第一話 リンドウ・アカツキという男-6
「俺じゃなくてもいいだろう……!」
夜空の下、瓦でできた屋根に腰掛けたリンドウは曲げた膝の上に組んだ腕に顔を埋めてそう呟いた。
あの後、父親とは顔を合わせてはいない。先日の夜会を不参加であったことからわかるようにアカツキ家当主である父親は忙しい人物だ。自宅にいることの方が珍しい。その珍しいタイミングで親子喧嘩をしたわけだが、忙し過ぎて要件を手紙で済ませることが多い父親が息子を叱るためだけにわざわざ時間を割いて帰宅したと考えると今回の婚約者問題の重要度は窺えるだろう。
モクレンは「忙しい」と言っておきながら夕餉までいただいて婚家へと帰って行った。そもそもリンドウをあの場から引き離すための方便であったため、書庫で調べ物をしたあとは久しぶりに姉弟の時間を過ごしたのであった。
「他の女は嫌だ……」
リンドウだってわかっている。貴族として生まれた以上、責任がある。それを愛した女と結婚できないからという理由で放り投げてはいけない。
リンドウは運が良かった。愛のない結婚など貴族社会では普通にある中、愛してやまない女性に出会い、婚約できたのだから。それが結婚まで辿り着かなかっただけ―――とは割り切ることはできない。
(キキョウがいい。キキョウじゃなきゃ駄目だ……)
幼い頃に出会い、恋に落ち、愛に変わり、そして共に育んできた。
一生に一度の恋。運命の人。
まだ若いのに何を言っている、と鼻で笑われてもリンドウはこの先キキョウ以上に愛する人はできないと断言できる。
リンドウの愛を『初志貫徹』と例えた者がいるが、これほどまでに的を射る言葉はないだろう。
『彼女に相応しい男、幸せにできる男になって最後まで人生を共に歩みたい』
幼い頃から胸に掲げた目標を叶えるためにリンドウは今もなお努力をしてきたのだ。
(それを呪いごときに叶えられないなんて……!)
『神様も酷いですわよ。こんな悲しい物語は作り話だけで十分ではありませんの』
傷付いた心を労わるように頭を撫でてくれた姉の言葉を思い出し、リンドウは夜空を見上げた。
この世は神のための箱庭だ。だが、この箱庭の世界はとてつもなく広く、彼らの観察対象の数は多過ぎる。一応自分たちのことは見てはいるのだろう。キキョウの呪いが発動した時、祈りの言葉を捧げることで一時的に無効にできているのがその証拠だ。
だが、見ていたとしても一瞬の物語であり一時の娯楽。自分たちが悲劇で終わったとしても「あー感動した!」と一言で終わらせ、余韻に浸らずにすぐに別の観察対象へと目を向けてしまうのかもしれない。
空の向こうにいる神々が考えていることなど人間が知る術はない。この一年、一時的に無効にして助けてはくれるが解呪はしてくれない。毎日祈りを捧げてくれる信仰深い彼女だというのに。
いつか自分たちへの興味が逸れて、祈りの言葉すら聞いてくれなくなる日が来るかもしれない。気分一つで彼女の命を左右する神々にリンドウは舌打ちを――しそうになるが口を固く閉じて歯を喰いしばった。
だが、心の中で舌打ちを一つ。心までも神は覗き込んだりはしないだろう。
「俺たちを見ていて楽しいか? 『娯楽』であってもこっちは必死に生きているんだ……!」
世界を見下ろしている神々を夜空越しにリンドウは力強く見つめた。
――その瞬間、それが合図のように世界が光り出した。
《皆さんこんばんはぁああああ―!》
「――!?」
突然暗かった世界が昼間のような昼間とは違う明るさで照らされ、同時に鼓膜が破れるのではないかと思う程の大声が響き渡りリンドウは肩を大きく跳ね上げた。大げさではない、屋根から落ちなかったのが奇跡だと思える程の突然の驚きだ。
《え、何、煩いって? あーとボリュームは……マイクてすてすぅ? これでいいかな? あ、おっけー? 了解了解》
