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第一話 リンドウ・アカツキという男-11


 始まりは平手打ちだった。


『自覚を持ちなさい!』


 そう言って七歳のキキョウは七歳のリンドウの頬を思いっきり叩いた。

 当時、彼女の行動に周りにいた貴族の子どもたちは驚いて目を丸くした。勿論リンドウもそうだ。口も突然の出来事に感情が追い付けなくポカーンと開くのみ。近くにいた侍女は痛みに泣かないにしろこれは一大事だと思い彼らの親を呼びに行こうとしたが、近くにいた十歳のモクレンに止められた。


 事の始まりは子爵家の令息が犬に触れないことをリンドウが咎めたことだった。「努力が足りない」と言って嫌がる彼の腕を引っ張って犬の前の無理矢理立たせようとした時、戸惑う令息令嬢たちの中からキキョウが飛び出して平手打ちをしたのだ。


『同じ侯爵家の人間として言うわ! 貴方がちゃんと周りを見ないと皆が困ってしまうのよ!』

『困るって……俺は間違ったことは言っていないぞ! そいつが苦手なものに対して努力が足りてないんだ!』


 侯爵の位の中でも力がある家の嫡男であったことからリンドウにものを言うことができる人物は少なかった。またリンドウ自身、幼いながらも努力して世間に注目されるほどの成果を出す人物であったためにそれが彼の正論さを増してしまっていたことも要因の一つである。


 そんなリンドウにキキョウは臆することなく自分の意見を言ったのだ。


『相手のことも考えて! 相手の話も聞いて! この世には努力してもできないこともあるのよ! 貴方の言葉や行動で周りにどれだけの影響が出てしまうのかをしっかり考えて!』


 真っ直ぐと伝わってくる想い。親でも姉でも家族でもない赤の他人からの力強い反論の言葉がリンドウの胸に深く突き刺さった。


 その後、犬が近づいてきて子爵家の令息が酷く怯えたことから彼が犬に対してトラウマを抱えていたことを知り、リンドウは酷く反省した。そして、同時に自分があまりにも浅はかだったこと、努力してもできないことが世の中にあることを深く学んだのだった。


(そしてキキョウに恋をした……)


 薄暗い部屋の中でリンドウは夢から目が覚めた。心が疲れていたせいか夕餉を断るほどの眠気に襲われたリンドウであったが、そもそも食欲についても昨日から続くショックが大きすぎて湧くことがない。だけど流石に何か口にしておこうと布団の傍らに置いている金平糖をいくつか口に放り込んだ。


『リンドウは集中するとすぐに食べることを忘れてしまうわ』


 そう言って自分の悪癖を心配して部屋に金平糖を置いて行ってくれたのは婚約して暫く経った頃だ。


「始まりは平手打ち」と一風変わった出会いだったが、リンドウたちはお互いすぐに仲の良い関係となった。何処に行くにも一緒で思春期となり一時期落ち着かない関係になった時でさえも使いの者を通して手紙や誕生日の贈り物を送り合い、想いを伝え合うことを忘れなかった。故にリンドウの部屋にはキキョウからの贈り物で溢れている。


(婚約を白紙にされてしまえば親父殿に全部捨てられてしまいそうだ……)


 そんなことを思ってしまった自分にハッ、と気付いて頭を振り、リンドウは夜の祈りのために着替え始めた。


「どうか……俺の愛する者をその慈愛と慈悲でお守りください……」


 生まれてからいままで何度神々に祈りを捧げてきただろうか。慣れているはずなのに今日は上手く祈りを捧げられない。そんな自分に舌打ちすらできないリンドウはそのまま部屋に帰ることさえも億劫で社の縁側に座って夜空を眺めていた。


 四つの四角い光のせいで存在が埋もれてしまっているが、今夜の月はいつもより輝いていることにリンドウは気付く。


(母上が死んだ日も月が綺麗だった、と皆が言っていたな……)


 リンドウの母親は彼が赤ん坊の時に病でこの世を去ってしまった。故に、屋敷中にある絵や白黒写真のおかげで顔は知っているが母親と触れ合った記憶はない。

 だけど、我が子を心の底から愛していたということは屋敷の皆が幼い頃からリンドウに教えてくれていた。


 そんな母を父はいまでも深く愛している。母の誕生日や命日になるとどんなに遅くても屋敷に帰り、母の写真を指でなぞりながら二人のお気に入りだった酒を飲んでいるのを皆が知っている。


 昔もいまと同じように忙しかったはずなのに過労で倒れるまで病に侵される妻に尽くしていたという。あと数か月の命だとわかった時には天へ神様ゲームの開催を祈り、儚くなった後はアカツキ家の人間でありながらも神を罵倒した。その後の母を失ってからいままでの父の人生についてはいつか語るとしよう。


 そんなにも愛されていた母が死に際に声を大にして父を怒ったことがあるらしい。

 リンドウがその話をモクレンから聞いたのは母の十年目の命日、十年祭の時だった。


『お義母様は侯爵家の跡取りとしての自覚を持て、と怒ったそうよ。貴族と親の二つの責任を持つ男が愛しているからと言って女に命を賭けるのは大馬鹿者だと叫んでね』


 彼女もまた幼かったために詳細は女中たちから聞いたらしいが、それでも普段穏やかで大人しい母が大声を出して怒っていたことは覚えているとのことだった。


「責任か……」


 この国では二十歳になると成人として認められる。リンドウもあと数カ月で大人の仲間入りだ。未成年であっても侯爵家の跡取りとしての責任を背負ってきたつもりだが、成人になれば未成年だからと許されていたことが許されなくなり、いま以上に責任を背負うことになる。


『お前はこのアカツキ家の後継者であり、役目は家の存続だ。貴族に生まれたからには果たさなければならない』

『家より愛を取る我儘は許されないんだ』

『代々この家に仕えて私たち家族を愛してくれる皆を守る主にならないといけない人間なの』


『……リンドウ。わたしたち、大人になる時が来たのよ』

『自覚を持ちなさい!』


「……」


 リンドウは目を閉じた。

 暗い世界の中で己に問う。


 (女のために命を賭ける男は馬鹿であるか―――?)


※第一話のみ、2026/01/02の11:00 から10分おきに続きが更新されます。

※どうぞ続きをよろしくお願いします。

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