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203 ティルル

 朝食を食べた後、みんなで魔獣ギルドへ行く。



 レンガ張りの大きな建物。三角屋根のてっぺんには小さな赤い竜の像がやはり乗っかっている。最初はその像をダサいと思ったが、何度も見ると愛着が湧くよな。可愛いとすら思う。いや、初めて見る人にとってはダサいんだろうけどさ。



 ギルドの前で人々が揉めていた。うわ、リザードマンがいる。でっけーなあ。歩く巨大な爬虫類である。そのリザードマンと、体格の良い男二人が一人の少女を突き放している。



 ロン毛の男が少女の肩を押して転ばせた。



「ティルル、おめーはパーティから追放だ。使えねーからな!」


「ま、待って」



 彼女はすぐに立ち上がった。追いすがる猫耳と尻尾の少女。薄紫色のショートカットに同じ色の双眸。身長はエヴリルやシノと同じぐらい。悲しげに震えている表情。おそらく魔獣である。なんだろう、獣人族か?



 捨てられたって事だろうな。



 ムチを持ったロン毛のおそらくビーストテイマーがわめき散らす。



「待て、じゃねーよ! お前は役に立たないんだ。いいかお前は役に立たないんだ!」



 大事なことだから二回言ったのだろうか?



 知らんけど。



「そ、そう。お世話に、なりました」



 ティルルが立ち上がり、猫耳を伏せておじぎをする。涙声だった。言った後で唇を噛んでいる。悔しいのだろう、鼻をすすっている。



「本当だよ。けっ、おい相棒、行こうぜ!」


「おう!」


「ぎゃぴーっ」



 二人の男とリザードマンが歩き出す。俺たちの脇を通り、道路を左へ折れて行ってしまった。というかリザードマンってあんな声出すんだな。ぎゃぴーだなんて、イカツイ顔と体格からは似合わない可愛い声である。



 ピンクの髪色の少女がティルルに近寄って声をかけた。



「あなた、大丈夫?」


「大丈夫です」


「本当なの?」


「……はい」



 猫耳の少女は暗い瞳を揺らして踵を返した。哀愁の漂う背中。何度も鼻をぐずらせている。歩いて魔獣ギルドの玄関へと向かった。獣人の尻尾が力なく揺れている。そのまま中へと入っていく。



 エヴリルが振り返って腰に両手を当てた。怒りからか眉間にしわが寄っている。(いきどお)りに揺れる瞳。おい、美人が台無しだぞ。お前には笑顔が似合うんだからな。



「何か、嫌な奴らだったわね」


「仕方無いさ。こういう事だってある」



 腐った林檎がもがなきゃいけない。いつかベアビリーズ食堂で元ビーストテイマーの老人に(さと)された言葉だった。ティルルはあのパーティに必要無くなったのだろう。



 精霊族の魔法使いも口をへの字に曲げている。不機嫌そうであり、まばたきの多い両目。力なく嘆息した。



「ふぅ、ああ言う人たちを見ると、気分が悪いですぅ」


「ぐるるぅ、魔獣を捨てるとは、風上にも置けん奴だ」


「スティフはこんなことしませんよね?」



 シノに尋ねられて、俺は顔を強ばらせた。そりゃあ、お前たちを見捨てることなんてあり得ない。だけどそれは、キチンと仕事をしてくれているからだ。



 もし仕事ができなければ、そいつはただ飯ぐらいである。あんな風に突き放したりはしないが、ダンジョンには連れていかないだろうな。そしてベアビリーズ食堂のウェイトレスでもしてもらうと思う。



「する訳ないだろ。それより、俺たちもギルドへ入るぞ」


「何か気分がムカムカするわねっ。ぷんぷんっ」


「おーい、エヴリル。怒ってないで行くぞ」


「最低の気分だわっ」



 俺はその髪にポンと手を置き、建物の玄関へと向かった。後ろから二人と一頭の足音がついてくる。



 広々とした室内。以前と同じくやはり客は少ない。カウンターには、メガネをかけた利発そうな女性が受け付けを担当している。いつもの人だった。俺は声をかける。



「こんにちは」


「あ、はい、こんにちは。ええっと、バステット様。今日はどういったご用件でしょうか?」



 びっくりした。まさか俺の名字を覚えていてくれているとは思わなかったからだ。



「あの、魔獣を一人また買いたいんだが」


「用途をお聞きしても良いでしょうか?」



 俺は詳しく話して聞かせた。今回の魔獣に求めるものは強さではない。市場で売り子をしてもらう人員が欲しかった。できれば文字を読める子が良い。そしてボロックのような獣そのものの容姿ではなく、人間型の魔獣が良い。



 メガネの女性は力強く頷いた。「それでしたら」と言って、奥の部屋へと歩いて行く。数分後、連れてきたのは何と、先ほど建物の外で見たティルルだった。



 魔獣であり身長は低い。白のワンピースを着ている。そう言えばシノも最初は白いワンピースだった。ギルドで定められている衣装なのだろうか?



