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第一話 リンドウ・アカツキという男-8

 

 リンドウにも祈りの習慣がある。


 そもそも軍事家系のシノノメ家よりもアカツキ家の方が神職家系であるため当然といえば当然なのだが、自主的に行うキキョウとは異なりリンドウは義務的に行っているところがある。


 しかしキキョウが呪いにかかってから一年、リンドウは一日の祈りの回数を何倍にも増やした。一時期深夜にも起きて祈りを捧げていたこともあり、それが原因で一度睡眠不足で馬車に引かれかけてキキョウに泣きながら怒られた……のだが。コリもせずに祈りの回数を減らさないリンドウにキキョウが困り果て、モクレンに相談することになった。

 結果、姉からの拳骨を一発その頭に落とされることになり、その後は元々皇室から『天才の呪い師』と呼ばれるナギサを始め、数名の呪い師を派遣されていたにも関わらずさらにアカツキ家の一族から数名かシノノメ家に追加派遣され、二十四時間の厳重態勢を取ることでリンドウの無茶ぶりは収まったのであった。


「どうか俺の愛する者をその慈愛と慈悲でお守りください」


 皇居からの帰りに貴族街にある神殿で朝の祈りを。屋敷に戻って一度仮眠をとってから屋敷内にある社にて二度目の祈りを捧げ、いつもその言葉で祈りを終える。


「失礼します、リンドウ様」

「なんだ?」


 祈りを終えて部屋に戻ろうとした時、屋敷の女中が廊下から声を掛けてきた。

 いつもの流れならこの後は次の祈りの時間まで鍛錬に打ち込み、呪いの研究に費やしている。それに今日からはゲームに参加する準備も行わなければならない。その流れを切るように声を掛けられたことに眉を潜める。おおよそ客人だろう、と予想してすぐに帰ってもらおうと考え始めた……が、次の瞬間そんな考えなど何処かに吹き飛んだ。


「シノノメ家のキキョウ様がこちらにお越しです」

「キキョウが!」


 婚約者の名を聞き、一瞬で破顔した。


「何処にいる? 客間か?」

「庭の方でお待ちになるとのことでして」

「そうか、わかった! 言伝感謝する!」


 庭であるなら此処からすぐに向かえる。弾む気持ちを抑えることなく、リンドウはすぐに社から飛び出して下駄を引っかけて走り出した。

 そんなリンドウについて女中を始め、アカツキ家に仕える者たちは「下駄のくせに何故そんなに早く走れるのだろう?」と思いながらも幼い頃から見守ってきたその愛に一直線の姿を微笑ましく、または呆れて眺めていた。


「キキョウ!」


 和風の庭でワンピース姿はよく目立っていた。

 名前を呼ばれたキキョウが足元に咲く春の花を眺めていた顔を上げていつものようにリンドウへと微笑みを向ける。


「リンドウ。こんにちは」

「こんにちは、俺の愛しい人! 俺の花たちを見てくれていたのか? 先日話した通りに最近咲いたものが多くて早く見て欲しかったんだ!」


 キキョウが眺めていた花たちはリンドウが育てたものだ。最近忙しくて手入れを庭師に任せてはいるが、リンドウの趣味は園芸。此処とは違う場所にも自分用の畑もあるぐらい土いじりが好きでシノノメ家にお邪魔する時はいつも自分が育てた花を土産に持っていく。


 そして、それはキキョウも同じ。


「ふふ。早く見に来れて良かったわ……でね、リンドウ、こちらを貴方に」


 そう言って近くに控えていた侍女から花束を受け取り、リンドウへと差し出す。

 数は二つ。


「一つはお土産。もう一つは、お祝い……」

「――あぁ! ありがとう!」


 差し出された花束を二つ受け取り、リンドウは目を輝かせた。

 用事がなくても彼女ならいつ我が家に来ても構わないが、『お祝い』と聞いて何故我が家に来たのか理由がわかったリンドウはあまりの嬉しさに彼女を抱きしめたくなった。だが、彼女から貰った花束を潰すわけにはいかないため理性を働かせて我慢する。そして、畏まったように咳払いを一つした。


「土産と祝いの品、ありがたくいただこう。……これは以前シノノメ家で共に植えたオステオスぺルマムだな! キキョウが丁寧に育てているから花びら一枚一枚がとても綺麗だ!」

