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204 商売


 商人ギルドへ行って露店出店の許可をもらう。



 また面倒くさい手続きがあり、いくつかの紙面に個人情報を書き込むことになった。晴れて駆け出しの商人に俺はなる。市場に露天を出すためには場所代がかかるようだった。一日につき大銅貨一枚。まあこれぐらいなら仕方の無い出費と言える。



 ちなみに、人目につきやすい場所ほどお代が高いようだ。



 商人バッチをもらった。それをエヴリルの左肩につけてやる。



「どうしてまたあたしにつけるの?」


「これをつけると移動速度が上がるからだ」


「ふ、ふーん。そうなのね?」


「ああ、これでお前もモンスターをバッタバッタ倒せるぞ」


「そ、そうなの!? あ、ありがと」


「気にするな」


「やったわ!」


 

 とても嬉しいようで頬がピンク色に染まっている。黒い尻尾がふりふりと揺れる。足取りが弾んでいた。



 可愛いからつけただけである。



 さて。



 市場の片隅にゴザを敷き、キャンディー入りの茶色い袋を並べる。手持ち看板を作ってきてあった。



【戦闘用キャンディ売っています】



 看板をティルルに持たせてゴザの真ん中に正座させる。もちろん靴は脱がせた。



 味見用のヒールキャンディを大きめの器に盛ってゴザの一番前に置く。これは無料だ。



 辺りは人通りが多い。がやがやとしている。だけど、はて、客が来ないな。そりゃあそうか。宣伝しないと来るはずない。まずはキャンディーの存在を人に知ってもらうところから始めなければいけないのだった。俺は魔獣たちに指示を出す。



「お前たち、いいか? 声を張れ。こう言うんだぞ……」


「戦闘用キャンディ売ってますって、叫べばいいの?」とエヴリル。


「大きな声を出すのは、ちょっと恥ずかしいですぅ」とシノ。


「ぐるるぅ、シノ、これも仕事だ」とボロック。


「分かりました」とティルル。



 それからみんなで声を張って宣伝をした。



「「戦闘用キャンディー売ってまーす!」」



 通り行く人々がちらちらとこちらを見る。興味を持って近づいてくる人もいた。太っちょのおばさんである。味見用の無料飴を舐めて目を輝かせている。



 応対するのはもちろんメイド服の少女だ。他のみんなは脇にどいた。



「すごく美味しいね、このヒールキャンディって言うの。お嬢ちゃん、値段はいくらするんだい?」


「袋に三つ入りで銀貨一枚」


「あんたそりゃあ高いよ。たかだか飴だろう? 大銅貨二枚にならないかい?」


「ならない」


「ふーん、じゃあ買わないよ。もっと値段を下げた方がいいと思うよ。それじゃあね」


「さようなら」



 太っちょのおばさんが顔をしかめて去って行ってしまう。



 俺はため息をついた。くそう、銀貨一枚じゃ高いってのか? それだけの価値はあると思うんだが。



「スティフ、高いみたいよ」とエヴリル。


「もう少し値段を下げてみたらいかがですか?」とシノ。


「ぐるぅ、スティフ、銀貨一枚は確かに高いと思うぞ」とボロック。


「そうだなあ」



 顎に左手を当てて考える。とりあえず数を売って、知名度を上げなければどうしようもない。口コミに期待である。仕方無いな、ここは値下げだ。飴はいっぱいあるしな。大安売りの気持ちで、大銅貨二枚にしてみよう。



 その事をティルルに告げる。だけど、それからぱったりと客は来なかった。魔獣たちが叫べども叫べども通りすがる町民たち。ちくしょう、商売って難しいなあ。



 赤黒のロリータ服のお腹がぐーと鳴った。顔を赤らめて空腹を訴えるうちの大黒柱。恥ずかしさを紛らわすように大きな声で宣言した。



「スティフ、お腹空いたわ!」


「私も空きました」


「ぐるぅ、そろそろ昼食時だな」


「……うん」


「よし、飯にするか! ステータスオープン」



 画面の中からマドラーニ(ハンバーグ)サンドとフライドチキンを取り出して三人と一頭に配る。冷めているが大きめの肉。金銭的に困っていても食事だけは美味いものを食わせてやりたい。食べ物に手を抜いたら気持ちまでひもじくなっちまうからな。



 みんなで昼飯を食べていた時だった。露店の前に一人の美人さんが通りかかる。グレーのブラウスに白いマントを羽織った金髪の女性。飴に興味を示したのか、こちらへと近づいてくる。彼女が唇を開く。俺たちは脇に寄った。ティルルが応対する。



