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110 溶ける肉


「グルウゥゥウウウウ!」



 洞窟の奥から響く地鳴りのような声。なんだろう、アルミラージの声とは違う。犬が威嚇するような声である。



 おかしい。エヴリルの話だと、同じ階には一種類のモンスターしか沸かないはずだ。早くも例外の階に出くわしたのだろうか?



 彼女も同じことを思ったようで、



「変ね、アルミラージじゃないわ」



 ピンク色の髪が警戒しつつ、両手に剣を構えて近づいて行く。見えてきたのは大型犬ほどの銀狼だった。その後ろには人間が倒れており、守るように立ちはだかっている。



「グワウッ!」



 こちらへと狼が走り出した。床を疾駆し甘ロリ服に飛びかかる。



「どうして狼がいるの!」



 黒のショートソードで応戦するエヴリル。大きく開かれた口を剣で受け止めた。



 ガキンッ。



 銀狼は眉間と鼻をひくひくとさせながらエヴリルの周囲を回るように歩く。隙を見ては飛びかかる。



「グルウッ!」


「このっ、やるならやるわよ!」



 ガンッ、ガキンッ、ガツンッ。



 剣と牙がぶつかり合って音を立てる。



 エメラルドグリーンのポニーテイルが迷ったように俺を見上げた。



「スティフ、これでは魔法を撃てません」



 エヴリルに命中する恐れがあるからだろう。というかこの銀狼、何か変だ。俺は疑問を早口でつぶやく。



「シノ、あの狼はモンスターなのか?」


「モンスターというか、たぶん、私たちと同じ魔獣です」


「……やっぱりか」



 銀狼の後ろに倒れている人間は死体だった。あれが元の主人だったんだろうな。ここでアルミラージに殺されたってことか? 死体の近くに大きな岩が転がってるところからして、崖崩れに遭ったのかもしれん。



 俺は決然と叫んだ。



「エヴリル、退け!」


「ど、どうしてよ!」


「いいから聞け! 作戦がある」


「作戦?」



 甘ロリ服が正面を向いたまま後ずさり、狼から距離を取ったところでこちらへと逃げてくる。銀狼はそれ以上追いかけてこなかった。また主人の死体の元へと戻り、そのそばにおすわりする。



 狼は油断無くこちらを睨んでいる。ああ、こいつは主人がまだ生きていると思っているのかもしれないな。寝ていると思っており、いつか起きるのを待っているのかもしれない。それはとても悲しいな。



 黒の翼に尻尾の少女が剣を鞘に戻した。



「スティフ、作戦って何?」



 ため息をついた後で、俺は人差し指を立てた。



「エヴリル、昼飯にするぞ」


「昼飯!? ここで?」



 ……。



 エヴリルとシノに動物の毛の狩り方や血抜きを教える。これから手伝ってもらうこともあるだろうからな。だけど解体は全て俺がやった。内臓の見た目と匂いは、きつくて初心者には無理だ。



 ステータス画面のアイテム欄に持ってきていた簡易バーベキューセット。今、火のついた木炭の上に油のしいたフライパンが置かれており、アルミラージの肉がジュウジュウと焼けていた。香ばしい匂いが漂っている。



 料理の仕方は、とりあえず焼き肉のノーマルである。というかこのウサギ本当に旨いのか? ちなみに匂いはかなり良い感じだ。



 エヴリルとシノがピクニックシートの上に座っており、ソースの入れられたお皿を持っている。右手にはフォーク。



「スティフ、早くちょーだい」


「私も欲しいです」


「よーし、今やるからな」



 フライパンの上の肉をトングで掴み、二人の皿に盛ってやる。二人の少女がふーふーと息を吹きかけて肉を口へ運んだ。瞬間、目を大きく見開いて甲高い声を出す。



「美味ね!」


「すっごく美味しいですぅ。口の中で肉が溶けました!」


「本当か? よーし」


「もっともっとちょーだい」


「私もお願いします」


「今やるからな」



 焼けた肉を順番に配る。



 にやりと笑い、俺は銀狼のいる方向を見やった。おすわりをしているそいつは口からぼとぼととよだれをこぼしている。表情は変わらないのだが、両目からは涙まで垂れていた。よほど羨ましいらしい。



 俺もフォークを掴み、肉を一枚食ってみる。本当だ! 口の中でとろける。まるで大トロみてぇ。



「美味いな!」


「うーんっ!」


「おいしいですぅ!」



 俺たちは賑やかにバーベキューを続ける。銀狼はおちつかなさそうに息をしてこちらを睨み付けている。ふははは、羨ましいだろう。全部俺たちで食ってやるからな。ざまぁみろ。



 んな訳ない。



 俺は空いている皿を掴み、その上にこんもりと肉を盛った。銀狼の方へと少し近づき、地面に皿を置く。ほら、食っていいんだぞ。その代わり警戒は解けよな。



 またフライパンの元へと戻る。



 これが作戦だった。



「ちょっと、スティフ! ダメよ」


「スティフは優しいな」


「いいんだよ、エヴリル。あいつだって腹が減っているだろうから」


「あいつはあたしに噛みつこうとしたのよ!」


「いいんだって」



 俺は首を振った。また新しい肉をフライパンに投入し、肉を焼く。



 やがて、銀狼は我慢ができなくなったようで、こちらにゆっくりと歩いてきた。皿に近づいたかと思うと、ガツガツと食い出す。



「ぷっ」


「あはっ」



 少女二人の笑いが弾けた。銀狼の様子を見ておかしそうに腹をひくつかせている。



 俺は胸の内で安堵した。さて、これで警戒が解けてくれれば良いのだが。



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