113 命名、エヴリル斬り
ベアビリーズ食堂のおとっつぁんに頼んで一週間働かせてもらうことになった。
年季の入った木造の建物。棚に載っかっている親子狸の置物。馴染みの客に頭を下げつつ、俺はまた調理の日々を過ごすことになる。というか退職して一週間もまだ経って無いんだよな。手慣れた手つきで野菜と肉をかっさばいていく。本当、慣れたもんだわ。
かつてビーストテイマーだったおじいさんが客の一人にいて、俺の話を聞いてくれた。
「ビーストが独走して連携を取らないじゃと。そりゃあお前さんが、ビーストになめられているからじゃないかな? それで言う事を聞かないんじゃわい」
「なめられているんですかね、俺」
「ふほほ、実際見たわけじゃねーから、分からんけどよ。主従関係には緊張感っつうものが重要だ。魔獣は恐怖を覚えて初めて言うことを聞く。モンスターにやられちまう恐怖、お前さんに失望されちまう恐怖、そういうものを教え込んでいかなきゃいけねえよ」
「恐怖、ですか?」
「そうさ。どこの会社だって同じだよな。上に立つ人間はみんな同じ悩みを抱えてるんだ。お前さんだけじゃねえ」
「どうすれば良いんですか?」
「とりあえず、ビーストたちには必要最低限のことしか言わねーこった。分かるか、お前さん?」
「いえ、よく分かりません」
「聞くよりまずやってみろ。いいか? 魔獣には何も言うな。何か聞かれたら自分たちで考えろと突っぱねろ」
「は、はあ」
「それでダメなら魔獣を変えちまえ。腐った林檎はもがなきゃいけねーからな。おっと、喋りすぎた。この辺にしとくか」
「……タメになるお話をありがとうございます」
「良いって良いって、所詮老いぼれのたわ言さ。それよりこのタッタレア(ラザニアのような料理)美味かったぞ。また来る」
おじいさんが立ち上がったので俺は会計台に行った。支払いを済ませた元ビーストテイマーが食堂を出て行く。なんか貫禄のある背中だなー。肩に後光が差している(俺から目線で)。その姿を見送って、俺はふうとため息をついた。
何も言わないだなんて、そんな無茶苦茶なやり方があるんだろうか? だけど、とりあえずやってみろなのかもしれん。残金がピンチだしな。藁にもすがる気持ちでやってみようか。
翌日からは、エヴリルにダンジョン水晶を渡して二人と一頭でダンジョンへと通わせた。朝食と夕食だけは作ってやる。昼食をどうすれば良いか聞かれたので、自分たちで考えろと突っぱねた。まあ、銭袋はシノに持たせてある。
俺が怒ったと思っているようで、二人と一頭はあまり話しかけて来ない。朝、布団に忍び込んで来るようなことも無くなった。ダンジョンから帰って来ると、シノが進捗度を報告してくれる。話を聞いてびびった。
驚いたことに、二人と一頭は四階をあっさりとクリアしたようだった。今日は七階まで行ったらしい。一体何がどうなっているんだ? 訳分かんね。俺はぽかーんとした。
赤い魔石を採ったらしく、ピンクの髪色の少女がおそるおそる近づいてくる。
「す、スティフ! 今日はね、大きなお化けキャンドルの額から魔石が採れたの。えへへ、う、売ればお金になると思うのよね!」
手のひら大の魔石を差し出すエヴリル。ぎこちのない笑顔。ちょっと泣きそうにひきつっているのは気のせいということにしておこう。俺は受け取らなかった。
「そうか。じゃあ冒険者ギルド支部へ行った時に魔石を換金しろ。それで明日からの昼飯代にしてくれ」
「う、う、うん、そうなの? 分かったわ。それで、ス、スティフはいつ戻ってくるの?」
声が裏返っている。おいおい、ソプラノで喋るなよ。別に俺は怒っている訳じゃない。ただ困っているだけだ。似たようなもんか?
