第一話 リンドウ・アカツキという男-2
(鬱陶しい……!)
赤い髪をかき上げ、己の名と同じ色の目でリンドウは周りを睨みつけた。その鋭い目つきで大半の者は慌てて逃げるように目線を逸らす……が、何を勘違いしたのか数名の女たちは頬を染めて口元を扇で隠しながらコソコソと話を始める。
彼女らの反応からリンドウの精悍な顔立ちは世間からみても良いものだと判断できるだろう。だが、リンドウは喜ぶわけもなく、「チッ!」と舌打ちをして眉間に皺を寄せた。
『いけないわ、リンドウ。せっかくの男前の顔が台無しよ?』
もしここにリンドウの愛しい婚約者がいたのならば、そう言って眉間の皺を伸ばすように指でほぐしながら笑いかけてくれただろう。しかし、リンドウは一人。本日、皇族主催の夜会に招待されていた婚約者はやむを得ない理由でここにはいない。
「久し振りに夜会でリンドウ様を見ますね」
「仕方がない。婚約者があぁなってしまったから」
「いつも仲睦まじいお姿だったのに……」
「今後の婚約はどうなるのだ?」
「理由が理由だから破棄ではなく白紙になるだろうなぁ」
「では、今日の夜会参加は新しい結婚相手探しかしら?」
好き勝手に自分の未来を憶測する周りの声に苛立ちが止まらない。先程までなら親友が気を紛らわせるために話題を振ってくれていたが、主催者側であるが故にどうしても外せない用事でいまはリンドウから離れてしまっている。
そして、親友が離れていった途端にコレだ。高貴なお方である親友が近くにいると不敬罪に当たるのではないか、と潜めていた声が一人になった瞬間にヒソヒソと湧いて出てきた。
(いつまで我慢すればいい!? このままだとそこらへんにいる騎士から剣を奪って大暴れしそうだ!)
何とか「それは駄目だ」と理性を働かせ、怒りで染まりそうになる心を静めるために手を胸に……ジャケットの左胸ポケットに差し込んでいる一輪の花にそっと触れるように置いた。
『お前と同じ花があれば心強いな!』
『ふふ。リンドウが不安になるなんて想像もつかないわ』
クスクスと愛らしく笑う婚約者の顔が自然と思い浮かんだ。
『不安になった時は一度目を閉じて深呼吸を……そして再び目を開ければいいの』
それは夜会に参加する前に立ち寄った婚約者の家での会話。思い出した彼女の言葉通りに一度目を閉じて、リンドウは深呼吸を行う。そうすると先程まで苛立っていた心がたちまち落ち着いていくのがわかる。それどころか自分の顔が笑みを浮かべ始めていることさえも理解できる。
『大丈夫——貴方は強い人』
「そうだ。俺は強い人」
怒りに飲まれるな。己の強さを周りに見せびらかせ。
「大丈夫かい、リンドウ君」
そんなリンドウに穏やかな口調が話しかけてきた。
「君は優しい子だから……やはり今日も欠席した方が良かったのかもしれない……」
「優しいのはお義兄さんの方ですよ」
周りがリンドウに投げかけてくる不躾な視線に憂いな目をする義兄——婚約者の兄にリンドウは自嘲してしまう。先程まで優しさもかけらもない物騒なことを考えていたことなど彼は知らない。
「お義兄さんこそ。これから俺たちがやろうとしていることに不安は無いのですか?」
「なぁに。周りが騒がしくなるくらいでどうってことないさ。君たちがやりたいことをやりなさい」
その言葉にリンドウはこの人が婚約者の兄で本当に良かった、と心から思った。
高貴な人々が最も集まるこの場でリンドウは『あること』を仕掛ける予定だ。そうでなければ婚約者と共にいられない夜会などリンドウにとっては苦行でしかなく、目的がなければここまで我慢することなどできなかった。
しかし、その『あること』というのは成功してしまえば双方の家に迷惑をかけてしまう内容のものだ。例え反対されても実行する思いで義兄に相談したところ、「望むままにやりなさい」と笑って許してくれた。
「タイミングは皇太子様が踊った後だったかい?」
「はい。親友が早く計画が実行できるようにと曲の順番を変えてくれました」
リンドウにとって苦行である時間を短くしようとしてくれたらしい。友達想いの自慢の親友である。
そのような会話を続けているうちに、ラッパの音が会場内に響き渡る。
開催式の始まり。会場内の視線がここよりも高い位置に座する皇帝へと一斉に向けられる。
そして皇帝の口から開催の言葉が紡がれ、続けてオープニングセレモニーとして皇太子が彼の婚約者と共に会場の中央に歩み、奏でる音楽に合わせて踊り始めた。
会場全員が皇太子たちの優雅な踊りに夢中である中、リンドウのみは刻々と迫る仕掛けのタイミングに緊張を走らせる。もう一度胸元の花に手を伸ばし、心を落ち着かせようとする。そんなリンドウの気持ちを察したのか。義兄はそのこわばる肩に手を置き、中央で踊る親友もウィンクを一つこちらへと飛ばしてくれた。
味方がいるということはそれだけで心強いものだ。リンドウはたちまち固まっていた身体が解れていくのがわかる。
「あのぉ~リンドウ様」
