205 契約書
ピンクの髪色の少女と並んで歩く。
目指すはダンジョン前の冒険者ギルド支部である。カウンターに商品として飴を置いてもらえるよう頼むのだが、上手く行くだろうか? まあ、話してみないと分からないよな。門前払いだったりして。分からんけど。
ふと、左隣を歩くエヴリルが俺の左手を握った。ん、どうした?
「エヴリル?」
「何よ」
「いや、どうして手をつなぐのかと思って」
「い、いいじゃない。従者として、主人と手をつなぐのは普通のことだわ」
「ははは、お前、俺と手をつなぎたいのか?」
「だ、だって、最近甘えてなかったもん。からかわないでよ」
「手をつなぐぐらい、お安い御用だが」
「ふ、ふーん、じゃあ、お願いするわ」
「エヴリルは可愛いな」
何気なくつぶやいた言葉に、黒い翼と尻尾の少女が顔を赤くする。バタバタを揺れる尻尾。期待に揺れる瞳。はにかんだ笑顔でつぶやいた。
「そ、そっか。スティフは、あたしが可愛いんだ」
「ああ、可愛いぞ」
「それは従者としてなのかしら? それとも、一人の女として?」
「もちろん従者としてだ」
「そ、そうなんだ……私の気持ちはスティフが主人としてじゃないのに」
「ん? 何て言った?」
「な、何でも無いわ」
「そうか」
二人で手をつなぎながら冒険者ギルド支部を目指す。やっと見えてきた。木製の直方体。小綺麗な外観。玄関にたどり着き、中へと入る。その際、エヴリルと手を離した。
「もう着いちゃった」
甘ロリ服が残念そうにぼやく。おいおい、お前甘えんぼだったんだな。そんなところもかわゆいのであるが。今度からもう少しかまってやることにするか。まあ、時間の空いた時にでも。
木製の床を歩き、カウンターを目指す。室内には数人の冒険者たちがいて、会話をしている様子だった。彼らはこれからダンジョンへ行くのだろうか?
受付係の妙齢の女性に俺は挨拶をする。
「こんにちは」
「はい、どうもこんにちは。どう言ったご用事で?」
「あの、相談があるんだが」
作ってきた飴の袋をカウンターに置いて、俺は売って欲しい旨を伝える。彼女は怪訝な瞳でこちらを眺めた。怪しんでいるようだ。飴の袋を取り出して、俺はその効用を力説する。
「この飴、アタックキャンディを舐めれば身体能力が上がるんです。こちらの飴、マジカルキャンディは魔力向上、ヒールキャンディは疲労回復です。ダンジョンハンターの皆さんに使ってもらえれば、狩りが捗ると思うんです。よかったら試しに一つ、舐めていただけませんか?」
「貴方、お名前は?」
「スティフ・バステットと申します」
「へえ、バステットさん。では、飴のサンプルをいくつかいただいてもよろしくて? 私の独断で今すぐ決める訳には参りません。上と会議して、掛け合って決めることになります」
「そ、そうですか。お願いします。そうだ! おば、お姉さんにはヒールキャンディを三袋プレゼントします」
「おば? まあ、聞かなかったことにしましょう。分かりました、いただきます。また来週にでも顔を出してください」
「分かりました」
そして俺はそれぞれの飴を五袋ずつ提出した。お姉さんにはヒールキャンディを三袋プレゼントする。上手く行けば、このギルドで爆売れするかもしれない。俺はひそかに心の中で微笑んだ。後は上手く行けば良いのであるが。
「ご用事はこれだけですか?」
「あ、はい。これだけです。ありがとうございました」
「結構。では行ってください」
「はい」
俺はカウンターに背中を向ける。エヴリルが心配そうな顔つきで眺めていた。不安に揺れている瞳。両手をグーに握っている。
「スティフ、どうだったの?」
「ああ。会議にかけてもらうことになった。上手く行けば、ここで飴を売ってもらえることになりそうだ」
「それなら良かったわ」
「ああ、本当にな」
「儲かりそう?」
「まだ分からん。来週に分かるそうだ」
ふとメガネをかけた白いスーツ姿男性が近寄ってきた。線の細い体つきからして冒険者では無い。だけど独特の雰囲気があった。面の皮が厚そうな、と言えば良いのだろうか? 商人か政治家のような雰囲気だ。ちょっとこわい。
「こんにちは。話は聞いていましたよ。バステットさん、すごく価値のある商品をお持ちなようで」
「あ、はい、こんにちは。貴方は?」
「私はバルトバ・エンデルセンと申します。ええ、商人です」
