第一話 リンドウ・アカツキという男-7
『神様ゲーム』。通称、神ゲー。
選ばれた者たちが一年を通して神々が用意したゲームに参加し、彼らを楽しませることが目的である。
ヒ・イズル帝国の長き歴史の中でも何度か開催はされていて、時期が新しいものは特別な紙に書き留められて皇居の宮殿内に保管され、古ければ国の各所にある石碑に保存されている――が、流石は開催者『神』といったところだろう。長い歴史であるにも関わらず開催の時期や参加候補者の特徴、ゲーム内容に法則はなく、完全に神の思い付きによって人々が振り回される催し物であることが何処の記録媒体にも記されている。
「それ故に慈悲があるのだろうなぁ。あくまでお前たちは『参加候補者』であり、過去どの記録にも決定権は候補者に委ねられている」
皇居の宮殿内・記録保管室にて。痛みを知らない淡黄色の髪を頭に沿うように綺麗に整えた男が古びた本に書かれた文字をじっくり読み解いていた。白いシャツに黒のスラックスとラフな格好でありながらも男の内側から滲み出る高貴さ故か、見ている相手に「だらしない」と感じさせることはない。
「ん? どうした、リンドウ。部屋に入らぬのか?」
「殿下……私は記憶保管室の入室許可を申請しておりません。勝手に入っては管理の者に怒られます」
そんな彼——殿下の服装とは対照的に襟まできっちりと閉めた正装を着たリンドウが扉の外で呆れたように溜息を一つ吐いた。
昨日の興奮が収まらず朝方に漸くウトウトし始めていたところに殿下からの使いにせっつかれるように叩き起こされ、皇居へとはせ参じたリンドウ。殿下の前で欠伸をかかないように噛み殺し、シバシバする目を何度も瞬きする。
「はっはっはっ! よいよい、入って良し。余がいるのだ。管理の者に叱られた際は余の名前を出すといい……して、リンドウ。いまは余と二人だけだぞ?」
「扉の外には殿下の護衛がいらっしゃいます」
「ん~?」
穏やかに……でも、笑っていながらも逃がさないとでもいうようにジッと目を真っすぐに見てくる殿下にリンドウは頭を抱えて本日二回目のため息をついた。
「はぁ……本当に庇ってくれるんだろうな、ヒナタ? 管理の人間は昔から五月蠅いやつらばかりなんだぞ?」
「はっはっはっ。リンドウよ、心配するではない。余に任せておくれ。……それに余の親友が神ゲーに選ばれたのだ。許可など待っていられるか」
そう言って殿下であり親友でもある——ヒナタ・二ノ光・ヒ・イズルが手招きするのでリンドウは抵抗を諦めて部屋の中へと入った。彼の傍まで行くと読んでいたページを開いたまま渡されたので受け取り、同じく書かれている文字を目で追い始める。
「正式に神ゲーが開催されたのは約百五十年前……我が国が原因不明の病にて危機に瀕した時代」
「聖女カンナ・サオトメの歴史だな」
聖女カンナ・サオトメの歴史。
百五十年前、突然原因不明の病が国中に広がり、人口の二割が死亡するという危機に瀕した最悪な時代があった。名のある医者たちが言葉の通り命を賭けて研究に務めたが、病の猛威は人々の予想をはるかに凌駕し、この病がこの国を亡ぼすのではないかと国中が絶望に飲まれそうになった時――神様ゲームが開催されたのだ。
当時の皇帝は苦渋の決断の末に参加候補者、百五十名にゲームの参加を勅命した。結果、百五十名全員が参加し―――生き残ったのは子爵令嬢カンナ・サオトメ、ただ一人。
カンナ・サオトメは勝者の権利として『病の根絶』を願い、神々から病を完治する薬草を賜り、皇帝へと献上した。その後、皇帝からは国を救った英雄として『聖女』の称号を賜り、ゲーム後は地方にある生家に戻って領地一面に薬草畑を作ったという。
そして、現在。子々孫々と薬草の研究を続けたサオトメ家は子爵から伯爵へと変わり、いまもなお国に貢献し続けている。
「その後、二回……いまから百十七年前と六十二年前にも開催予告はされたようだが、『参加者なし』であったと記されているな」
それもそうだろう、とリンドウは幼い頃に課外授業で訪れた慰霊碑を思い出した。当時、そこに刻まれた名前の数に幼いながらも衝撃を覚え、教師に呼ばれるまでキキョウとヒナタの三人でずっと手を繋ぎながら見つめていた。
国民のために百四十九名が犠牲になった。勅命とはいえ、彼らはどんな想いで命を掛けて参加したのだろうか。
(大儀のためか。愛する者のためか……)
「リンドウ。お前、神ゲーに参加するつもりだろう?」
「――っ!」