「あと六日後だ」
「そ、そっか。分かった。早く戻って来て欲しいわ」
悲しげな声色と表情である。
夜、夕食を作っているとエヴリルたちの部屋から話し声が聞こえてきた。聞き耳を立てると、戦闘の際の手順を話し合っているようで。それもかなり入念に議論しているようで、三人の声がその都度上がっている。
俺はビシソワーズをかき混ぜつつ感心した。何だ、やる気になったじゃねーか。これからも戦闘に口を挟むのはやめよう。ああそれが良い。効率が良くて楽だからな。効果的な作業っつうのは無駄が少ないもんだ。
口うるさく言うよりも無言の方が、千の言葉として届くようだった。なるほどな、おじいさん感謝するぜ。
六日が経過した。
昨日、おとっつぁんに深々と頭を下げた。本当、足を向けて寝られないとはこの事だ。今度こそ、ベアビリーズには戻らないようにしないといけないよな。そして外食の際には真っ先に向かわせてもらうぜ、おとっつぁんよ。
アパートを出てダンジョンへと向かう。みんなの口数は少ない。だけど意気込んでいる様子だった。胸を張って歩いている。何か凜々しい顔つきだな。冗談トークは少ないけれど仕事に冗談は要らん。いや、たまには脱線トークも良いんだけどさ。
ちな、赤い魔石は金貨五枚の値段になったようだ。金貨一枚の価値は、一つの家族が一ヶ月を暮らしていくのに充分な金額である。ダンジョン狩りがぼろいとはこの事だ。もっともっと稼いで家を買いたいところ。
もちろん、危険と隣り合わせなんだけれども。
性別不詳のテレポーターにダンジョンへワープしてもらう。今、その地下十階。
ヌメヌメとした湿気の多い岩肌。淡光石が光っていて明るい洞窟の中、現われるモンスターはオークだった。緑色のでかい図体。顔つきは格好良いブタさん。ぼろ布をまとっており、両手に槍を持っている。その一体が突っ込んできた。
「ぐっほーっ」
「行くわ!」
すでに黒のショートソードを鞘から抜いていたピンク色の髪が走る。恐怖と躊躇がまるでない。お前の勇敢さにはオッサン脱帽だよ。オークに肉薄し、振りかぶられる槍を剣で弾いた。
ガツンッ。
「ぐほほっ!」
ブタ顔のオークが笑いとも威嚇ともつかない声を響かせる。お前を今からひんむいて食ってやると言ったのだろうな。知らんけど。
赤黒ロリータ服が呼びかけた。
「ボロック!」
「ぐるうっ、任せろ!」
銀狼がオークの背後に回って唱える。
「――毒牙!」
「グルウオオオオウッ(詠唱したようだ)」
紫色に光る獰猛な口。鋭利な牙がオークの太ももを切り裂く。モンスターは毒にかかり、体が濃い緑色に変色した。汗が噴き出して動きが遅くなる。死を感じたのか、ブタの表情に絶望が浮かんでいた。ざまぁみろ。
「せやっ!」
黒の翼に尻尾の少女が横薙ぎに斬った。エヴリル斬りである(トドメを刺す時の彼女の斬撃に分かりやすく命名しておこう)。エヴリル斬りによって、オークの首が切り裂かれ血潮が吹き出す。さすがはエヴリル斬りだ。
「ぐおおぉぉぅっ!」
モンスターが背中から倒れて行った。まずは一体目である。このブタどうしようかなあ。切って細かくしてステータス画面に入れようか。だけど、あんまり食欲が湧かないのはどうしてだろう。うん、食材って見た目も大事だよね。
ダンジョンの奥からはいくつもの足音がすぐに響いてくる。それはブタ共の行進であり。
シノが杖を掲げた。控えめ少女の本気である。大きな乳房がたゆんと揺れる。翡翠の瞳が魔法少女のごとく光った。ごとく? いや、本物なんだけどな。
「――水弾」
「水しぶきは風に運ばれ。飛んで貫き給え」
シュンシュンシュンシュンシュンッ。
ピンク色の髪と銀狼が息を合わせて両サイドに道を開く。息がぴったり。お前たち、まるでスポーツ選手みたいだな。それを超えてハンターなんだけどさ。
「ぐおっ!」
「ぐほうっ!」
「あぐうっ」
奥から来た三体のイケメンブタに水弾がぶつかり、オークたちが悲鳴を上げて膝をつく。
「行くわっ」
すかさずエヴリルが飛び出し、一体の首に斬りかかる。エヴリル斬りである。
ザシュンッ。
ボロックも走り、二体目の首に噛みついた。そのまま体を横に回転させて激しくローリングする。どこぞのワニみたいだ。デスローリングって言ったっけ? だけどそれよりも何倍も回転が激しくて速い。
ドルルルッ!
オークの頭が千切れ飛んで床に落ちた。血で赤く染まるボロックの口。ぽたんとしずくが落ちた。赤黒のロリータ服が三体目の首に斬りかかる。何て言うか、猛烈にレベルアップしてる。ステータスじゃなくて連携が。
バシュッ。
三体目も無事に死亡。まったく、危なげない狩りの光景だった。やるじゃねーかお前ら。俺は自然と頬が緩む。この一週間、頑張ったんだな。無言さまさま。後で美味い飯を食わせてやるからな。
これなら、もっともっとダンジョンを下へ降りることができそうだ。下へ降りるほど、価値の高い魔石や魔鉱石が採れる。はは、家を買うのも近いかも。早く家霊っつうのを迎えてみたいもんだ。
三体目のオークを斬り殺したエヴリルが右へ、ボロックが左へと隅に寄る。そして前へと進んだ。モンスターが沸くとシノが魔法を唱える。ああ、お前たちは仕事人だな。こうして二人と一頭はめでたく成長したのでした。
どうしてかな、オッサンちょっと胸が切ないわ。