夜空には四角い光が現れていて、その光の中には性別はわからないが青髪の子どもが棒状のものを片手に何者かと話している光景が浮かんでいた。リンドウだけでなく、多分この四角い光を見ている人々全員が訳の分からないままその光景を見ているだろう。取り合えず、声は段々と小さくなり、耳に優しい音量になったことだけはすぐにわかった。
《えーと。ヒ・イズル帝国の皆さーん! 改めましてこんばんは! 俺っち、アオ(仮)と言いまーす! 覚えてね―!》
「……仮?」
キラーンとなんか星が付きそう勢いで自己紹介をするアオ(仮)にリンドウは思考が追い付けず、とりあえず拾えた部分を疑問形で呟いた。
《で、皆! いま『何コレ!?』『誰よ!?』『どうなってんの!?』ってパニックってんでしょー! あ、でも人間ってびっくりし過ぎると停止しちゃうんだっけねー! ま、どっちでもいいか! 説明を聞いてくれればいいんだからさー!》
そのままアオ(仮)は何処からか出した小さなくす玉を片手に持ち、「ドゥルルルルル~」と巻き舌の演出後に思いっ切り下に引っ張った。
《ぱっかぱかぱーん! 本日、六十二年振りの『神様ゲーム』開催を予定していることを報告しちゃいまーす!》
「――嘘だろ!?」
屋根に上っていたことも忘れてリンドウは立ち上がった――がそのままバランスを崩して尻もちを着いた。二度目の落ちなかった奇跡に気付かないまま、四角い光で割れたくす玉から垂れ下がる札——『神様ゲーム開催予定!』の文字を凝視する。
『神様ゲーム』
神々が気まぐれに箱庭の世界から参加者を選出して開催するゲーム。
(命がけのゲームであり、生き残れば願いが叶うゲーム——!)
リンドウは胸元部分の服を強く握り締めた。心臓がバックンバックンとうるさく感じ始める。
《それでは参加候補者の発表ターイム!》
アオ(仮)の声に合わせて四角い光の周りにさらに四角い光がいくつか現れた。そこにはおそらく参加候補者であろう顔と名前が浮かび上がっていて、リンドウは再び立ち上がり必死に目を動かした。
開催されても自分が候補に上がっていなければ意味がない。必死に自分の顔と『リンドウ・アカツキ』の名前を早く、それでいて見落とさないように一列目から探し始める。
(クソッ! イロハ順じゃないのか! 俺は――!)
一つ目、二つ目——と四角い光の中を確認するが自分の顔と名前が見つからず、とうとう最後の四角い光に更なる緊張で心臓が口から飛び出したくなる。それでも一列ずつ確認をしていくリンドウだが、最後の列に近づくに連れて手が震え、呼吸が上手くできなくなっていく。
(頼む頼む頼む――!)
必死に願い、とうとう最後の列を確認する。
「違う違う違う違う違う―――はっ!」
三つ目の光、最後の列——の最後。
一番下の隅———赤い髪、名前と同じ色の目の男。
顔の下には――『リンドウ・アカツキ』
「あった……あった! あったぁああああ!」
リンドウの歓喜の声が貴族街に響き渡る。
《それでは参加候補者の皆さま! ヒ・イズル帝国の首都トウトに二週間後必ずお集まりください!》
アオ(仮)がひらひらと手を振った数秒後、ブツン——と一瞬四角い光の中は黒色に染まり、その後『集合地点、ヒ・イズル帝国、首都トウト』『開催日時・明日から二週間後の正午にて』という文字が浮かび上がった。周りの参加候補者の光はそのまま消えずに残っている。
「やった……やったぞ……!」
手で顔を覆うと短い時間だった筈なのに大量の汗が浮かんでいることが触覚からわかった。それを腕で拭い、再び四角い光の中を確認する。
そこには間違いなく自分の顔と名前が浮かんでいた。
(偶然か……『娯楽』の一つか……)
慈悲か、遊び心か――どちらでも構わない。
チャンスを与えられたのだ。
「『チャンスの神様は前髪しかない』――……」
ならば、そのチャンスを掴もう。
リンドウの胸に希望の火が灯された。
※第一話のみ、2026/01/02の11:00 から10分おきに続きが更新されます。
※どうぞ続きをよろしくお願いします。




