207 グランドゴブリンメイジ
翌日。ダンジョン地下19階。
ティルルは家に置いてきてある。彼女は戦闘要員では無いからな。今日は売る飴も無いので、家の掃除を言い渡しておいた。ていうかメイド服に掃除って似合いすぎだろ。まるでメイドだ。いや、メイドじゃないんだけどさ。
相変わらず淡光石に囲まれたじめじめとした地面。だけど奥からハーブの爽やかな香りがする。どうやらこの階にもハーブが群生しているポイントがあるようだ。よっしゃあ、採ってやるぜ。
出現しているモンスターはゴブリンメイジだった。今、目の前に二体いる。緑色の肌をした背の低い魔物。木の杖を持っており、無詠唱のファイアーボールを撃ってくる。魔法耐性の強い服を着たエヴリルが火球を避ける。
おのずとこちらに飛んでくる火の玉。俺とシノは両サイドに開いて回避した。おいおい危ねえな。当たったら丸焼けだぞ。
「おい、エヴリル、避けるな」
「何でよ! おニューの服が燃えちゃうわ」
「その服は魔法耐性が強いから大丈夫だ。火の玉を体で受け止めてくれ」
「い、嫌よ」
「ダメだ」
「あたしが燃えちゃうわ」
「燃えないから、思い切ってガードしろ」
「本当!? で、でも、怖いわね」
ゴブリンメイジの片方が「ギキィー」と笑うような声色を響かせて、また杖が光る。ファイアーボールを撃ってきた。
「このっ!」
赤ピンクのロリータ服がファイアーボールを胸で受け止める。瞬間、彼女の前に灰色の盾のグラフィックが起こった。盾とぶつかり、ぼふんと音を立てて火の玉が消化した。
さすがはユメヒツジ製の服である。それにしてもこういう仕掛けなのか。ついにエヴリルもタンクデビューだ。火力タンクってことになるのか?
銀狼が唱えた。
「――ウインドムーヴ」
「グルルオオォォオッ(詠唱したようだ)」
ボロックの足下が緑色の渦に包まれる。そう言えばこの一ヶ月で、魔獣たちは新しいスキルをそれぞれ一つずつ覚えたんだよな。家霊様さまさまである。
移動力の上がったボロックが走る。洞窟の周囲を駆け回った。一筋の銀光となって、ゴブリンメイジの首に噛みつく。そのまま噛みちぎった。
「キキャーッ!」
「せえい!」
エヴリルも剣を振る。エヴリル斬りである。もう片方のゴブリンの首から脇腹を一刀両断した。噴出する血しぶき。上がる悲鳴。さすがはエヴリル斬りである。
「ギギャー!」
「よし、奥に進むわよ」
「ぐるぅ、そうだな」
「二人とも、慎重に進めよ」
俺はゴブリンの肉をナイフで採取しつつ、注意を呼びかける。
「分かってるわ」
「うむ、ゆっくり行こう」
二人が歩き出す。距離を置いて、俺とシノが追いかける。
それから、ゴブリンメイジ狩りはすいすいと進んだ。やはりユメヒツジの服の恩恵が大きい。だけど悲しいかな、ゴブリンメイジをいくら倒しても、金にはならんだ。せめて、魔石つきの魔物が現われてくれると良いのだが。
そんなことを思っていると、洞窟の奥から地響きのような声が聞こえてきた。
「キキイィィイイイッ」
「何だ?」
「今の!」
「ぐるるぅ」
「スティフ、怖いです」
のっそりのっそり歩いてきたのは、老人のような図体のでかいゴブリンメイジだった。グランドゴブリンメイジとでも呼ぼうか。ボスである。その姿はかなり気味が悪い。額に赤い魔石が埋め込まれている。マジか! 魔石つきのモンスターである。初めて見た。
「スティフ、魔石よ!」
「ぐるるぅ、カモネギが来たぞ」
「これを倒せば、儲かるです」
「みんな、飴を食え!」
俺の指示に従い、黒い翼と尻尾の少女がアタックキャンディをポケットから二つ取り出す。一つを自分の口へ、もう一つをボロックの口に入れた。シノもマジカルキャンディ唇に含む。
さあて、倒さなきゃいけないな。だけど倒せるだろうか? ううむ、びびっていても仕方無い。びびるな俺の心。
シノが唱える。精霊少女の本気である。両手で杖を掲げ、呪文を響かせる。一陣の風とともに白いスカートが揺れた。
「――水圧弾」
「水清ければ月宿る。立ちはだかる壁を打ち砕き給え」
「ギキイィィィイイイッ」
木の杖から大きな水の弾丸が射出された。エヴリルとボロックが脇にどく。弾丸はグランドゴブリンに命中して爆発した。否、命中する寸前にボスはバリアを張ったようだ。爆風が洞窟に轟く。
シノの顔が強ばる。悔しそうな表情だ。弱ったような声色で、
「ごめんなさい、防がれました!」
「シノ、下がってて」
「ぐるぅ、我らでやろう、エヴ」
「気をつけろよ、お前ら」
俺は声を張った。頼むぞお前ら。
ピンクの髪色の少女が走る。剣を胸に構え、グランドゴブリンメイジの顔面を突き刺そうとした。
ガツンッ。
茶色いバリアに防がれている。ちっ、あのバリア邪魔だ。何とかならないだろうか。
「キシャアァァアアー!」
ボスモンスターが杖を振る。ファイアーボールよりも一回り大きな火球が射出された。エヴリルを襲う。
ボフンッ。
エヴリルの目の前に出現した灰色の盾とぶつかって火球は消化された。わお、ユメヒツジの服って強えーのな。本当に買い与えて良かったと思う。着ていなきゃ今ごろ彼女は焼き鳥だ。いや、焼き魔人なのか?