オープニングセレモニーも終わり、次の曲が始まるまで義兄と雑談を、と話題を振ろうとしたとき。急に横から甘ったるい声で話しかけられた。ぞわっと、鳥肌が立って振り返りたくもなかったがそうはいかない。公式の場では身分の低い者は高い者へと声を掛けることができない。リンドウの家は侯爵の位を帝国より賜ってはいるが、それでも上には上がいる。声を掛けてきたということは同等かより上の身分の可能性が高い。上の身分であれば無視は失礼に当たる為、仕方がなく振り向くことにした……が、すぐに後悔した。
そこにいた令嬢は周りの男どもの目線を集める程の華美な出で立ちをしていて、その目には自分に対する欲情が秘めていることを瞬間的に理解した。
義兄も共に家の身分は侯爵であるため、上となると公爵家か王族となる数少ない範囲になる。確認のためにこのような女はいただろうか、と義兄に目線で問い掛けたが頭を振られた。では同等の家の者かと、令嬢からの不躾の視線にリンドウは思いっきり不愉快だという顔を向ける。だが、女の方は頭がお花畑なのか、その顔すら素敵といったように歓喜の悲鳴を短く上げて媚びる様にリンドウを見上げた。
「わたくし、伯爵家の娘でございますぅ~。リンドウ様とお話がしたいと思いましてお声かけいたしましたぁ~」
つまりはこの令嬢は礼儀知らずの下の身分の者である、というわけだ。相手の身分がわかった以上、相手にする必要はないと判断し、すぐに令嬢に背を向けた。その反応が予想外だったのか、令嬢は慌てて声を上げた。
「お待ちになってリンドウ様ぁ。お役目を果たすために夜会にお越しになったのでしょうぅ? なら、わたくしとお話いたしませんことぉ~」
今回の参加目的をこの令嬢が知っているわけではない。お役目というのも会場内で勝手に流れている「新しい婚約者探し」のことだろう。真偽もわからない噂を鵜呑みにして堂々と渦中の人間に声を掛けてくるとはこの令嬢は脳みそが足りないのだろう。そもそも隣にいる男がリンドウの婚約者の兄だともわかっていないので、「脳みそが足りない」という言葉では片付けられない学無し人間である。
「まさか僕のこともわからないとは……」
「令嬢が新聞を読める時代になって数十年経つのですがね」
無視してもめげずにピーチクパーチクと話し続ける令嬢のせいで会場内の視線が全て集まってしまっている。中には「やはり新しい婚約者探しは本当だったのか」全くの偽りを真実として捉えてしまっている者たちも出てきてしまっている。
「リンドウ様、ダンスのお相手がいないでしょう? せっかくの夜会ですもの。わたくしが一緒に踊って差し上げますわ」
一体何様なのだと聞きたくなるような自分勝手の提案をリンドウは段々イラつきながらも完全無視を決め込み、視線を楽器団体の方へ向ける。そこには親友が立っていてこちら側を窺っていた。どうやら準備が整うまで待っていてくれていたのだろう。申し訳ない気持ちになりながらも手を軽く上げて合図すると、うまく受け取ってくれたようでウィンク一つ飛ばして楽器団体に指示を出した。
「リンドウ様~」
「五月蠅い!」
「ひっ!」
リンドウの突然の乱暴な口調に令嬢は先程とは逆の悲鳴を上げる。
「相手がいないだと? ふざけるな! 俺が踊りたいと願う女性はいつも一人だ!」
会場のすべての目線はリンドウ一人に向けられる。令嬢の所行は決して許すことはできないが、こうやって視線を集められたことにリンドウは不敵な笑みを浮かべた。
会場の中央でリンドウが一人佇む。皆がこの後の彼の行動に好奇な視線を向ける中、リンドウは左胸ポケットに差し込んでいる一輪の花——桔梗を手に取った。
「一緒に踊ってくれ――キキョウ!」
そして、天井から吊るされる大きなシャンデリアに向けて放り投げた。
リンドウが口にしたお誘いの声は光り輝く古代文字となって空中に書き出された。そして、文字はまるで生きものように宙を舞う桔梗の花を包み込む。会場内の人々は突然の出来事に一驚——けれど、あまりにも美しいその光景に魅入ってしまっている。
紡がれた言葉は文字となり桔梗の花に吸収され――桔梗の花から眩い光が会場中を照らし出した。
誰もがその眩しさ故に目を閉じた。そして暫くして、光が止んだことを感じ取った人から順に目を開いていった。暗点を繰り返す目を徐々に慣れさせ、視線を再び会場中央にいるリンドウの方へ向けた時――誰もがリンドウの傍に立つ人物に驚きの顔を隠せなかった。
「リンドウ、喜んで!」
シャンデリアの明かりで輝く白い髪を揺らし、細めた目の中にある彼女の名と同じ色に彼を写しながら。
婚約者——キキョウはリンドウの目と同じ色のドレスを身に纏い、幸せに満ちた顔でダンスのお誘いに応えた。
一夜にして広まるだろう。
リンドウの婚約者はキキョウである、と。
幼い頃に交わした愛の言葉をいまもなお貫き通している、ということを。
察して方もいらっしゃると思うのですが、作者・乃蒼はBUMPの大ファンです。
とある歌のとある歌詞に感銘を受けて、LINEのアイコンメッセージにしているほどです。
自分もそういう人でありたい。
※第一話のみ、2026/01/02の11:00 から10分おきに続きが更新されます。
※どうぞ続きをよろしくお願いします。