突然のヒナタに不意を突かれ、リンドウは目を見開いた。何故わかった、と。誰にも言わずに黙ってゲームに参加する予定だったリンドウだったが、そんな自分の態度に今度はヒナタの方が呆れて肩をすくめた。
「余がお前の親友を何年していると思っておるのだ? お前の考えなど容易くわかってしまう」
「……では、止めるか?」
リンドウは開いた目をスッと細め、彼の次の行動に警戒し始めた。
ヒナタも目を細め、二人の間に重い空気が漂う。
誰にも言うつもりはなかった。言えば、当然のように皆が止めてくるだろうと思ったからだ。
先程ヒナタが説明した通り、神様ゲームの参加は『任意』であって勅命ではない以上、別に参加しなくても国に罰せられることはない。
神々からしてみれば「あ、参加しないんだね」で終わり、開催できなければ「あ~残念でした~」で次回の気まぐれが来るまで開催を延長するだけだ。
そもそも。例え神が適当に選んでいたとしても神様ゲームの参加候補者に選ばれるだけでも名誉なことであり、『神に選ばれた勇気ある人間』として将来有望視される。平民であれば学校の特待生に選ばれ、軍に入門することもできる。貴族であれば貧乏男爵家の末の子でも皇居勤めも夢ではない。
ゲームに参加しなくても選ばれただけで輝かしい未来が待っている……それなのに、それ以上を望んで命を賭けるゲームに参加する者は周りから馬鹿扱いされるのだ。
あぁなんて強欲だ。お前は歴史から何も学んでいないのか、と。
「止める……と言ったら?」
「俺はここから全力で逃げる」
親友の言葉でもリンドウは全く聞くつもりはない。
例え、彼が権力を使って自分を開催日が過ぎるまで何処か遠い土地に閉じ込めたとしても。リンドウは脱出途中で足が折れようが、腕がもげようが制止を振り切り、必ず脱出してゲームに参加する。
その行動が死に向かう道化ものだ、と揶揄されようとも。
リンドウはそういう男だ。
「……ふふ、はっはっはっ!」
「……は?」
だが、場は一転。予想に反してヒナタは細めた目を閉じて笑い始め、リンドウは思わず間抜けな声を溢してしまった。
「いやぁ、何。余が予想した言葉がそのままお前の口から出てきて思わず笑ってしまった。はっはっはっ、お前は本当に優しい人間だなぁ」
「あのなぁ……姉上にもお義兄さんにも言われたが、俺は優しくなんてないぞ」
笑う親友の姿に気が抜けて、「はぁー」と大きく息を吐きながら近くにあった椅子にドカッと座る。警戒していた自分が馬鹿馬鹿しい、と不貞腐れた顔をヒナタに向けると彼は「すまぬ、すまぬ」と笑い声を抑えながら向かえの椅子に腰かけた。
「俺は自分勝手な奴だ。それで何度キキョウに怒られたと思っているんだ」
「こらこら。『自分勝手=優しくない』は安直であるぞ、親友よ。それにお前が優しいのは紛れもない事実であろう? お前が優しくなければ『余から全力で逃げる』ではなく、『余を切ってでも参加する』と言うものだ」
「勢いで口に出した言葉がそれだっただけだ」
「勢いで出た言葉が優しさだった。そういうことだろう?」
「~~!」
あぁ言えばこう言う、と頭を抱えてしまったリンドウの姿に「はっはっはっ」とまた笑いを溢すヒナタ。
そもそも。リンドウがヒナタに勝てるわけがないのだ。
彼はわかっていたのだろう。リンドウが神様ゲームに参加することも、周りがどんなに参加するのを辞めるよう口酸っぱく言ったとしてもその意思が揺るがないことも。
だから早朝にリンドウを呼び出して記録保管室へと連れてきた。戦いは情報をどれだけ持っているかで勝敗が決まる。愛と正義と根性論だけでは勝ち残ることはできない。そのことにようやく気付いたリンドウは申し訳なさそうに目を閉じた。
「……悪かった」
「何がだ? それがお前だろう」
親友は何でもないとでもいう口調で応えてくれる。自分が優しいのなら親友は聖人君主だろう、と。将来、この国を背負う立派な親友にリンドウは心から「ありがとう」と呟き、開いた目を彼へと真っすぐに向けた。
「愛のために命を賭けてくる」
『初志貫徹』と——かつて、リンドウの愛に敬意を込めてその言葉で例えたのはヒナタだ。
「死んだら恨むだけだからな?」
そう言って親友もリンドウから向けられる目に逸らすことも閉じることもなく、真っすぐに返した。
リンドウの婚約者と同じ花の色をした目で。
※第一話のみ、2026/01/02の11:00 から10分おきに続きが更新されます。
※どうぞ続きをよろしくお願いします。




