第一話 リンドウ・アカツキという男-9
「やぁ。こんばんは、リンドウ君」
「こんばんは、お義兄さん……」
人々が寝静まった夜。場所は都にあるヒ・イズル帝国軍基地本部付近にある公園。そこのベンチに座って項垂れているリンドウにツクヨ・シノノメが声を掛けた。
「すみません……お仕事中に……」
「ううん。多分来るだろうなぁって思っていたからね。時間を空けられるように調整はしていたよ」
「あぁ……どうりでこちらに来るのが早いと思いました」
急に訪れたというのに自分の行動を予想して穏やかに会いに来てくれた。男兄弟のいないリンドウにとってメノウのような兄は憧れだった。
本当の兄に――と願っていたのに、それも叶わないのかもしれないとさらに落ち込んでしまう。
あの後、キキョウがどう帰ったか。どう自室に戻ったかリンドウは覚えていない。ただ、いつのまにか気絶するように眠っていた自分を遠くの地から駆け付けたモクレンが起こし、泣き腫れた弟の顔を見て強く抱きしめてくれた。
「キキョウが告げたみたいだね」
リンドウの隣に座り、ツクヨは夜空を見上げる。そこにはあの夜から消えることのない四角い光が四つ――神様ゲームの集合日時と参加候補者が浮かび上がっている。最先端の技術である電気が普及された首都でもここまで明るい光はなく、ツクヨの髪——呪いがかかる前のキキョウと同じ黒髪がはっきりとリンドウの目に映る。
「お義兄さんは知っていたんですね。キキョウが諦めていることを……」
「口にはしていなかったけど……兄妹だからかな? わかってしまってね」
申し訳ないと顔に出すツクヨに何故貴方がそんな顔をするのだ、とリンドウは苦悶の表情を浮かべた。察しの悪い自分のせいで彼も悩ませてしまったかもしれないのに。
「どうして……俺たちの夜会作戦に協力してくれたんですか?」
「……」
「殿下の提案だったからですか?」
あの夜会作戦は殿下が提案したものだった。
キキョウは夜会に参加するつもりはなかった。それをリンドウが「踊りたいのはお前だけだ」と何度も懇願し、最後に彼女の方が折れた。
「二人してどうして俺に希望を持たせたのですか……? 諦めろというのならば希望を持たせなければいいのに……」
項垂れ、再び泣きそうになる。義兄だって傷付いているのに自分の口からは攻める言葉しか出てこない。
「兄だからさ」
「……!」
そんな自分の頭にツクヨの手が置かれる。姉の手とは全く違うゴツゴツと軍で鍛えられた手。でも、姉と同じ優しさを感じる暖かい手。
「我儘を叶えてあげたい。あの子は呪いを解くことを諦めてしまったけど死ぬ間際まで……いや、死んであの世に魂が渡るまで君の婚約者でいたいのさ」
「――っ!」
「傷付けてごめんね。妹に甘い兄でごめんね。あの子は君に負けず劣らず一途なんだ」
ツクヨの言葉にリンドウはあの夜会でのキキョウを思い出す。
『リンドウ、ありがとう!』
思い出すは彼女の笑顔だ。
ダンスを踊るだけの短い夜会。だけど、久しぶりに共に踊れた祝福の時間。あの時間の中で見せてくれた笑顔は諦めた心から生み出される苦痛のものではなく、生きる一瞬一秒を大切に楽しもうとする眩しいものだった。
その大切に楽しもうとする一瞬一秒の中にリンドウがいる。
「うっ……うぅ……」
辛くて、悔しくて、悲しくてボロボロと涙が流れる。
「我儘なら……俺のだって聞いてほしい……」
「それは駄目だ、リンドウ君」
ツクヨの声に重みが増した。
「僕も君も侯爵家の跡取りとして多くの権利を貰ってきた。だからこそ跡取りとしての義務を果たさなければならない。家より愛を取る我儘は許されないんだ」
それは自分よりも先に侯爵家の後継ぎとして国に尽くす先達の正しき言葉だった。
『僕は妹と同じだよ。ゲームへの参加は認めない。その為に君に剣を教えたわけじゃない』
一晩明け、朝の祈りを済ませたリンドウはツクヨから学んだ剣術の鍛錬に励んでいた。アカツキ家では霊力を駆使した技術を学び鍛えるため、本来剣術は身を守れる程度ぐらいしか学ばないのだが、リンドウはその考えから逸脱するように剣術を学んだ。
経緯は割愛するが理由は単純明確。キキョウを守れる男になるためだった。
「リンドウ様。まもなく朝食の準備ができます。食堂までお越しください」
タイミングを見てくれていたのだろう。決めた回数の素振りを終えたリンドウに女中が朝餉を知らせてきた。
「朝餉には誰がいる?」
手拭いで汗を拭き、リンドウは女中に問う。女中はその質問に目を一度背け、暫くして答えにくそうに口を開いた。
「旦那様とモクレン様です」
「チっ――!」
※第一話のみ、2026/01/02の11:00 から10分おきに続きが更新されます。
※どうぞ続きをよろしくお願いします。




