よ」
「いや、何でもないよ。それよりお前、外は雨が降っているし、今日は泊まっていくか?」
「人間の家なんかに泊まれる訳ないじゃない!」
ピンク色の髪の女の子が次々に唐揚げを頬張る。おいおい、丸のみじゃねーか。落ち着いて食えって。いや、マジでさ。喉つまらせて死ぬぞ。ちなみに死んだらマジ迷惑。いや死なせやしないけどさ。
やがて少女は全ての唐揚げを食べきった。プハーと息をつく。コップに両手を伸ばして水をゴクゴクと飲んだ。
「あははっ、ご馳走様!」
勢いよく席を立つ。椅子がズゴッと音を立てた。そして玄関へと速足で歩いていく。木製の扉を開いた。
「バイバイ!」
「ああ、またな」
扉がバタンとしまる。
ため息が出た。お前、この雨の中どーすんだよ。外を歩いたら風邪引くぞ? それとも魔獣には雨耐性があるのか? 知らんけど。
そう言えば、彼女に泊まるか? と声をかけたのではあるが肝心な寝る部屋が足りない。
このアパートはリビングとダイニングとキッチンがくっついている。部屋は2ルームあるのだが、片方は倉庫になっていた。物を置きすぎていて入るにも窮屈である。足の踏み場が無いとはこのことだ。
これから魔獣を何人か飼うのだから、もう一つ部屋を片付けないといけないな。
そんなことを思いつつ、食器を洗いだした。ちなみにこの町は上下水道が通っている。電気やガスは無いのだけれど。
作業をしていると、玄関の扉がゆっくりと開いた。先ほどのピンク色の髪の少女が顔を出す。殊勝な顔つきで声を震わせた。
「ごめんね、さっきはありがとう。本当はすごく美味しかったの。これお代だから、バイバイ」
銅貨三枚を床に置いて扉を静かに閉める。銅貨一枚の価値は日本で言うところの百円である。
可愛いことするんだな。というか、お前金持ってたのな。
苦笑しつつ、銅貨三枚を拾う。銭袋を取り出して中に入れた。ちなみに食材費は銅貨三枚じゃ足りない。まあ、どうでも良いことである。
バイバイ、か。
さて。
倉庫となっている部屋の掃除でも始めるとしよう。
……。
その後、整理作業は朝までかかってしまった。ところどころにほこりが溜まっていたり、カビが生えていたりしたせいだ。全部除去してやったぜ。おかげでピッカピカだ。広さは十畳ほど。
寝なかった理由は他にもある。まだ名前も知らないあの少女がまた来るかもしれない。そう思っていたからだ。
もしかしたら、泊めてくれとまた訪ねてくる気がしていた。まあ、実際そんなことは無かったのだけれども。
朝食を作っていた。トーストに特製の卵ソース(これがウメェんだ)とハム、レタスを挟んだ簡易サンドイッチだった。それを二人分用意してテーブルに並べる。水コップも用意した。
一人分はあの娘用である。馬鹿だな俺、もう来ないって言うのに。
……バイバイって言ってたもんな。
そんなことを思っていると、後ろで玄関から音がした。控えめに開かれた隙間から例の彼女が顔を覗かせている。唇をすぼめてチラ見している。
おいおい可愛いな、扉から顔の四分の一だけ見せるとか、くせ者かよ。昨夜はあれから泣いたのか、彼女は目が赤く腫れていた。泣いた理由は知らんけど。
俺はわざとらしくため息をつく。やれやれ、野良犬が帰って来ちまったよ。とんだめーわくだから早く座れ。
「メシあるぞ? 早く入って来いよ」
「本当!?」
彼女の顔がパアッと明るくなる。向日葵のような笑顔。まだ春だけどな。そっと入って来て、俺の対面に腰かける。座り直してスカートのしわを伸ばした。
赤のインナーに黒のアウターが重なったロリータ系ような服。バッチリ似合ってんじゃん。だけど少しだけ雨に濡れていた。お前、寒くないのか?
俺はクスクスと笑った。いじわるをこぼす。
「そのサンドイッチは一枚で金貨一枚だ」
「昨日払ったもん」
彼女が両手でサンドイッチを持つ。カプとかじりついた。幸せそうに目じりが緩む。ウマいようだ。
「たったの銅貨三枚だったと思うがな」
「あたしの銅貨は金貨なの。それより、どうしてあたしの分もサンドイッチを用意してくれたの?」
「違う。二つとも俺の分なんだ」
「嘘ね。あたしの分までどうもありがとう、でも人間は嫌い」
彼女がぺろぺろっとサンドイッチを一つ食べてしまう。味が気に入ったようで、嬉しそうに頬をつり上げている。こいつ、思ったことが顔に出やすいようだ。
まあ俺の特性卵ソースだからな。どうだ、ウマいだろう。
彼女はニヤついている俺の顔を見てどう思ったのか、目をつむって顔を恥ずかしそうに赤くした。コップに両手を伸ばしゴクゴクと飲む。フゥと息をついた。
そろそろ聞いても良いよな。俺は何気なくつぶやいた。
「お前、名前は?」
「人に聞く前に自分から名乗るものよ」
「俺はスティフだ。そう名乗っている」
「そう名乗っているって何? 変なの」
「いや、気にしないでくれ。とにかく俺の名前はスティフ・バステットだ。スティフで良い」
「ふーん。あたしは……」
彼女が目を伏せた。何か、思い出したくないことを考えているような、そんな目つき。
まあ、名乗りたくないのなら、それでも良いけどよ。人間にひどいことされたんだろ? お前はさ。恨んでいるみたいだからな。そう言ってたもんな。
だけど、
「エヴリルって呼びなさい」
「……そうか。エヴリル、サンドイッチはウマいか?」
「すごく濃厚なソースなのね。気に入ったわ」
「俺は料理人だからな」
「そうなの?」
「ああ、昨日までそうだった」
「ふーん、昨日まで? ……この人良い人みたい」
「ん? 何て言った?」
「な、何でもないわ」
「言っとくけど、そのサンドイッチは有料だぞ」
彼女は最後の二枚目も食べ終えて、もじもじと太ももを動かした。唇を若干すぼめる。いたずらっぽく瞳を揺らした。
「お金は……もう持ってないの」
おいおい。昨日の銅貨は全財産だったのか? そりゃあ気の毒な話だ。
「じゃあ働いてもらう」
「夜の相手だけは嫌!」
エヴリルはぎゅっと顔を歪めた。
……唖然とした。こんな年端も行かないような体形の女の子に、前に一緒にいた人間は夜の相手をさせていたのだろうか?
クソ野郎め。いつか会ったら叩きのめしてやる。
あらん限りの優しい声音で俺は語りかけた。
「大丈夫だ。魔獣のお前にとって最も得意なことをしてもらう」
「ん? 肩たたきなら得意よ」
「いや、肩たたきじゃなくってだな」
「遠慮しないの。本当に上手なんだから」
椅子から立ち上がり、彼女が俺の背中に回る。ポンポンとリズミカルに肩を叩き始めた。こりゃあ心地が良い。それに女の子にされるのは良い気分だ。
「えへへ、上手いでしょ?」
彼女の吐息が耳にかかる。ちょっとくすぐったいな。俺は頬を赤らめながらコップの水に手を伸ばした。
「ああ、上手いな」
「有料よ」
「いくらだ?」
「白金貨100枚だよ」
「それはぼったくりだな……」




