第一話 リンドウ・アカツキという男-10
「よくぞ選ばれた、リンドウ!」
忙しい男がよくもまぁ二日連続屋敷に帰ってこれたものだ、とリンドウは一瞥する。向かいに座るモクレンなんかは一瞥も頷くこともなくただ黙々と食している。昨日泣き腫らした自分を元気づけるためにと厨房の者たちが作ってくれたであろう好物の揚げ豆腐があるのに全く美味しいと感じることなく、リンドウは申し訳なくなってしまう。
「神々の気まぐれです。俺の実力ではありません」
「何を言う。お前の努力がその気まぐれを引っかけたのかもしれないではないか」
「チッ……」
こいつにだけは自分の『努力』を語って欲しくない。無意識に本日二回目の舌打ちを小さく鳴らすリンドウだが、「お行儀悪いですわよ」と向かいから窘められた。どうやら父親には聞こえていなかったが姉には聞こえていたらしい。
「すみません……」
「イラついたら鳴らしたくもなりますわよね。わかりますわ~」
音を鳴らさずにみそ汁を口に流すモクレン。洋装でありながらも和食を食べる姿は様になっている。
「して、モクレン。祝いのために転移門を使って来たのだろう? 短時間で連続使ったのだ。身体は辛くないか?」
「ご心配なくお父様。わたくしもアカツキ家で練磨した人間ですので」
『転移門』とは霊力を使用することで長距離移動をたったの数分で可能にする転移術式が組み込まれた門である。ただし、使用できる人間は限られていて霊力消費量が多い。門の大きさも人ひとり通れるぐらいの高さと幅であることから実用性がなく、現在は緊急時以外に使われることはまずないと言える。
(火に油を注いだような気がする……)
父親に対するモクレンの言葉が刺々しい。親として子を想っての言葉かもしれないがモクレンにもアカツキ家の長子としてのプライドがある。短時間とはいえ、たかが二回程度で体調を悪くする人間ではない。
「そうか……しかし、先日の夜会の失態もこれで挽回できる。まったく運が良かった」
「――っ!」
失態——その言葉に一気に沸点に達し、ダンッ!と箸を叩きつけた。
「親父殿……いま何とおっしゃいましたか?」
ぎろり、と目を吊り上げ父親を睨むリンドウ。だが。子なんぞに怯む父親ではない。言い聞かせるように「失・態・だ」区切って再度度口にした。
「お前たちの下らない悪戯で婚約者探しが滞りそうになったんだぞ。少しは反省しろ」
「――このっ!」
一瞬に沸騰した。自分たちの想いが下らないだと言いやがった――と怒り身を任せて立ち上がり手元にあった皿掴んで父親に投げようとした。
「リンドウ」
「――っ!」
だが、その前に。顔面に冷水がかけられた。
突然の冷たさは沸騰した怒りを覚ますのには十分だ。
「姉、上……?」
それが自分のことを大切に想ってくれる姉の行動ならばなおさらのことだ。
「いますぐ選びなさい、リンドウ。このままここで食事を続けるか。部屋に戻って食事の続きをするか」
選ぶなら後者しかないだろう。父親の言動に怒ったとはいえ、せっかく作ってくれた料理を危うく台無しにしてしまいそうになったことを部屋で反省しながら一口ずつ丁寧に食べた。だが、食べ終わっても申し訳なさが拭い切れなくて膳を下げにきた女中に謝罪の言葉を告げた。
俺のために作ってくれたものもあったのに。皆に申し訳ない、と。
「リンドウ様。屋敷の使用人一同、リンドウ様がそのようなお人だからこそ心よりお使いしたいと思っております」
女中は謝罪を受け取りニッコリと微笑んで部屋を去って行った。
「貴方は本当にこの屋敷の者たちに愛されていますわね」
後者を選んだことで一緒にリンドウの部屋で朝餉を共にしたモクレンが窓際で食後の茶を飲んでいる。自分も向かいに座り、湯気がたつ自分のお気に入りの湯飲みを口に運ぶ。
「屋敷の皆に愛してもらえているなら嬉しいことです。だからこそ大切にしなければ」
「愛は深く、だけど時には非情に……上に立つものとして必要なことですわね……だからこそリンドウ。お止めになって」
モクレンの不思議な虹彩がリンドウを映す。
「姉上も止めるのですか?」
「当たり前ですわ、リンドウ。貴方はワタクシの愛する弟ですもの。勿論、キキョウ嬢のこともワタクシは大好きでしてよ? でも、冷たいことをいうけど貴方は家族でもあり後継ぎなのです。代々この家に仕えてワタクシたち家族を愛してくれる皆を守る主にならないといけない人間なのです」
それは自分よりも先に家のために他家へと嫁いで役目を負い続ける先達の正しき言葉だった。
※第一話のみ、2026/01/02の11:00 から10分おきに続きが更新されます。
※どうぞ続きをよろしくお願いします。