「こんにちは」


「ども」


「このキャンディ、一つ舐めてみてもよろしいですかぁ?」


「どうぞ」


「ありがとうございますぅ」



 セミロングの金髪の女性が口の中で飴玉をコロコロと転がして「あら」とつぶやいた。どうやらハーブが入っていることに気づいたようだ。



「これはフランチェルのハーブですねー。でもでも、苦さがすっきりと取れていますわ。とっても美味しいですー」


「……ども」


「その茶色い袋には、飴玉がいくつ入っているんでしょうかー?」


「三個。他にも、アタックキャンディとマジカルキャンディがございます」


「ふむふむ。それはつまり、ハーブのヒートレッドと、バックレイスを飴玉にしたものでしょうか?」


「そう」


「おいくらですか?」


「一袋大銅貨二枚」


「なるほど! 妥当な値段ですね。じゃあ、フランチェルの飴玉入りの袋を、お一ついただいてもよろしいでしょうか?」


「はい」



 金髪の美人さんは銭袋を取り出して硬貨を支払う。初めて飴が売れた瞬間だった。何だかすごく嬉しい。俺は気になって声をかける。



「あの、あんた、どこぞの貴族さまか?」



 マントを羽織っている町民なんてそうそういない。手入れの行き届いた流れるような金髪。薄化粧をした美人顔。質も良い服装。どっからどう見たって金持ちの令嬢だ。



 彼女はにっこりと微笑む。



「はい。わたくし、このバルクレイツで領主をしております。ミルフィ、と申しますわ。以後、お見知りおきを」


「りょ、領主様ですか!?」



 びびった。どうして真っ昼間の市場に領主がいるんだ? ま、まあ、たまたま通りかかっただけなのかもしれない。



 ふと閃いた。この人なら力になってくれるかもしれない。一縷の望みを抱いて俺は相談を持ちかける。



「そうでしたか。あの領主様」


「ミルフィです」


「……領主様、あの」


「ミ、ル、フィ」


「ミルフィ様、あの」


「はぁい」


「実は、商品が売れなくて困っていまして」



 ミルフィは人差し指を頬に当てていたずらっぽい顔をする。



「それは宣伝が人々に行き届いていないからでは無いでしょうかー。流通の入り口はまず目に留まるところから。物の価値は高いと思いますので、宣伝すれば、売れる、と思いますわぁ」


「そうですか。宣伝の効果的な方法って、何かありますか?」


「そうですねー。商人ギルドに相談したり、それこそ戦闘用のキャンディなのですから、冒険者ギルドのカウンターに置いてもらえるよう相談してみたり、すると良いかと思います。ですがー」


「はい」


「……世の中には悪い人もいます。貴方、どうかお気をつけくださいね」


「あ、はい。ご忠告痛み入ります」


「はぁい。ではわたくしはこれで」



 ミルフィは白いマントをさっそうと翻して行ってしまった。サラサラと流れる金色の髪。角を右に曲がって姿が見えなくなる。



 俺は顎を小刻みに上下させて、納得した。そうか、冒険者ギルドのカウンターに置いてもらえるよう頼めばいいんだ。これは盲点だ。それこそダンジョン前の冒険者ギルド支部の建物なら、ダンジョンハンターたちがこぞって買ってくれるかもしれない。



 俺は魔獣たちに告げた。



「みんな、俺は今からダンジョン前の冒険者ギルド支部へ行ってくる」


「あたしも行くわ」



 エヴリルが頬をつりあげる。凜々しい顔つき。少しだけ心配に揺れている瞳。俺の一人歩きを懸念しているのだろうか。だけどどうやら着いて来たいようだ。



「そうか、じゃあエヴリルは着いて来い。シノ、ボロック、ティルル、お前たちはここで商売を続けてくれ。できるか?」


「午前中と同じようにすれば良いですか?」



 シノが少し不安そうに眉を八の字にした。



「ああ、頼めるか?」


「わ、分かりました」


「ぐるぅ、スティフ、すぐ戻ってくるのか?」



 おすわりをしているボロックが尋ねる。俺は右手の親指を立てた。



「ああ、用事が終わり次第すぐ戻る。ティルルも頼んだぞ」



「はい」


「よし、行くぞエヴリル」


「分かったわ!」



 ピンクの髪色の少女が頼もしそうに頷いた。黒い尻尾が嬉しそうに揺れている。口の端をつりあげて笑顔だ。二人で並んで歩き出す。


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