「そうですか。バルトバさん、俺たちに何か用事ですか?」
「はい。実は貴方に朗報があります。ちょっとこちらに来てください」
白のスーツが背中を向けて歩いて行く。俺とエヴリルは顔を見合わせて首をかしげた。とりあえず男について行くことにする。
ギルド支部のテーブルの椅子に向かい合わせで座った。エヴリルは俺の隣である。
バルトバは語った。
「実は私、冒険者ギルドと商人ギルドに顔が広くてでしてね。貴方たちの商品を是非、宣伝させて欲しいのです」
「宣伝してくれるんですか!?」
「はい。一日100人に宣伝できます。ただし、一日のお代金は大銅貨一枚です」
「……大銅貨一枚で100人か」
高いのか安いのか判別がつかない。なんせ俺は商人として駆け出しだからな。だけど一日100人に宣伝してくれれば、十日で1000人である。十日後には飴玉が無くなるぐらい売れているのかもしれない。だとすればウマい話である。だけど、
「はい。どうでしょう、バステットさん。私と契約を結んでみませんか?」
「話がウマすぎるな。どんな裏があるんですか?」
「はは、裏などありません。私はただ、皆さんをお助けすることで、人とのパイプを作りたいだけなのです」
「あんたはまだ飴の効用を試していないと思うが、それでもその話を持ちかけるのか?」
「いいええ、大丈夫です。先ほどカウンタ-での自信のありそうな口ぶりから、飴は実践的に効果があるのだと、確信しました」
なんだろう。緊張で腹が痛くなってきた。トイレに行きたい。
「契約書はあるんですか?」
「はい、ここに。ステータスオープン」
その水色の画面から、バルトバが契約書の紙面を取り出してテーブルに置く。俺はその書面をじっくりと読んだ。特に怪しい点はない。そして確かに、バルトバは一日につき100人に宣伝する、と書いてある。一日につき俺は大銅貨一枚を払う。
バルトバがにやりと笑った。その笑みがどこか怖い。底冷えするような表情だった。何だ? この違和感は。
「どうですか? 良い取引だと思いますが」
「そうですね。ですが待ってください」
俺は腹を右手で押さえた。
「ちょっと腹が痛いんで、トイレに行って来ても良いですか?」
「ええ。行ってきてください。どうぞごゆっくり」
俺は立ち上がり、エヴリルを残して歩いて行く。建物のトイレへ行って用を足した。どうしても心が浮き足立つ。契約を結べば飴が爆売れするかもしれん。そしたらローンの支払いも怖くない。魔獣のみんなにはもっともっと美味しい食事を出せるだろう。エヴリルのやつ、喜ぶぞう。
トイレを出て、テーブルに戻ってくる。あれ、と思った。バルトバの姿が消えている。エヴリルが瞳をキラキラとさせてこちらに顔を向けていた。素敵な笑顔。くりっとしたチャーミングなつり目。おい、お前まさか。
「エヴリル、バルトバさんは?」
「スティフ! 契約書にサインしておいたわ。そしたらあの人、行っちゃった」
「うおいっ」
俺はびっくりとした。お前、何やってんだ……この馬鹿。
だけどまあ書面には目を通したし、サインしようと俺も思っていたので問題は無いんだろうが。だけどさっきの違和感が気になる。
「何よ。良いじゃないの、別に」
「エヴリル、次回からは契約書に自分でサインしないでくれ」
「どうして?」
「危ないからだ」
「何が危ないの?」
「悪徳商法だったらどうする?」
「え、悪徳商法だったの? 今の」
「分からん。まあ大丈夫だとは思う。だけど、サインは俺に任せてもらえるか?」
「わ、分かったわ」
「よし、良い子だ」
ピンク色の髪をなでりこしてやる。エヴリルは機嫌を良くしたようで笑顔を浮かべた。ゆんゆんと揺れる黒い尻尾。薄紅色に染まる頬。彼女は立ち上がり、椅子を戻した。
「それじゃあ、市場に戻るの?」
「ああ、行くぞ」
「じゃ、じゃあさ、今度はおんぶして欲しいわ」
「さすがにおんぶはダメだ」
「何でよ、ケチー」
「ケチじゃないだろ」
俺はその尻をぺちんと叩く。甘ロリ服の少女が恥ずかしそうにお尻を両手で押さえる。
「もうっ、お尻を叩かないでっ」
「ははは、行くぞ」
「エッチ!」
「エッチじゃない」
「お尻を叩くなんて、エッチエッチエッチ!」
「いいから行くぞ」
「もう~」
そして俺たちは冒険者ギルド支部の建物を出た。市場へと戻る。




