第二話 存在しない錬金術師-2
「最悪だクソ!!」
自分を囮にして逃げた褐色の女へと恨みの言葉を叫びながら走るリンドウを三体の巨大なカマキリが両手で金属音を鳴らしながらペースを崩さずに追いかけてくる。どれだけ叫ぼうがカマキリにとって餌であることには変わらない。しかもペースが変わらないということは、相手にはまだ体力に余裕がある……というよりも、そもそも異空間内の生き物に体力の底などあるのだろうか。そんな未知の生き物に対してリンドウは普通の身体、体力にも限界がある。
(最低限の使用で収めたかったが……!)
チラっと背後を確認してみたが、カマキリたちが自分を諦める気配はない。
「チッ! 使うしかないか!!」
舌打ちを一つ鳴らし、ヒナタが一緒に投げ渡してくれた腰の鞄から二枚の札を取り出してそれぞれの足に叩きつける。
「付加術式・風属性発動!!」
術式発動と同時に術式の書かれた札から霊力の波紋が足に広がるのを感じる。足の付け根から足先まで。隅々まで波が広がり切ったと感じた瞬間、両足が一瞬緑の光を帯びる。それを目視で確認できた時が完全なる付加の合図である。
「ふっ——!」
風を帯びた足は軽い。跳躍し、一瞬にしてカマキリたちの進む方向から消えた。突然消えた獲物にカマキリたちは困惑して立ち止まる。 その隙を逃すリンドウではない。
跳躍して着地していた先はカマキリたち斜めの後ろ——壁の上。腰を低くして抜いた刀の柄を両手で握って構える。
定める狙いは先頭に立つカマキリ。 霊力を足の裏に風の塊を作るように集中させ———壁を蹴る。
同時に風を噴射させてカマキリに向かって刀を振る——!!
「風属性・神速 一陣——!!」
握る刀がカマキリの体を斜めに横断して二つに切り裂く。
「「ギョエエエエ!?」」
目にも追いつけない速さ故か。切られた先頭のカマキリは痛みの悲鳴を上げることなくドサっと音を立てて上半身が落ち、代わりに残りの二匹が鳴き声をあげてドタドタと足踏みを始めた。突然の仲間の死に驚いて混乱し始めたのだろう。このまま進めばいいのか引けばいいのかわからないように見える。
そんな二匹をリンドウは同時に狙いを定める。一度後ろに大きく跳躍、そのまま助走をつけて地面を蹴り、壁の面へと向かって飛んだ。そのまま壁を僅かに走り、二匹が一直線に並ぶ位置を瞬時に見つけて壁を蹴ると同時に風を噴射させる。
その時間は三秒もかかっていない。
「一陣——!!」
リンドウが斬りかかり、二匹は一直線の斬撃で繋がった。そしてまたしても痛みの悲鳴を上げずに二匹のカマキリの胴体は地面に落ちる。
「ふぅ……!?」
数秒、斬ったカマキリたちを見つめ本当に動かないかを目視で確認し、リンドウはようやく安堵のため息をついいつものように刃に着く血を落とすために刀を宙で振るう……が、血どころか油さえもその刃についていないことに気付く。普通ではあり得ないことに怪訝な表情を浮かべたリンドウだが、すぐにハッと目を見開いて先程自分が斬ったカマキリに目を向ける。
倒れているカマキリは三匹。そして三匹とも身体を二つに斬ったというのに斬り口からは血どころか昆虫特有の体液すら流れていなかった。
そこにあるのは真っ黒で何ない虚空だけ。
(もし食べられても血肉にすらならないのか?)
ゾッとした。 果たして食べられたら何処にいくのか。無論食べられる気はないが、食べられてしまえば虚無に葬られて自分の存在が世界の流れに組み込まれない事実に恐怖を覚える。
(落ち着け……! 世界の流れに組み込まれようが死ねば終わりだ。死後の世界なんか考えるな)
襲いかかる恐怖を払うように頭を振るい全力で意識を『生きて還る』の方向へと切り替え、風の霊力を帯びている両足を確認すると貼り付けた札が両方とも半分ほど真っ黒に染まっていることに気づく。
「あと二回分程度か……ならば……!」
その場で再び跳躍。先程とは異なり、今度は巨大な迷路の全体を確認するために壁の上へと降り立った。
「さて、と……この迷路は一体どれだけの大きさなん……だ……?」
顔をあげ、遠くまで見渡せるように背筋を伸ばして世界をその瞳に映し出した時——リンドウは驚愕し、言葉を失った。同時に自分のいまいる場所が迷路内の何処よりも恵まれていたところなのかを知ることになる。
真っ直ぐに目を向ければ分厚い雲に覆われて霏々として雪が降る極寒の世界。
その右には燦々とした太陽によって空気が揺らめく砂漠の世界。
反対側には生い茂った草木により未開の地と化している緑と湿度の世界。
それぞれが世界の果てまで続いているだろう風景。本来隣接することなどあり得ない環境が境目を作りながらもこの巨大な迷路内に存在していることにリンドウはようやく気づいた。
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