 上から下までざっと眺める。薄紫色のショートカット。猫耳に尻尾。エヴリルと同じくつり目のようだ。だけどその瞳は暗そうに下を向いている。両手のひらを太ももに組んで、若干頭を下げた。



「この子なら、文字の読み書きもできます。以前はダンジョンハンターをしていた経験もあり、そんじょそこらの相手には負けません。いかがでしょうかー?」


「……」



 ティルルは挨拶の言葉すら述べない。無口なのか? それとも先ほど捨てられたばかりで落ち込んでいるのか、分からなかった。



 俺は左手を顎につけて黙考する。だけど俺が返事をするよりも早くピンクの髪色の少女が身を乗り出した。



「ティルル、うちに来なさいっ」


「そうですぅ。スティフは良い人なんで、絶対に見捨てたりしませんよ。まったくもう、さっきの人たちは最悪ですぅ」



 シノも加勢している。両手のひらをグーにして掲げていた。



 猫耳少女は身を引いて、驚いたように瞳をぱちくりとさせる。だけど嬉しそうに少しだけ頬をほころばせた。彼女の尻尾がゆらゆらと揺れる。



 ティルルが遠慮がちな声色を響かせる。



「いいの?」


「いいも何も、いいわよ。だけど貴方、ちゃんと働きなさいよね」


「ティルルさん、一緒に頑張りましょう」


「ぐるるぅ、うむ。我も良いと思うが、どうだスティフ?」


「そうだなっ」



 ここはみんなの意見に賛同するとしよう。というかここまで歓迎のセリフを並べ立てておいて、やっぱり辞退しますとは言えん。だんだんと嬉しそうに尻尾をパタパタと揺らす獣人少女に俺は右手を差し出した。



「よろしく頼めるか? ティルル」


「……私、何をすればいいの?」



 感情の無い声だった。棒読みとも言う。だけどそれが彼女の個性なのだろう。薄紫色のショートカットと握手を交わし、俺は告げた。



「市場の売り子だ」


「……そう、やり方を教えて」


「後でな」


「分かった」



 それから手続きをして、書面で魔獣契約を結ぶ。やはり彼女は獣人族のようだ。購入代金の銀貨五枚を支払って、四人と一頭で外へ出た。



 みんなの足取りは軽い。歓迎の挨拶が交わされている。



「ティルル、私はエヴリルよ。エヴでいいわ」


「ティルルさん、よろしくお願いします。私はシノです」


「……さんは要らない」


「分かりました。ティルルッ」


「ぐるるぅ、よろしくな。我はボロック」


「うん」



 猫耳少女の目尻に光る涙。鼻をかすかにすする音。だけど悲しそうな雰囲気ではない。どうして泣いてんだ? まあいいや。



 道路に出て、町のセラスト衣服店へと向かった。必要なものはやはり服である。他にも彼女の生活用品を揃えなければいけない。



 また銭袋が軽くなるような話であった。だけど仕方無いよな。ティルルに歯ブラシも無いような生活をさせる訳にはいかない。虫歯になるからな。



 ティルルは服をどれでも良いと言った。ううむ、あまり好みが無いようだ。獣人だし、露出の高い服が似合いそうではあるのだが。



 魔人娘と精霊少女が店のどこかからメイド服を持ってくる。色違いが三着。ニヤニヤと笑顔を浮かべている。宝物を見つけたような素敵な笑みだ。



「これが可愛いわ」


「ティルルに似合うと思いますぅ」



 いやいや、お前ら、それメイド服だからな。ティルルを猫耳メイドにするつもりなのか? だけど悲しいかな。こいつらはたぶん、メイドという概念を知らないんだ。オシャレな服だと勘違いしている。笑わせるんじゃねー。



「……これにする」



 ティルルはメイド服を手に取り、少しだけ微笑んだ。猫耳が跳ねている。尻尾がたゆんたゆんと上下に揺れた。気に入ったようだ。



 おい待てティルル。俺はお前の実質的な主人であり、丁寧に言えばご主人様ってことである。メイド服まで着られるとなると、そこには萌え萌えな関係の幕開けが! 何を言っているんだ俺は?



 まあ、気に入ったのならそれでいいけどよ。俺は心の中でため息をつきつつ、三着のメイド服を購入したのだった。まあ可愛いからいいや。



 他にも、雑貨屋と装備屋へ寄った。生活用品の他、本人はナイフを使うと言ったので買い与える。護身用である。



 買った物はティルルのステータスにしまった。ナイフだけは腰のベルトに装着させる。



 さて、市場へ向かうとしようか。売りたい飴が山ほどあった。


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