そんな間にも銀狼が洞窟の壁を走り、グランドゴブリンメイジの背後に回っていた。ナイスだボロック! 狼が唱える。
「――毒牙」
こいつも新しいスキルを覚えたせいか無詠唱で行使できるようになっている。紫色に光る獰猛な口。その牙でボスの腕を切り裂いた。
洞窟に千切れ飛ぶボス左腕。ドロドロと出血している。グランドゴブリンメイジは毒にかかったようで濃い緑色に肌が変色した。動きが遅くなる。悲鳴が上がった。
「ギギョオォォオオオオッ」
今だ、敵のバリアが消えている。
「チャンスッ!」
エヴリルが剣をゆったりと構え。それを振りかぶった。バネのようにしなる体。弓矢のように射出される斬撃。その全てが美しい。唱えた。
「――鳳凰剣舞」
三つの火の刃がグランドゴブリンメイジを切り裂いた。一気に肉塊へと変える。凄まじい威力である。というか最強キャラじゃねーかエヴリルって? 何て言っても魔人族だしな。
「ギギョアァァアアアアッ」
間抜けな断末魔を響かせて、ボスが討伐されたのだった。俺は近くにより、その額に埋め込まれている赤い魔石に触れる。かなりの大振りだ。これを売ればいくらになるんだ? 分からんけど、うはは、ウマウマである。
エヴリルが両手を腰に当てて無い胸を張った。戦闘後なのでちょっと息が荒い。自信に漲る瞳。凜々しい笑顔を浮かべた。
「やったわ! 魔石ね」
「ぐるるぅ、これはいいぞ」
「二人とも、ありがとうございます」
翡翠の髪色の少女が申し訳なさそうに礼を述べた。彼女はあまり活躍できなかったからな。
全員がグランドゴブリンメイジの死体の周りに集まる。俺はナイフを取り出して、魔石を傷つけないように慎重に採取した。手のひらよりも大きいそれをステータス画面にしまう。よっしゃー、これでローンが払えるぜ。何ヶ月ぶんだ?
「ありがとう、みんな。よし、もう少し狩りをして、その後で昼食にしようか」
「昼食って、まさかゴブリンの肉?」
黒い翼と尻尾の少女が怪訝に眉を寄せる。
「そうだぞ」
「げえー」
「食ってみたら案外美味いかもしれないぞ? 見た目で決めつけるな」
「げえー」
「大丈夫だ。美味しく料理するからな」
「美味しく料理してくれるの?」
「ああ」
それからも洞窟を行進する。途中、ハーブの群生を見つけて採取した。これでまた、ハーブ飴を100個以上作れそうだ。ありがたいことこの上ない。今日は何てラッキーな日なのだろうか。
それから昼食にした。ゴブリンの肉の唐揚げと刺身を出してやる。他にもパンとシーザーサラダ。エヴリルとシノは刺身に手をつけなかった。だけど食ってみるとコリコリとした食感でとても美味い。ボロックと一緒に刺身を味わったのだった。気分が良くってワインの瓶をそのまま煽る。
よし、今日は20階まで行こう。気分が乗っていた。ノリノリだ。




