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第一話 リンドウ・アカツキという男-12

 

 神様ゲームの開催発表から二週間後。

 集合地点とされているヒ・イズル帝国の首都トウトは例年と比べて非常に賑わっていた。


「俺は運がいい! 将来が安泰だ!」

「我が社のためにも絶対に成功させるぞ!」

「神様早く現れないかなぁ!」

「あの瞬間に父ちゃんはいたって自慢できるなぁ!」

「どうせ今回も開催されないさ」


 ゲームの参加者たちは勿論のこと、『神に選ばれた勇気ある人間』をいち早く自分の職場に勧誘するために首都に集まっている者たちもいる。また参加候補者が狙いとかではなく、神様ゲームの参加表明式の際に人間と同じ大きさで現れる神を直接見るために、あるいは神が見えなくても歴史に残る瞬間に立ち会いたいという気持ちからわざわざ遠い地より足を運んできている者たちもいたりする。故にまだ開催決定かもわからない中でありながらも首都は既にお祭り状態である。


 そして、今回も神様ゲームは開催されないと大勢の人たちは予想していた。


 百五十年前の聖女カンナ・サオトメの時代といまの時代は違う。過去のように未知の病によって国が危機に瀕しているわけではない。異常気象による飢饉もなければ、突然変異による妖怪の大量発生もない。皇族は愛する民を守るために常に戦争を回避する手段を選ぶ。故に隣国同士での終わらない戦争は起きていない。


 いまの時代、ヒ・イズル帝国は平和なのだ。だからゲームに参加する理由がないと、大勢の人たちは考える。


 もし参加する者がいるとするならば、それは己の欲望に負けた大馬鹿者だ。


「みんな楽しそうね」

「そうだな……」


 参加表明式が始まるまであと数分。首都トウト内にある大広場には続々と人が集まってきていた。

 首都には神殿が四カ所存在する。皇居内に一カ所、貴族街一カ所、市民街に二カ所。だが、市民街も通常参拝として使われているのは一カ所のみである。大広場にある残りの一カ所の神殿は特別な儀式の時にしか使用されず、普段は関係者以外入れないように結界で封鎖されている。


 特別な儀式——それは神がこの地に降り立つとき。

 つまり、大広場にある神殿は六十二年振りに結界が解除され、人々が訪れて参拝できる姿となっている。


 だが、参拝は参加表明式が終わった後のみ。しかも、ゲームが開催されないと三日しか許されないため、確実に参拝したい者は早朝から待機している。また予め混雑すると予想されていたため、早朝から軍隊が動いて規制を敷き、人々の動きを管理し、危険が起きないように徹底している。


 そんな人混みの中、リンドウとキキョウは手を繋いでいた。

 神殿にある祭壇が見える位置で。あの日、離してしまった手をもう一度繋いで、開始の時間をただ待っていた。


 二人が会うのはアカツキ家の屋敷で言い合いをした時以来。二人とも屋敷に閉じ籠って誰にも会おうともせず、周りも二人を腫れ物のように扱って接触を避けていた。


「キキョウ、一緒に大広場神殿に行かないか?」


 先に沈黙を破ったのはリンドウだ。迎えに来た彼はアカツキ家の後継者としての正装の洋服を着こなしていた。


「でも……」

「行きなさい、キキョウ」


 大事な日に誘われたことが本当に嬉しい。だけどその誘いは断わらなくては、と首を振ろうとしたキキョウに仕事でこの場にいるはずのないツクヨが力強く言った。


「兄様!?」

「僕はすぐに戻らなくてはいけない。キキョウ、行きなさい」


 忙しいはずの兄が仕事を抜け出してこの場にいる。この理由がキキョウにはすぐに分かった。


「リンドウ……」


 キキョウが誘いを断ると分かっていたリンドウが先手を打ってツクヨを連れてきたのだ。死ぬ間際まで妹の我儘を叶えてあげたい兄ならば協力してくれるだろう、と。そして、時間を割いて帰ってきた兄の言葉であれば彼女は申し訳なく断れないだろう、と踏んで。結果は予想通り、リンドウはキキョウをこうして外に連れ出すことができたのだ。


「手を繋ごう、キキョウ」

「で、でも……」

「最後まで……お前の隣は俺がいい」


 その言葉に負けて、キキョウは差し出されたその逞しい手を握った。


「参加候補者のリンドウ・アカツキ様ですね。同行者は……」

「彼女だけだ」


 シノノメ家を出てから二人は人混みの中を歩き、真っ直ぐに参加候補者の待機場所に向かうと待機場入り口前に立つ軍人に人数を聞かれ、リンドウは間髪入れずに答えた。その答えに「えっ!?」とキキョウは声を上げる。


「お義父さ……アカツキの当主様は?」

「親父殿は仕事で陛下の近くにいるぞ。姉上も妹も殿下の用意した特別席で見ているだろう」

「でも、普通はご家族がご同行するべきよ?」

「どうせ同行者の数は決められているんだ。ならば俺が最も近くで見て欲しいと思う人間を選ぶ」


 そして選ばれたのがキキョウだ。彼の栄誉ある光景を家族ではなく、自分が一番近くに見てほしいと乞われたのだ。その事実にキキョウは目を見開き、随喜の涙を流すのを必死に堪える。


(駄目よ! わたしは死にゆく命……リンドウの人生にこれ以上居続けてはいけない)


 わかっているはずなのに。何度も自分に言い聞かせているというのに。まだ彼の隣にいたいと願う自分がいる。

 リンドウに会わないようにしても、贈り物を全て見えないところに隠してしまっても、頭の中から一瞬たりともいなくなってはくれない愛しい人。彼からの愛を誰にも渡したくないと自分の中に図々しくもまだ居座っている。

 諦めて、と乞うった自分自身がまだリンドウを諦められていない。そんな自分が嫌で仕方がない。


(リンドウは……諦める努力をしてくれているのかしら……?)


 ゲームの参加方法は降臨した神様の呼びかけに対して挙手して宣言をすればいい。聖女カンナ・サオトメの歴史では参加表明をした後すぐに神がゲームを開催した、とのことだ。自分たちの学んだ歴史を思い出しながらキキョウは隣に立つリンドウの姿を横目に見た。

 どう見てもゲームに参加する姿ではないこと、以前その姿で刀を振り回した時に「動きにくいなぁ」とぼやいていたことを思い出す。それでもリンドウならその姿でも参加しそうだが、危険の有無関わらず任務に赴く際にはいつも帯刀し、いくつもの必需品の入った鞄を腰に身に着けている。いまの姿にはそれらが見当たらない。


(うん……それでいい……)


 死ぬのが怖くないか、と聞かれれば噓になる。それでもキキョウにとって自分の死よりもリンドウが死んでしまう方がよほど怖い。そう思えるほどに沢山愛されて沢山愛した人生だったのだ。悔いは残るだろうが、自分の人生は幸せだったと胸を張って言える。


 シノノメ家に生まれてよかった、と。リンドウという幸いの人に出会えてよかった、と。


(だから、わたし。リンドウを諦めさない……)


※第一話のみ、2026/01/02の11:00 から10分おきに続きが更新されます。

※どうぞ続きをよろしくお願いします。

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