第一話 リンドウ・アカツキという男-4
一年前。キキョウは黒髪だった。
「お慕いしております、キキョウ嬢!」
貴族学院を卒業する日。式も終わり、中庭ではリンドウとキキョウ、そして親友の三人を中心に大勢の人で賑わっていた。
この国の最も尊い血を継ぐ高貴なお方である親友と、『理想の相思相愛』と憧れの目で見られるリンドウとキキョウ。この三人が揃った卒業式は、例年と比較して人の多い賑わいを見せていた。
その賑わう人混みの中から男が一人。大輪の真っ赤な薔薇を抱えてキキョウの前に飛び出して跪いた。
「結婚してください!」
卒業式ということで、憧れの人に告白をする者もいたりはする。だが、それも「憧れていました」と密かに告げて淡い青春の思い出で終わらせることが多い。同性なら花を一輪、異性であれば言葉だけ。
そもそも、大半は学院に入る前に婚約者がいるものだ。勿論、在学中や卒業後に縁談があって婚約する者もいるが、それでも婚約者がいる者に迫る者はいない。もしそのようなことをすれば、一生その愚かしい行動の結果が付いて回ることになる。
貴族社会は噂話が大好き。つまりは自分で自分を殺すことになる。
故に、この男の行動は貴族社会では自殺の行為であった。
「失礼。彼女は俺の最愛の婚約者だ」
突然飛び出してきたために反応がやや遅れてしまったリンドウだが、それでもすぐに状況を把握してキキョウと花束の間に身体を滑り込ませて彼女を守るように背で隠した。リンドウが目の前に現れたことで男は肩を跳ね上げ、怯えた顔を隠すように下を向いた。
キキョウへ密かに懸想している者がいても可笑しくない。艶やかな黒髪によってさらに引き立てられる愛らしくも美しい顔立ちに性格は明るく、皆に平等と公平に接する彼女は学院内外で人気者だった。
だが、先程説明した通り、懸想していてもそれは密かに伝えて思い出にするのが常識だ。
「貴公の行動は『青春の思い出』にしては行き過ぎたものに見える」
薔薇の数は二十八本。意味は『心からのプロポーズの証』『一生愛し続けたい。結婚してください』。
周りの生徒たちも花束の意味に気付いたのであろう。卒業の日に似つかわしく無い非常識な行動に眉を潜め、所々から非難の声が聞こえる。それでも男は逃げようとはせず、薔薇を差し出して顔を伏せた状態のまま動こうとはしなかった。
「うむ……リンドウの言う通りだな。すまぬが彼を連れて行ってもらえるか?」
「お待ちください、殿下」
親友の穏やかな口調の指示で傍に控えていた護衛が動こうとした時、キキョウが一歩前に出てリンドウの隣に並んだ。
「例え行き過ぎた行動であったとしても、返事はしなければなりません」
「放っておけ、キキョウ」
自分の婚約者に告白する男など面白くない。露骨に嫌な顔をするリンドウに彼女は苦笑いを浮かべながら、非常識でも告白してきた男の方へ向き合った。
「申し訳ございません。わたしにはリンドウ——幼い頃から愛してやまない婚約者がいます」
「……」
「だから、貴方様の想いには応えられません」
一礼——こんな男に礼儀を重んじなくてもいいのに、それでもキキョウは男の告白に誠実に接した。
「ふ、ふふ……。ふは、はははは!」
「――!」
すると突然、男は下を向いたまま笑い出し、フラフラと立ち上がった。その声があまりにも不気味過ぎて、リンドウ咄嗟にキキョウの前に出て再び庇う姿勢を取る。
「やはり……奇跡など信じても意味など無かったな……リンドウ……これがいるから叶わない!」
そして、暴言と共に薔薇の花束をリンドウの顔に投げつけた。
「――!」
「リンドウ!」
「取り押さえろ!」
親友の命令に控えていた護衛は素早く男の背後に周り込み、腕を後ろに捻り上げて取り押さえる。
「これがいるから! オレたちは結ばれない! なんて悲しき運命! 悲劇だ!」
「チッ——! 貴様、いい加減にしろ!」
取り押さえながらも狂ったように叫び続ける男に舌打ちをして怒鳴り声を上げたが、それでも男は怯むことなく血走った目でギョロリとリンドウを睨みつける。
まるで妖怪の目のようだ。昔に見た赤目の妖怪の絵を思い出しながら、これ以上キキョウをここに居させるべきではないと判断し、親友に目を向ける。親友も同じ考えであり、男がリンドウに注意を向けている間にキキョウと共にゆっくりと後ろに移動していった。
——その時だった。
「〝我が激情なる愛よ! 首を貫け!〟」
男の叫びに応えるように地面に散らばった薔薇がキキョウ目掛けて矢のように飛んだ。
「キキョウ!」
リンドウの持ち前の反射神経でキキョウを守るために覆い被った――が。
「――っ!」
誰が想像できたか。薔薇は一瞬、まる物質を失ったようにリンドウを貫通し、キキョウの首に突き刺さった。
「ゲホゲホ!」
「キキョウ!」
突き刺さった薔薇はすぐに枯れ落ち、その代わりにキキョウの首には赤い薔薇の印が刻まれた。そして、彼女の艶やかな黒髪が天辺から先にかけて広がるように白い髪へと塗り替わっていく。
「やった……!成功だ! 『呪い』が完成した!」
『呪い』――その言葉に親友が驚愕した。
「呪い、だと!? 何ゆえ貴様が呪いを扱えるのだ!?」
『呪い』――国家が厳重に管理し、正しき血筋と皇帝、他皇族2名から直に賜る許可印を身に刻んだものにしか使用が許されない術式。
その術式を何故この男が使えるのだと。親友は男に吐かせようと詰め寄った――が、
「がはっ!」
「――!?」
男は言葉ではなく血を大量に地面に吐き捨て、その上に力を失ったように倒れた。
「この世で結ばれぬならあの世で……! お待ちしておりますよ、キキョウ様……あの世で薔薇に埋もれながら永遠の愛を誓い合いましょう……!」
最後の力を絞り出すように男は愛を告げ、不気味な笑みを浮かべながら男は死んだ。
そして、男の死により解けない不滅の呪いが完成したのだった。
※第一話のみ、2026/01/02の11:00 から10分おきに続きが更新されます。
※どうぞ続きをよろしくお願いします。




