第二話 存在しない錬金術師-7
《さてさてさてさて!? 第一回目シャッフルが終了しまして! 皆さんのいるエリアは何処になったかな?》
(段々喧しく感じてきたな)
腕を組み、神に大変失礼なことを心の内で呟くリンドウ。天を仰げば先程とは打って変わって分厚い雲が上空を覆い、周囲を一層暗くさせる。
第一回目のシャッフルの結果、リンドウたちの場所、もといエリアは雪降る極寒の世界となった。
(ただし、大樹内は記録の通り……関係なく人間が過ごしやすい環境だ)
まるで春のような温かさで自分と、少年を含め助けた男たちを全員迎え入れてくれた回復の大樹に恩恵には感謝しかなかった。
予想通り、カマキリの集団から全員を助けることはできたが時間内に回復の大樹までに辿り着けることができず、リンドウたちのエリアは無慈悲にも極寒の地へと姿を変えた。ゲームへの参加を決意した者ならば当然それ相応の準備をしてきているだろうが、それでもこの極寒への完璧な対策は無理だ。全員が荷物から布を取り出し寒さに耐えようとし、見かねたリンドウが鞄から札を取り出して全員の背中に素早く張り付けて術式を発動させた。
「火属性の霊力を集めた札だ! 札に自分の霊力を与えるように集中してみろ、すぐに暖かくなる!」
札の数よりも人の命だ。上手く集中できない者には手を貸し、効果が切れた者には札を張り替える。道をふさぐ雪の塊があれば火で溶かし、全員が回復の大樹に辿り着けるようにリンドウは惜しみなく自分の霊力と札を使った。
そしてついに回復の大樹に辿り着いた時、一行はようやく安心してその場に座り込むことができたのである。
「他に怪我をしている人はいない?」
不思議な花の輝きのおかげで回復の大樹エリア内は日が昇っているようには明るかった。リンドウ一行は泉の近くを休息場所と選び、その中で少年は治療のために一人ずつ順々に回っている。業火の中で回収した大きな鞄から緊急箱を取り出した少年は彼らの傷を丁寧に処置していく。
「坊主が持ってきてくれた薬のおかげで傷口が腐らずに済む。ありがとう」
「お礼ならあの人に言ってよ。清潔な水で傷口を洗えたのもあの人のおかげだからね」
回復の大樹内には泉も存在しているが、やはり傷口に対して使うには抵抗があるだろう、とすぐにリンドウは札で水の霊力を集めて、無菌の水に変換して彼らに提供したのだ。
「あぁそうだな。赤髪の御仁よ、感謝申し上げます」
逞しい身体つきの白髪の老人は怪我をしている腕を庇いながらリンドウに身体を向けて姿勢を正した。
跪坐の姿勢でのお辞儀。この白髪の老人はリンドウが貴族であることに気付いている。
「面を上げてくれ。ここでは同じゲームの参加者だ」
それに自分は一度彼らを見捨てることを考えた。そんな人間が、たとえ身分があったとしてもこんな風に深々と頭を下げてもらうわけにはいかない。周りが許してもリンドウが自分自身を許せない。
「この肩書はいざというときに邪魔になる。俺のことはゲームの参加者——リンドウという人間として接してくれ」
「リンドウ……!」
名を告げると顔を上げた白髪の老人は目を見開いた。
リンドウ、そして共にキキョウの名は庶民の間でも有名だ。互いに一途に愛していることは勿論のこと、共に幼い頃から多くの慈善活動を積極的に行ってきていることを国民の皆がよく知っている。そういった姿勢と功績から庶民の間でも二人は尊敬と憧れの目で見られているのだ。
故に、『リンドウとキキョウ』の話題は庶民にも伝わり広まってしまっている。
「……そうですか」
ゲームに参加した理由を察したのだろう。お労しい、という表情を浮かべる白髪の老人にリンドウは優しさを感じた。
「わかりました。同じ参加者として……共に頑張りましょう、リンドウ殿」
「あぁ。貴方の気遣い、心より感謝する」
「え? 貴族なのにゲームに参加したの?」
会話から察したのか、傍らで聞いていた少年が信じられないという顔で割り込んできた。
全ての貴族に当てはまるわけではないが、それでも彼から見れば恵まれているだろう貴族が何故選命賭けのゲームに参加しているのか理解できないのだろう。勿論、そう思うのは間違いではない。選ばれただけで名誉であるのだから、普通の貴族はその恩恵を素直に受けて安寧な暮らしを送るはずだ。
だが、これは普通の貴族だった場合の話だ。
「なんだ、坊主。お前、リンドウ殿を知らないのか?」
『リンドウ』の名を知っていれば、白髪の老人のように察してそのような質問はしてこないだろう。
「ううん、知らない。この人そんなに有名なの?」
悩むそぶりもなく首を振る少年の様子に、リンドウは少し愕然とした。自分で言うのもなんだが、前述の通りにリンドウの名は有名である。それも首都の周辺地域に住み子供でも知っている程に、だ。それを少年とはいえ、もうじき義務教育を終えるだろう目の前の人物は自分を全く知らない、というのだ。
(俺が自惚れなのか、それともこいつが世間知らずなのか……)
よほど遠い地方の田舎から来たのだろうか、と首を傾げる。
「あ、でも。神職の人だってことはわかったよ。一般人が霊力石無しであんな大技を撃てるわけないもんね」
「そもそもあんな大技を撃てるほどの霊力石を一般人が持てる訳ないだろう」
「えっ、そうなの?」
「そうだろ。お前何処の豪商の息子だ、少し怖いぞ」
世間知らず発言に思わず突っ込まずにはいられなかったリンドウ。
『霊力石』——自然属性の霊力を溜めて保存できる石の名前。保存量は大きさに比例するが大きい程希少性が高い。また使用するには特別な技術の加工が必要であるため、それら工程を合わせた金額は庶民が気軽に買えるものではない。
「しかし、リンドウ殿。先程から見ていると霊力石に似た効果を持つ札を使われているようで……残りの枚数は大丈夫なんですかい? ワシらのために大量に消費されたのでは……」
「大丈夫だ。札を作る緊急用の道具は持ってきている」
だが、心配させないように言ったものの。内心では焦燥感にリンドウは駆られていた。想定したよりも札の消費が早い。いくら緊急用に和紙と墨を大量に持ってきているにしても有限なのだ。このままでは早々に刀一本でこのゲームに挑むことになってしまう。
(人数がいることでできることは増えたが、全員がほぼ一般人……俺が一番の戦力なのは変わらない。早々に術式が使えなくなることだけは回避しなくては)
フィールド内の情報収集もまだ足りていない中、どうやって攻略していくべきか。痛くなる頭を押さえながら最適解を導くために思考を巡らせる……が、それを遮るように「ねぇ?」と声を掛けられた。
「チッ……なんだ?」
「いや、その……あのさ……」
思考を邪魔されたことにイラついて不機嫌に返すリンドウの態度に声を掛けた——少年は続けるのを躊躇ってしまう。だが、待ってくれてはいるが、段々とイラつきが酷くなっていくリンドウ様子を肌に感じて、ようやく決意してその口を開いた。
まさかこの後の少年の言葉でリンドウはこの世界が如何に自分の常識とかけ離れていたのかを再度思い出すことになる思いもしなかっただろう。
「その札の材料って特殊なの? この世界にあるものじゃ駄目?」
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