「もうリンドウ……いつもそうやって褒めてくれて。何も出ないわよ?」

「何を言う。お前の可愛らしい顔が見られるではないか? ……だが、こちらのチューリップは知らないなぁ。俺が知らない間に植えたのか?」

「……うん。内緒で育てていたの」


 彼女の返答にリンドウは「珍しいこともあるものだ」と不思議そうに首を傾げた。

 作物を育てる程ではないが彼女の趣味も園芸だ。毎年季節ごとに双方の家で何を植えるかいつも二人で相談しているためお互いの庭に何の花があるかすぐに応えられる程に理解している。


「リンドウ、少し庭を歩きましょう。前に梅の花が見どころだって言っていたじゃない?」

「あ、あぁ。勿論だ!」


 彼女の提案に一拍遅れながらも貰った花束を二つ片手に抱え、「さぁ行こう!」と開いている手を彼女に差し出した。


「……」

「どうした?」

「ううん。何でもない」


 いつもならすぐにこの手に重ねてくれるのに。どうも今日のキキョウはいつもと違う、とリンドウは再び首を傾げた。


「改めて。神ゲー参加候補者、おめでとう」


 庭を歩き、目的地の梅の木まできた二人。手を繋ぎながら暫く眺めていたが、キキョウが沈黙を破るように祝いの言葉を告げた。


「凄いわねぇリンドウ。つい先日、皇帝からお褒めのお言葉を賜ったばかりなのに」

「俺だけの力ではないぞ。キキョウを始め、支えてくれる皆がいたからだ」


 リンドウは『努力をする人』だ。……だが、努力をするにも何か支えがなければ継続するのは難しいだろう。

 努力をする理由は人それぞれ。それは夢であったり、人であったり。

 その『努力を支えるもの』が人より多いことをリンドウは自負している。自分は恵まれているのだ、と。


「皆がいて、キキョウがいての俺だ。全員の想いが俺を神ゲー参加候補者に導いてくれたのだろう」


 例え、参加候補者が適当にくじ引きで決めたとしても。その当選者に選ばれるための徳を皆で紡いできたのだ。名誉だと自分を囃し立てるなら周りも囃し立てろ、と思ってしまう。


「この名誉は俺たち皆のものだ」

「ふふ。リンドウのそういうところ本当に大好きよ」

「そう思えるようになったのはキキョウのおかげだ」


 そう言ってリンドウは感謝を伝えるようにこちらを向いたキキョウの瞼を始め、顔中に口付けを送る。それをキキョウは拒まずに目を瞑って受け取った。


 リンドウは彼女の愛が身に染みる度にキキョウに出会わなければいまの自分にはなれなかっただろうと思う。努力はするが、きっと何処かで大きく躓いて家に泥を塗るような傲慢な男になっていたに違いない。それほどまでにキキョウとの出会いはリンドウにとって特別なことだった。


 リンドウは何度も間違ってきた。そして、何度も自分を見つめ直してきた。そんな自分のそばにはいつもキキョウがいてくれた。


 彼女はまるで、リンドウの人生の証のような人だ。


「……ねぇリンドウ。リンドウは花言葉に詳しいわよね?」

「ん? そうだが?」


 それはキキョウも知っていることだ。なのに、どうしてそんなことを聞いてくるのかと不思議に思い、口付けを止めて彼女の顔を見るリンドウ。いつものように自分からの口付けを微笑んで受け取ってくれていると思っていたが、何故か寂し気な表情を彼女は浮かべていた。


「キキョウ?」

「リンドウ……チューリップがいくつあるか数えて」

「チューリップを、か?」


 疑問に思いながらも愛しい彼女の言う通り、素直に貰った花束の中にあるチューリップを数え始めた。


「えーと……いち、に、さん……」


 数えながらリンドウはチューリップの花言葉を思い出す。

 プレゼントする花は本数によって花言葉が変わる。先日、リンドウがキキョウに渡した十一本のガーベラは『最愛』を意味する。


「きゅう、じゅう、じゅういち……」


 一番有名なのは薔薇の数での告白だが、あの卒業式の一件以来、リンドウは薔薇を見るのを控えている。花には罪はないのだが呪いの媒体にされてしまった以上、中々トラウマを拭うことはできない。

 彼女に結婚のプロポーズをする時は薔薇以外のものを準備しよう……と考えながら数え始めて十四本目。十四本のチューリップの花言葉は『誇りである』を意味することから、彼女は神様ゲームに選ばれた自分を誇ってくくれているのかと思い、心が嬉しさで再度溢れて弾みそうになる――が、その心は次に映った花によって一瞬で停止した。


