第二話 存在しない錬金術師-6
十五歳の冬。キキョウは学園の中庭にある池の中にいた。
帰る時間になっても待ち合わせの場所に来ない彼女を心配して早足で学園中を探しまわっていたリンドウは見つけた途端に目をひん剥いた。
裾を捲って見える手足は見ている方が心配するほど冷たい水で赤く染まっていて、リンドウはキキョウの名前を呼びながら慌てて駆け寄り、彼女の静止する声を無視して池に飛び込んだ。
「何をやっているんだ、キキョウ!! 手足が真っ赤ではないか!」
急いで彼女を抱き上げて池から上がり、数枚の札を取り出して一気に火を灯す。
「リンドウ! 貴重な札をこんなに……!」
「札などまた書けばいい! それよりも手足の感覚はあるか?」
近くにある石でできた長椅子にキキョウを座らせ、自分の学校指定外套で彼女を包み込む。そこでリンドウは椅子のすぐに近く放置されたドラム缶と薪に気づいた。
この学園では教師がそばにいれば中庭で焚き火を行うことが可能だ。皆で焚き火を囲って持ち寄った食材を焼き、共に楽しんで食す、という長年続けられている交流行事がある。通常なら使い終わったドラム缶は指定の場所に戻さなければいけないのだが、片付けるのをサボった生徒がいるようだ。もっともいまは説教よりも感謝でしかない。
すぐさまドラム缶をキキョウの前に運び、中に薪と札を突っ込んだ。燃えるものを得た火は先ほどより火力を増し、周りの空気を温める。
「ごめんなさい、リンドウ。あなたに迷惑をかけてしまって……」
「心配はしたが迷惑なものか」
項垂れて落ち込む彼女の隣に座って首を降る。そして、少しでも早く体温を取り戻せるようにその硬い大きな手で彼女の両手を包み温める。
「だだ、お前が後先考えずに何か行動する時は決まって誰かのためだ。……何があった?」
そう尋ねるとキキョウは顔を上げ、先ほどまでいた池の方へと向けた。
「リンドウ。あちらにも火を貸してくれないかしら?」
「——?」
『あちら』とは何か。リンドウも池の方に顔を向けて周りを確認してみると、池のすぐ近くに何冊かの本が落ちていることに気付く。
「あれは……」
それが何の本なのか、とさらによく見てみると自分たちの学年が使う教科書だ……が、状態は濡れている。
「教科書を乾かしたくて」
「キキョウの……ではないな。誰のだ?」
「ホナミさんの教科書よ」
リンドウたちの学年首席は二人いる。その内の一人、ホナミ・ミツハシ。彼女は入学時から一度もその席を譲ったことのない勤勉家である。ただ、新興貴族であるが故に見下されやすくやっかみも受けやすい。
「見つけた時にはもう池に飛び込んでしまったわ」
そう言ってキキョウは困り顔で笑った。
「いつもそう。後先考えずにすぐに突っ込んでいって……駄目ね、わたし」
ダンッ———!!
「へっ……?」
とうとう背が壁についてカマキリが覆い被さってきたことで絶対絶命と少年が涙したとき——突然一人の青年が天から降ってきて、手に持つ刀でカマキリの首を切った。
「ギョエエ!?」
これにはすぐ後ろにいたカマキリたちも驚いたようで僅かだが後退りをしてしまう。だが、所詮は被捕食者であることを思い出したのだろう。すぐに体勢を整えて優先順位を青年——リンドウに定め、仕留めようと両手を構える。だが、それに臆することなく覚悟を持ったリンドウの目は鋭く敵を射抜く。
(何がキキョウのためだ……!)
やらない理由を彼女のせいにするな。
リンドウは誰かのために怒れるキキョウを好きになった。
勇気を持って立ち向かう彼女を。誰かのために動ける彼女を。
心から尊敬し、一生側にいようと誓った。
だから——ここで少年を見捨ててはいけない。
「ここで見捨てたら俺は二度とキキョウに顔向けできない!!」
腰の鞄から取り出した大量の札を素早く刃に翳し、霊力を集中し術式を発動させる。
「付加術式・風属性、火属性発動!!」
大量の札が一瞬で真っ黒になるのと引き換えに、属性を持つ霊力が瞬時に鍔から切っ先刃まで行き渡る。刃は一瞬、緑と赤、それぞれの属性を表す色で光り——途端、刃を中心に包むように強風と灼熱の炎の渦が発生し始めた。
「「「ギョエエエ!?」」」
大きくても虫の弱点は変わらずといったところか。突然現れた炎にカマキリたちは驚き、命の危機を感じたのか全員後退し始める。
「燃える、剣……いや、燃える風?」
少年つぶやきのごとく、刃に纏われるは触れたもの全てを切り裂き、燃やし尽くす風と炎。その威力と範囲は周りをいま以上に明るく照らし、熱を風に乗せてさらに遠くまでへと運んでいく。
「はぁあああああ!!」
柄を両手で強く握り、大きく振って構え、自分の霊力を更に刃へと送り込み風力と火力を上げていく。
狙いは先頭の敵から最後尾の敵まで。その一直線上にいる全てを風に乗せた炎で切って燃やし尽くすために——リンドウは刀を振り下ろした。
「風火属性・火災旋風 業火ノ渦!」
風と炎の渦が刀から飛ばされ、一直線に突き進む——!
「「「「「ギョエエエエエエエ!!」」」」」
逃れようのない渦が次々とカマキリたちを飲み込み、切り裂き、燃やし尽くす。
容赦なき景色は地獄絵図。まさにその名に相応しい業火、インフェルノ。
「みんな!!」
「安心しろ、この炎は人間を焼かん。このまま渦の中を突っ走り大樹を目指すぞ!」
「えぇええ!?」
少年の驚きを他所にリンドウは炎の渦の迷うことなく突っ込んだ。運良く渦から外れた敵がいないか警戒して進むが、確認できるのは多くの虫が慌てて逃げていく後ろ姿だけ。
「無事な者は負傷者に手を貸して俺についてこい! 安全な場所まではもう少しだ!」
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