「え、……十五……?」


 十五本のチューリップ。意味は『ごめんんさい』。


「キキョウ……? 本数間違っていないか? 一本多いぞ?」

「いいえ、リンドウ。間違っていないわ。もし間違っているならわたしは一本、または二本増やすわ」


 十六本のチューリップは『不安な愛』。十七本のチューリップは『絶望の愛』。


「……! どうして――っ」

「神ゲーに参加するつもりでしょう!」


 戸惑うリンドウの声を彼女らしくない大声が遮り、その姿に吃驚した。


「わかるのよ! 沢山あなたに愛されているってわかっているから! わかっちゃったのよ……」


 化粧が落ちるのも気にせず、ボロボロと涙を流した彼女の姿にリンドウは喉が詰まって声が出せない。その代わり、彼女がこんな風に大声で泣くのは何時振りだ、と自分に問い、寝不足で馬車に引かれかけた時以来だと自分に答えた。


「昨日の夜……光の中に貴方の顔と名前を見つけた時、止めなきゃって思ったの……私が止めなきゃって……」

「……どうして。 どうして止める? 勝てば願いが叶うんだぞ?」


 長い歴史の中に存在しない呪い。解呪の研究を進めていても毎度違う形で死に誘おうとする呪い。


『リンドウ様。呪いの発動間隔が短くなってきています……このまま解呪できなければ遅くても一年以内に……』


 先日、呪いが発動した夜。『天才の呪い師』であるナギサに告げられた時、リンドウは諦めたくないと藻搔きながらも心は不安になっていた。そんな中、神様ゲームの参加候補者に選ばれた。


「勝てばお前の呪いが解けるんだ!」

「そんなもののために命を賭けて欲しくない!」


 彼女に声を荒げたのは誰だ。リンドウだ。

 リンドウに声を荒げたのは誰だ。キキョウだ。

 二人が声を荒げ合うなんてそうそうにない。いつもはどちらかがすぐに折れて喧嘩が終わる。


「そんなものではないだろう! お前の命だ!」

「死に行く命より貴方が大事よ!」


 死に行く命——その言葉にリンドウは一瞬時が止まった。


「なんで知って……」


 ナギサにはシノノメ家の当主とツクヨ、自分以外には知られないよう厳重に注意するように言っておいた。

 彼女を不安にさせないために――大丈夫だと信じ続けて欲しかったために。


「よく言うじゃない。自分の身体は自分が一番よくわかるって……長くても一年持つか持たないかだと思うわ……」

「わかっているなら尚更俺は参加するぞ! お前は俺と結婚するんだ! ずっと一緒にいるんだ!」


 まるで子どもが駄々をこねているような姿だ。繋いでいた手に思わず力が入り、「いたっ」とキキョウが溢す。傷付けたいわけではないリンドウはその声に慌てて手を離した。


「すまん!」


 彼女の痛みの声で昇った血が下がったのか。叱られた子どものような顔で彼女が摩る手を申し訳なさそうに見る。


「……リンドウ。わたしたち、大人になる時が来たのよ」

「大人……?」


 摩った手は再び繋ごうとはせず、キキョウはそのまま痛んだ手を片手で包むように胸元に置いた。対して繋いでいたリンドウの方の手は何処を掴めばいいのかわからず、ずっと宙を浮いたままだ。


「『諦める』ってことを覚えましょう?」

「『諦める』?」


 言葉の意味は分かるのに。なんだ、それは? と思わず口にしそうになった。


『逃げてもいい』は昔から彼女が教えてくれていた。

 ただ、『諦める』は教えて貰ったことがない。


「わたしたちは恵まれていた……。諦めて……諦めた自分を受け入れて……人間は大人になっていくんだと思うの……」

「キキョウ……? 何を言っているんだ?」

「リンドウ……貴方は侯爵家の後継ぎなの。貴方の役目は家を存続することであり、反映させることよ……」


 その先は聞きたくない。目を見開き、涙を浮かべた顔を左右に振るリンドウ。そんな自分に向けてキキョウは涙を浮かべながらいつも見せてくれる笑みを浮かべた。


 止めてくれと必死に願う。

 いまは見たくない。そんな穏やかな微笑みで――


「だから、リンドウ。()()()()()……」


『諦める』ということを教えないでくれ、と――……


※第一話のみ、2026/01/02の11:00 から10分おきに続きが更新されます。

※どうぞ続きをよろしくお願いします。

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